高学歴雑魚就活生が回顧する6月

 7月になった。永久の成長を疑わず、いつか天にたどり着く姿を夢想する今年竹にとって、なんとも辛い月である。願い事に犯された彼らは、短冊に縛られたままゆっくりと死んでいく。彼らが茶色く腐り落ちても、油性マジックの文字は消えない。
 汚染された笹の葉の死骸は食物連鎖の下層に位置づけられている。だから、生物濃縮された願い事が再び人間に蓄積されて、僕らを脅かすんだろう。

 6月、僕は就職活動をした。僕は雑魚で、しかし願い事だけは伸張させて。
 吐息のように湿った梅雨の大気に包まれて、吐息のように嫌味な時間を駆け抜けて。

 いや、半分嘘だ。僕は就職活動の全容をまだ知らない。ただ、マイページを作って、ESを書いて、webテストを解いて、録画面接を提出しただけだ。

 マイページで住所を登録するとき、郵便番号を記入して住所を検索してもポップアップが開くだけで入力欄に反映されない画面を見て、少し泣いた。
 不完全を許容する寛容は、現代的な多様性の発露なのだろうか。僕の不完全な頭ではわからない。でも、郵便番号は住所記入欄と連動していた方が良いに決まっている。

 学生のころ力を入れたことを教えろと言われても、僕はまだ学生である。完了の助動詞「た」で理不尽に生活を輪切りにしようとする人事には、コーヒーをPCにこぼして辛い思いをして欲しいと願う。

 主体性の鬼で対人能力に長けたリーダーシップお化けを画面の中に作り上げながら、サークルの仕事もバイトもゼミのレポートも全部放棄して6月は就活をした。
 玉手箱のように、私の中から誰も知らない才能が飛び出てこないだろうか。朝食の茹で卵を握りつぶしながら思う。

 君が動画面接でスライドを作るから、世界が少し狭くなっていることに気付いて欲しい。
 私服でよいのにスーツを着ると、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、またはその両方が科せられるらしい。

 リファラルで天国に行けないだろうか。僕には既存の人脈もそれを拡大するバイタリティもないから無理だ。

 あれは6月のくせに爽やかな風がそよいで、からっと晴れた空が適度に眩しい日だった。
 爽やかな風がどうにも癪だった。その日も17時までにwebテストを3つ解かなくてはならなかったからだろうか。
 気晴らしに部屋の中の水分子の個数をフェルミ推定しようと思って、ノートをめくったら、紙の裏に小さな蜘蛛を見つけた。
 蜘蛛の糸が僕を爽やかな地獄から救い出してくれるかもしれない。そんなふうに期待して、その蜘蛛を窓の外に出してやった。
 蜘蛛はどこかに糸を絡めてぶら下がりながらゆっくり地面に向かっていった。つま先のすぐ先に蜘蛛が降り立ったとき、途端に自らの卑しさが嫌になった。だから、急いで僕は靴の裏で蜘蛛を潰して、靴の底を近くの水溜りにひたして濯いだ。

 その日、webテストはすこぶる好調で、まるで解答集でもつかっているかのような出来だった。

 7月は、笹と蜘蛛の共同墓地を作ってお祈りメールを供えようと思う。


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