カレーライス

   大学生の一人暮らしを始めた初日、山の背景に揺れる夕日の空の下訪れたスーパーマーケットで目にしたのは、一段と私を惹きつける美しい容姿のカレだった。カレの前を通る誰もがその魅力に足を止め、しかしもの恋しそうにその場から去っていく。自分には相応しくないと…
   でも、私は違った。なぜだかわからないけれど、気づいた時にはカレの腕を掴み体に引き寄せていた。カレからはどこか懐かしい特徴的な香りがして、でも確かに過去に何度も出会ったことのあるような不思議な感覚が起きたことを今でもよくおぼえている。
「ご、ごめんなさい、私…」
   正気に戻った私が震え声で放った一言に対して…
   彼は言った、
「なんだよ…つまづいたのか?ほら、しっかり立ちな」
   ふてぶてしい口調の中に見つけたほのかな気遣いは、残念だけど私の考えを射抜いてはいなかった。でも、カレの声や振る舞いの全てが、私の胸を強く射抜いた。不器用な優しさで私の体を支えようとする彼の大きな手。
   彼になら、私の初めてを…
   出会ってすぐのはずのカレにこんなことを思ってしまうほど、私は一瞬で彼に心酔した。
   そう、初めての…自炊を。
   というわけで、私(男子大学生)の記念すべき初めて(自炊)はふてぶてしくも気遣いのある(中辛味)のカレ(カレーライス)だった。
   五百字程度の下手な茶番はとりあえず忘れてもらって、
「カレーはいいね、リリンの生みだした文化の極みだよ。」
「食材を切って炒めて煮つめてはい終わり!こんなに簡単なのに、この美味しさ!神の創りたもーた至極の料理だ!」
   と思っていた時期が私にもありました。結果から言うと、初めての自炊は失敗に終わりました。私は包丁さばきには自信があります。リンゴだってクルクルしながら皮を剥けるし、近所のおじいちゃんが釣ってきた魚を捌くこともありました。カレーに入れる人参等の食材も綺麗に切り分け、美しい見た目で鍋に送り込んだのです。
   しかし…火というもの使った経験がほぼ皆無な私にとって、弱火中火強火という火加減を自在に操るなど不可能!見事出来上がったのはドライカレー、私は旨みよりも水分を閉じ込めたかったのに…(第一夜 ~完~)
   私のカレーへの探求はかなり短いスパンで行われました。悪夢の夜から一週間後、今度はドライカレーにならないように水を多めに鍋に注ぎ込み、火加減にも細心の注意を払って出来上がったのはなんと!スープカレーでした。私は水分を求めすぎてあのとろみを失ってしまったのです。二兎追うものはなんちゃらこうちゃら…(第二夜 ~完~)
   あのカレーのごとく流れるようにまた一週間後、三度目の正直と言われるこのタイミングで私は過去の行いを振り返りました。そして気づいたことは、
「レシピを守っていない」
   私はカレールーの箱の裏側に記載されているレシピに忠実に調理工程をこなしました。するとどうでしょう、旨みととろみのバランスが取れた美しいカレーが出来上がったではありませんか。
   私は知らず知らずのうちに、「カレーなんて」と相手をなめ、自分を過信していたようです。自炊初心者の私が傲るなど、ミジンコがメガトロンに突撃していくようなもの。
   今回の反省点は、レシピを守らなかった。これに尽きます。何事も真似事から、その対象は常にお手本であり、料理で言うレシピ、勉強で言う公式の書かれた教科書です。
   基礎を身につけそれを応用させてこそ自炊のプロ。私がすべきは基礎的な料理の勉強です。私の自炊生活に指針を与えてくれたカレーには感謝を。
「また作るからね。」
「うるせぇよ、下手くそ。」
カレはそう言うとそっぽを向いてしまった。次は辛口にも挑戦してみたいものだ。
(追記) そういえばカレーにじゃがいもを入れ忘れてたな。次はちゃんと入れてやろう。あと豚バラじゃなくて豚こまつかお。高ぇはあいつ。
(追記二) チーズカレーって美味しいよね。バジルとかかけるともう革命だよ。

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