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バベルの塔の真下には 2021/03/07

 百何日と続けてきたこの日記。初めはなんとなくめんどくさくてやめちゃった、とならないのが僕すごいなーと自分で感心していたのだが、最近は書くのがイヤかもという思いが湧いてきた。色んなことからなんとなくめんどくさいで逃げてきた人間がいまさら傲慢な気がする。

 でもなぜイヤかはハッキリとはわからないし、やめた場合に起こる反動みたいなのがちょっと心配なので一応続ける。
 ひとつ原因として予測されたのは、ここまで自分の心の環境が文章に反映されることにびっくりしているということ。そしてそれがインターネットの海に流れていっているということ。自分の書く文章が、魚を殺す薬剤である可能性は大いにある。それにしても、それを自覚できるほど自分の文章を書いて読み返したという経験は大きい。


 話は変わるが、この日僕は悲しい出来事に遭った。具体的には言わないけど、友人だと思っていた人の悪意を自分に向けられたのでダメージがでかい。例えるなら「真剣なロシアンルーレットに誘われて先攻でデザートイーグルを渡された」ような状況に近い。ギャグ漫画みたいな展開だけど本当にそんな感じ。ツッコミ待ちなのかとも思ったけどどうもそんなニュアンスはなかった。

 僕は基本的に人に悪意を向けようと思うことはないが、それは恐らく、悪意を向けられて然るべき理由が生まれてもしかたないくらいに、何の気なしに人を攻撃しているからだと思う。彼奴の場合もそうだったのだろう。僕がきっと何かをしたから起きた出来事。基本的に感情は本人の気付かぬうちに更新されている。そしてそれに気づくことは難しい。一番根っこにある原因はわからないけど、僕という彼奴に攻撃してまた仕返しされてしまった人間がもう攻撃しないことで、このイタチごっこは終わる。

 本当にこれでいいのだろうか?完全に消すことは難しいだろうか?でも時間がない。時間がない。おわり。

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