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人生を変えた1曲

僕は30年来の永井真理子さんファンです。

なぜ彼女のファンになったのかを説明するには、小学生時代までさかのぼる。

小学校低学年から中学年にかけて、ある音楽教室に通っていた。
エレクトーンを主体に、いろいろな楽器を演奏するコースに所属していた。
コースは女の子ばかりで、男の子は僕1人である。
僕はこの音楽教室が嫌いだった。
が、親にも先生にも辞めたいと言えないまま、ずるずると通うことになる。

誇張でもなんでもなく嗚咽を漏らしながら、時に泣き叫びながら練習した。
僕にとって音楽とは音を楽しむ物ではなく、強制されてやる苦行だった。
いまだに楽譜は読めるけど楽器は演奏できないのはここら辺に起因する。

僕が最後に出た発表会で、男だから力があるだろうとドラムを担当することになった。
当時はかなり細く、女子にも負ける非力さであった。
義務感だけで練習を重ね本番を迎える。

僕に指導した人の発表会終了後の第一声は
「一箇所ミスったね」
だった。
その1ミスは、譜面通りでないだけで全体の旋律を乱す物でなかったし譜面を知らない人には気づかないようなミスだった。
褒める言葉やねぎらいの言葉はかけられたのかもしれないが、そこ一言だけが僕の頭でリフレインした。

その最後の発表会で僕の音楽嫌いが決定づけられた。
音楽の授業すら嫌になり、合唱の時も声を発することは無くなった。

時は流れ中学時代、ラジオから知っている曲が流れてくる。
かつてアニメYAWARAの主題歌だった永井真理子さんの【ミラクルガール】だった。

僕は永井真理子さんがパーソナリティーを務めるラジオ番組に夢中になり、生まれて初めてCDを買う。
永井真理子ファンの中でも賛否が分かれている【OPEN ZOO】だ。

当時の永井真理子さんはレボリューションと名打ち、今までの楽曲と大きくテイストが違う曲を積極的にリリースしていた。
僕はその自由な楽曲に心臓を射抜かれた。
根が真面目で人の期待に応えようとしてしまう自分に、もっと自由でいいんだよと背中を押してくれた気がした。

CDをカセットにダビングして、犬の散歩中ずっと聞いた。
CD丸ごと覚えて空で歌えるようになった。
辛い時も楽しい時も【OPEN ZOO】と共に過ごした。

ライブにも行ってみたいと思ったが、引っ込み思案なのと、ど田舎に住んでいることが邪魔した。

初めてライブに行ったのは6年前。
歌手活動を休止していた永井真理子さんの復帰ライブ。
初めて生で見る永井真理子さん。
初めて生で聴く迫力のある歌声はもちろんだが、彼女の喋る声に意識を持って行かれた。

田舎の狭い部屋でラジオを聞いていたあの頃まで一気にタイムスリップさせられたのである。

あの時の俺、見てるか?
永井真理子さんのライブ、最前列だったぞ。
握手してもらって話もできたぞ。
音楽は楽しいぞ!
少しだけど楽器も楽しめてるぞ!
今は辛いこともあるけど自由で楽しい幸せな毎日を送っているぞ!

あの時、僕を音楽嫌いから救い出してくれた永井真理子さんのように、今度はマジックで誰かの心の支えになりたいと願いながら今日もステージに立ってます。

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