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理系の世界に進んで良かった3つのこと

私は30代のリケジョであるが、理系の世界に進んで良かったと思う3つのことについて話す。

それは、下記の3つ点である。

・論理的思考が身につき、自分の感じることと事実の切り分けができるようになり、課題解決が早まること
・一般に難しいと言われることも難しいと感じなくなり、何かする障壁が小さく、行動力が上がること
・恵まれた環境で、時間もお金も余裕が出て選択肢が増えること

私には歳の近い兄弟が2人いるが、どちらも文系である。兄弟と違うことは、感情に支配されたり物事を勝手な解釈をしない、受け身ではなく何かと行動的、生活に余裕がある点だと思う。

兄弟とはほぼ同じような環境で育った。高校まで学校が同じで、大学から別々となった。

文系の兄弟は、端的に言えば気分屋さんである。人の気持ちが分かり、共感する反面、周囲の環境に影響を受けやすい。対して私は理系に進んだことで、論理的思考が身についた。理系の道に進ことでどうして論理的になるかと言えば、物事の構成の構築や分類、インターフェイス、つまり物事の境界となる部分を見出す作業をするからだ。なお、体系的に整理する、論理立てるという意味で弁護士や弁理士も同じような頭の使い方をする。論理的思考ができると、物事を客観的に、俯瞰して認識できる。その結果、網羅して物事を把握して弱みや課題を見つける事ができ、対策を立てやすい。そして、問題解決ができるようになる。

また、文系の兄弟は、自分から何かしようということはあまりない。何か始めるのに障壁を感じている。意を決して始めたとしても、成果が出なかったり、思い通りにできなかったりといった初めはそんなもんなところで、放り出してしまう。理系に進むと、必ず結果が出る。一つ一つ積み上げた先に、結果が出る。対して、文系である兄弟は、人との関わりー集団の真理、行動パターン、性質に重きをおいた世界にいた。この世界では、手段や解は無限にある。何事も初めは白黒つけると分かりやすい。ここまでやったらゴールとするのである。文系であると、受験の合否や試験の結果などはそれにあたるが、自分から何かを構築するといった積み上げた作業をする事が理系に比べると少ない。文系であるとちょっとした積み上げも普段からやっていないため、負担に感じてしまうのである。理系であると、初めに障壁があるのは当たり前なので、この辺をなんとも思わなくなる。周囲も何か試行錯誤するのが当たり前であるから、普通はこんなもんかな、といつの間にか続けている。

文系であると、就職に苦労する。これは文系の人口が多く、求人の間口が限られていることによるとも思うが、兄弟は時間もお金も余裕がなかった。付き合いの飲み会に始まり、プライベートの時間は限られてくる。また、学校の先生である知人は、部活動や授業後の雑務で時間がなくなっていた。対して理系は下手なところに就職しなければ、そこそこ安定して土日は休める世界が待っている。医療系はまた話は別であるが、驚くくらい豊かな生活が待っている。土日は休めるし、仕事によっては定時で上がれるところも多い。風土的に切羽詰まらない生活がある、ということを伝えたい。この余裕のある環境は、可能性を広げる。例えば、これまでやってみたかった事ができるようになる。好きな人と会う時間もある。金銭的にも余裕があり、美味しいものを食べたり作ったりできる。もちろん、睡眠もよく取れる。充分に休息できる環境は、選択できる事が増える。

最後に、この記事では兄弟たちを比較として出したが、文系がダメ、兄弟がダメというわけではない。文系の兄弟もそれぞれ幸せそうな生活をしている。どっちがいい、悪いといったことではない。

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