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キャリアデザインは必要か?

キャリアデザインとは、wikipediaでは下記の通り説明されている。要するに、自身の将来について理想を描き、今置かれている現状とのギャップを少なくするように計画して、実行しやすくしていくことである。キャリアデザインをする必要があるかと言われれば、私はそうではないと思う。

キャリアデザイン(英: career design)は、組織化された計画と自らの職業的キャリアの積極的な経営選択の組み合わせのことである。

私はかつてはキャリアデザインしていた。自分のありたい姿をより特別にユニークになるように、思い描いていた。自分のありたい姿は人に喜ばれ、必要とされ、活躍できる姿だった。

私は30代であるがこれまで転職を2回転職している。これは実は当初から予想はしていた。このスキルを身につけたら、これができるようになったら、この世界に行こうと最初から決めていた。計画していた。(しかし、転職するきっかけは、自分の気持ち的なところであったり、環境が変わったことで判断することになるのであるが。しかし、判断する時は当初これを習得しようという目標は達成した状態であった。いつまで追及をするのかという状態になった時、気持ちや環境が起因となり会社を辞めるという判断に至った。)結果、転職で困ったことはない。次の転職先を決めずに辞めても、以前よりも良いと思える会社に、希望した会社に転職できている。これは、私は社会に対して自分をどう見されば必要と思えるか心得ているためである。状態に応じて自分の見せ方を変えた。

キャリアデザインして、できるようになったことは増えた。しかし、私は満たされなかった。どこか不安を感じ、どんなに結果を出そうと、活躍しようと満たされなかった。一方で、転職する中で、満たされている人に会った。いつもイキイキして、子供のように無邪気で、それでいてかつ冷静沈着で論理的に分析もでき、周囲の人と良好な関係を築ける人だ。そのような人は、キャリアデザインをしていない。自分のやりたいことをやっている。囚われがない。目標を立てない。しかし、夢はある。私と同じような環境にいても、どこか違う。私はこういった人を統合的な人と呼んでいる。

統合的な人は安心している。自分は大丈夫と思っている。それは何か根拠を積み重ねて大丈夫と思っているわけではない。これまでのことを肯定的に捉えていることではない。ただ理由なく自分は大丈夫だと思っている。その結果、キャリアデザインをしない。自分は何者にでもなれると思っているし、実際になれる。しかし、全てを選択するのではなく、その時一番自分のやりたいことを選択する。やりたいことを選択して、わがままにならないのか?と思うかもしれない。しかし、こういった人は不思議とルールを守る。規律を守る。文化を守る。会社員であれば始業、終業時間を守る。TPOをわきまえる。時、所、場合に応じて自分を変える。ただ、無理して変えているのではない。無理をしない結果、合わせている。自分の意見ももちろん持っている。しかし、それを人に押し付けたりはしない。流れに合わせる。

キャリアデザインすると、自分の将来はある方向に決める。そしてそれを実現しやすいように合理的な選択をとっていく。それは早くに独立したり、収益を得ることに繋がるかもしれない。しかし、心がどこか満たされない場合がある。自分が危機的な状況、例えば日々虐待がある生活の中で少しでも安全な環境に身を置くために取る手段としてはいいかもしれない。しかし、それ以外は、身が安全であるのならば、しなくていいと思う。遠回りするほど、近道なのだ。しかし、合理的な世界でそれは良しとされない。不安は解決されるように見えるが、その不安はいつまで経っても解決しない。

今後、何者になるか決まっていない人、決めようとしている人、例えば私が学生であるならば、私は自分のやりたいと思ったことをやってみる。就活の時期が来ようとも、やりたいことをやる。この決断はとても勇気のいる決断である。それまではその流れに乗っていれば、可もなく不可もないところに行ける。身の安全を確保してから、やりたいことをやってみても遅くないかもしれない。しかし、やりたいことをやると思う。

この時に注意することは、周囲に応援団がいることである。自分に対して無頓着な人が周囲にいるのなら、何者になってもいいと心から言っている人がいるのなら、やりたいことをやる。しかし、距離が近いところに少しでも囚われがある人、つまり、こうした方がいいかもね、ああするべきなんじゃないとアドバイスする人がいるならば、その人と距離を取る。仮面をつけた人から距離を取る。仮面をつけた人は、周囲の人に対して、こうしてほしい、ああしてほしいという甘えがある。甘えは何かする上で大変障壁となる。なお、仮面をつけている人はキャリアデザインを推奨する。応援団は、実際の人出なくて良い。例えば、何かバイブルとなるような本でもいい。自分のやりたいことを推奨する何かを持っていれば、大丈夫である。悩み、不安になればそこに立ち帰ればいいのである。(なお、私はこういった人を応援したくて記事を書いている。)

キャリアデザインをせずとも、安心する生活をすることはできる。頭と身体を空っぽにして、充分休息して、自分は大丈夫と思う。そして、湧いてきた意欲のままに取り組んでみる。その意欲にエゴはない。こうするとうまくいくなんてない。今の形でいい。それを積み重ねることで、統合的な人となる。より満たされるようになる。



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