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205系の評判

旧国鉄「最後の通勤電車」205系。山手線への投入を皮切りに首都圏や大阪地区、さらには東北まで次々と導入された205系も登場から約40年。およそ半数は廃車解体されたものの未だ現役で活躍する車両もあれば、海外譲渡となった車両も少なくない。そんな205系だが、在来の103系や201系、さらには後継の209系やE231系よりも〝乗務員の評判〟が良いようだ──。


新技術の粋を集めた新形電車

201系の登場

第一次オイルショックの打撃を受けた日本では、「省エネルギー」が叫ばれることになる。大量の電力を消費し、製造コストも高かった従来の電車を踏まえ、新形電車は「省エネ」最重視で開発された。

そこでまず登場したのが201系電車である。最新鋭の「電機子チョッパ制御」を謳う新形電車は「省エネ電車」として世に送り出された。
ところが、結果からいえば201系は通勤電車として全国普及したわけではない。その原因は「製造コスト」。電機子チョッパ機器はコストが割高だったのである。財政面が脆弱だった国鉄にとって、高コストというのは最大の難点となっていたであろう。

205系の夜明け

そこで国鉄は新しい制御方式「界磁添加励磁制御」を開発。低コストでありつつ、省エネのための回生ブレーキを使用できる完璧な制御方式であった。
新技術を備えた新形電車の登場は意外にも突然だった。当時、山手線の主力車両だった103系が他線区へ転用させることが決定し、山手線への新型車両が必要となった。これが「205系」である。

あまりにも突然の需要だったためか、設計から営業運転開始までたったの1年で、1985年3月に205系は華々しいデビューを飾った。急ピッチでの開発・製造のため、205系には試作車は存在せず、量産先行車としての営業運転開始だった。

山手線に投入された205系(© DAJF / Wikimedia)

誰もが称賛する「ブレーキ性能」

205系のブレーキ性能は星5つであると、運転経験のある乗務員は口を揃えて言うようだ。
その理由には、「103系」の存在があるかもしれない。103系はブレーキ性能が最大の欠点であった。大量生産された103系ではブレーキを原因とする事故が多数発生するほどであった。それに比べ、205系のブレーキ性能は飛躍的に向上した。それでも「効きすぎる」ということもなく、応答性の良さから停止位置の正確性が向上したことは紛れもない事実である。

改造車の性能

205系は主要線区での活躍を経て、他線区への転用が始まった。その際に大規模な改造を受けることになり205系のバリエーションは更に増えることになる。

5000番代

8連化を経て武蔵野線へ転用となった205系だが、この武蔵野線の205系こそ、最も複雑といえよう。新製投入となった0番代(界磁添加励磁制御)は6M2T組成、総武線・山手線他から転用され電動車をVVVF制御化し4M4T組成となった編成(モハ204/205-5000)が存在した。なお、0番代にもVVVF制御化した編成(M35編成)が存在した。他にも多数の例外的編成が存在し、武蔵野線は「十人十色」状態となっていた。武蔵野線205系のバリエーションについては別の機会に特集したい。

武蔵野線205系(@kokutetu_MU_1氏提供)

そのVVVF制御車(4M4T)では電動車比率の割に加速力が極めて高く、運転時分短縮に貢献した。
しかし、VVVF制御車は「性能が良すぎる」ために乗務員の頭と腕を悩ましてきたという。その要因となったのも、「加速力」だった。
従来の通勤電車(抵抗制御)の場合、低ノッチでの加速力というのは微力なものが多かった。しかし、VVVF制御車の205系では1-2Nでの加速力が非常に強かったため、低速の速度制限区間では速度調節に悩まされていた。加えて、降雨・降雪時にはその加速度のために空転が抑えられなかったそうだ。

3000番代 

八高・川越線用に改造を受けて誕生した3000番代だったが、この車両はあまり評判が芳しくなかった。
もともとサハだった車両を先頭化改造した車両であるがゆえに、非常に簡易的な構造になった3000番代はツーハンドルからワンハンドルへと変更されている。このワンハンドルマスコンが乗務員には不評だったようだ。この線区の乗務員は元々ワンハンドルには馴れていないこともあるが、最大の問題はハンドルの操作性にあった。209系やE231系で採用されているワンハンドルマスコンよりも動きが固く、操作しにくい車両であった。外見は209系他と似通っているが、操作性はまるで異なっていたらしい。

600番代

東北本線・日光線用に転用され改造を受けた600番代は、その改造が小規模だったことが乗務員には頗る評判が良かった。運転台は新製当初からほぼ変わらず、制御方式も変更されなかった点が先述の5000番代や3000番代とは大きく異なる点。積雪区間を走行する頻度も高かったが、効き過ぎず調度良い塩梅のブレーキ性能が適していたのだろう。下手に手を加えなかったため、「故障しにくい」「運転しやすい」という205系の持ち前の特長が生きた。京葉線や埼京線から転属し、10年以上も営業運転できたのは、205系の性能と評判が東北本線・日光線の線区に案外適していたということだろう。

湘南色の205系は衝撃を与えた。(@hirodene氏提供)
日光色の205-600系。(@hirodene氏提供)
Y3編成は観光列車として活躍。(@hirodene氏提供)

後継車両よりも高評価

総体的に乗務員からの評判もよい205系だったが、転用先でも老朽化のために運用離脱が進んでいる。現在では、仙石線、奈良線を残して主力車両の座を退いている。主な後継車両としては209系やE231系、E233系が挙げられるものの、乗務員からは「205系の方が運転しやすかった」との声があがっているようだ。

後継車両は軽量ゆえに…

209系やE231系は低コスト重視で設計されており、車体重量が極めて軽い。重量が軽すぎる車両の場合、惰性力が劣り、再加速などの運転操作回数が増えることになる。減速や加速を繰り返すことで運転時分の遵守が難しくなるのだ。その一方で、205系の場合は軽量ステンレス製とはいえど適度な重量があったため、惰性の効きやすい車両だったそうだ。

あとがき

205系100%だった鶴見線や南武支線にも後継車両が投入されたことで、首都圏の205系は風前の灯火となっている。しかしながら、武蔵野線の205系が一編成とも解体されることなくジャカルタへ譲渡されたように、205系には新型車両にも劣らぬ特長があることを再認識し、205系の雄姿を余すことなく堪能してゆきたい。

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