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死後の恋の凄まじさ 想像させて

この文章は、2022年11月6日13:00にスタジオ犀で公演されたTheaterIO第二回公演「死後の恋」についての劇評です


 ①舞台装置

 舞台の上手、下手の壁には白布が張られており、床には白の地がすりが敷いてある。舞台上には黒と茶色に塗られたやや下手に傾いた門のようなものがある。そしてそれに収まるように舞台後方にレンガ模様をした舞台背景があり、そこに古い掛け時計や様々な西洋絵画、白黒写真が飾られている。舞台中央には赤いテーブルクロスに覆われた丸テーブルが一つあり、黒い椅子が二つ。古い西洋料理店と見える舞台装置であった。

 

②あらすじ 

 舞台はウラジオストクのとあるレストラン。薄茶色のブレザーを着たコルニコフ(岡谷 陽光)が丸テーブルに座り、日本兵と談笑しているシーンから物語は始まる。彼はロシア革命で白軍に従事していた元兵士で、モスコー生まれの貴族の一人息子だという。そんな彼は「死後の恋」という戦場で体験した自身の話を聞いてほしいという。それがあり得る話だと認めてくれれば、自分の全財産をささげると言う。そういって彼は「死後の恋」について語る。話の主人公はリヤトニコフ(越智)という兵卒の青年で、コルニコフとはとても親しい仲であった。そんな彼からある時、宝石を出して、自分がロマノフ王朝の末裔で、過激派から逃れるために紆余曲折を経て、白軍にいることを告白される。彼が出した宝石は王家、大公といった上流階級が持っているような、本物の宝石で、ロマノフ王朝の末裔を裏づけていたが、驚いたコルニコフはリヤトニコフをロマノフ王朝の末裔であるとは信じ切れず、また、これ以上リヤトニコフの抱える境遇に関われば、危険が伴うと直感し、リヤトニコフを慰め、その場を収める。その後、彼らは斥候旅行に行くこととなり、草原地帯に足を踏み入れた際に赤軍の攻撃に合う。その際、コルニコフは腿を撃ち抜かれ、リヤトニコフ含む、隊は森へと逃げるが、赤軍の銃撃を受ける。コルニコフは傷を抱えつつも自分でもよくわからない衝動にかられ、森へと赴く、森には赤軍に虐殺された戦友たちの死体が吊り下げられており、その中にリヤトニコフの死体も発見する。リヤトニコフは女性だったのである。そこには強姦された痕があり、彼が命より大事なものとしていた宝石はおなかに打ち込まれていた。コルニコフはリヤトニコフは女性であったことから、彼女がロマノフ王朝、最後の皇帝ロマノフ2世の娘、アナスタシア内親王殿下あったことを確信し、彼女が宝石を自分に見せたのは自分に恋をしていたのだと「死後の恋」を締めくくる。しかし、死後の恋を聞いていた日本兵はコルニコフの話を信じることなく、その場を去ってしまう。舞台上には絶望したコルニコフが一人残され、幕を閉じる。

 ③見ていて感じたこと
 筆者は原作の夢野久作の小説を読み、ストーリーを把握した上で観劇した。ストーリーは原作に忠実に沿っていて、釣り上げられたリヤトニコフの死体の表現など外面的に面白いものはあったが、内面的な面白さとして、コルニコフの体験した「死後の恋」の凄まじさがうまく表現されてないと思えた。なぜ、コルニコフは「死後の恋」を通して24歳から40歳ぐらいに老け込んでしまったのか?なぜ、人々に冷笑され、ウラジオの名物男となりながらも誰彼構わずに「死後の恋」について話続けるのか?コルニコフがこの話にこだわり続ける理由が一向に見えてこなかった。彼は何かに突き動かされて語っているのではないだろうか?(例えば、自分が臆病でリヤトニコフの真意をくみ取れなかったばかりにロシアで最も高貴な血を絶やしてしまった罪悪感など)
今回の公演のストーリーテラーを務めるのは主人公のコルニコフであり、基本的に彼の語りによって話は進められるが、彼の体験したすさまじい出来事に不釣り合いなくらいにトーンが普通であった。特に冒頭でコルニコフがレストランで日本兵に対して話しているところはあまりに落ち着いていて、言葉の一つ一つが一辺倒な印象を受けた。今年起こったそれほど壮絶な体験をした人間は冷静に、平然として体験を語れるものなのか?話をする前にコルニコフは酒を一杯注文する、やはり、お酒を飲まないとまともに話させないものではないのか?さらに彼の話をまともに聞くものは異邦人である日本人の兵士しか話し相手がない彼の状態はもっと切迫していて、紳士的な言葉遣いをしつつも、狂気じみた熱量があったのではないかと想像する。舞台上のコルニコフは紳士らしく、とてもゆったりしていて、とても「死後の恋」を経験した人間には見えない。

 

もう一つ、今回「死後の恋」のすさまじさが際立たなかった要因として、「ロマノフ王朝」の存在が強調されなかったことがあげられる。ロマノフ王朝は当時でも崇拝され、絶大な力を持っている存在なはずである。今回の「死後の恋」の話がほかの戦争ものの話と明らかに異なっているのはこのロマノフ王朝の末路がかかわっている点であり、だからこそ、その末裔であるリアトニコフこと、アナスタシアの死はただの男装した一兵卒の死ではなく、ロマノフ王朝の血が途絶えるという悲劇的なものであり、ロシアの貴族の一人息子であるコルニコフが受けたショックはとてつもなく大きいものだったはずだ。そう考えると『死後の恋』を話した後のコルニコフの声のトーンはいかにも誰かを失って、愛する人を失って悲しそうなトーンに聞こえたが、これではあまりに普通である。コルニコフの受けたショックは悲しみを遥かに超えるような感情ではないだろうか。また、ロマノフ王朝の滅亡があまり強調されなかったためにコルニコフが最後に言い残した「アナスタシア内親王殿下」というセリフが際立ったなかった。
もっとロマノフ王朝の存在を説明して、なおかつどういう存在であったか示す必要があった。ロマノフ王朝がどういうものであるか示すシーンを挿入したり、パンフレットで家系図を丹念に書くなどもう少し工夫があったらよかった。

 

 また、ストーリーを展開するにあたり、森に入った際の戦闘描写のシーンではもう一つ工夫がほしかったところである。背景に立派なレンガ造りの背景があるだけに照明の緑の変化のみで森への場面転換とするのはあまりに無理があった。
背景を布で隠したりするなどの工夫がもう少し欲しかった。

 

③まとめ
   今回の公演ではコルニコフが体験する戦闘描写やリアトニコフの死体がつられているシーンなど部分的に力が入っていたと感じられた一方でロマノフ王朝の存在やコルニコフの動機など内面的な部分が浅い印象は受けた。
しかしながら、このような古典の面白い作品をTheaterIOという金沢の若手劇団が挑戦するのはとても有意義なことだと思うのでぜひとも続けていってほしい。今回の「死後の恋」の公演でたくさんの改善点を見いだせたはず、願わくば、より準備の整った形での再演を希望する。


 2022年11月15日 木林 純太郎

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