花火

花火

 夏の風物詩として、花火は僕たちの心の奥深くに染み付いている。爆音とともに美しい光芒をひらめかせる打ち上げ花火は、毎年何十万もの人々の心を惹きつける。夜空の火球を見上げている間、僕たちの心は一つになっているんだ。
 でも、僕はもう一つの花火の話をしたい。手持ち花火の話を。僕と彼女の手元で、僕と彼女だけに見つめられて輝いていた、小さな小さな火球についての、話。

 毎年決まって、花火を買っていくのは僕の役目だった。彼女が飽きないようなユニークな花火を探すのは楽しかった。花火メーカーが新作を発売した時は、嬉々としてそれを買い求めた。僕が覚えている限り、彼女はいつも喜んでくれて、僕はそれが嬉しかった。
 彼女を建物から連れ出すまでの道のりはとても長く感じられた。もし見つかってしまえば、その日花火ができなくなるだけでなく、翌年以降もできなくなるだろう。最悪、彼女と会うことが禁止される。必然的に彼女の手を引く僕の掌は緊張から来る冷や汗でじっとりしていた。

 倉庫と植え込みの間は完全に死角になっていて、そこが毎年僕たちが花火をする場所だった。水筒からボウルに水を入れ、ろうそくを立てる。ほとんど街灯の光が届かないので、ろうそくのオレンジの光だけが僕たちを照らす光となった。
 それから持ってきた花火を並べて、彼女と取り合った。その年初めに花火に火をつけるのは彼女の役目だ。ろうそくの炎とは比べものにならない明るい炎が噴き出して、倉庫と植え込みの間のわずかな空間を照らす。燃える火薬の匂いで小さな花火大会を実感する。魔法の杖のように噴き出す煌めきの奔流に彼女が心を奪われる、その様子が僕はたまらなく好きだった。見かけによらず彼女はバチバチと激しく火花と炎を散らすタイプの花火が好きで、僕の持ってくる花火も自然とそれに偏った。花火が激しく燃えれば燃えるほど、彼女の笑顔も明るく照らされる気がした。

 その年、彼女は線香花火を持ってきて欲しいと僕に言った。聞き間違えたと思って訊き返すほど、それは意外だった。理由は語られなかったけど、ともかく僕は用意した。普通のものと、鬼のように火球が大きくなるタイプのものと、二種類。僕は後者の方が喜んでくれるだろうと思った。
 果たして、彼女は普通の線香花火を選んだ。そして僕にも同じものを押しつけてきた。一緒にしよう、と言って。彼女は僕の隣のものすごく近い位置に座り、僕たちは同時に線香花火に火をつけた。
 赤い火球が垂れ下がり、火花を散らし始める頃には、僕たちの肩はぴったりと触れ合っていた。僕はいつもとは全く違う小さな花火大会の空気に飲まれて、すっかり縮こまっていた。二つの火球は寄り添って、暗闇の中で小刻みに震えている。彼女の息を吸うのが聞こえるのと同時に、彼女の火球が地面に落ちた。あっ、と僕が声を漏らすと、僕の火球も大きく震えて宙に舞う。

「だめ!」

 彼女の手が伸びて、ジュッ、という音が響いた。
 何が起きたかを僕が理解するまでに数瞬が過ぎた。硬直している彼女の手をボウルの中に突っ込んで、それから彼女の顔を見た。彼女は暗がりの中で笑って僕を見た。彼女はただ、取ったよ、とだけ言った。熱いと思わなかったのかと僕が聞いても、彼女は曖昧に首を振るだけだった。


 僕の上司が言うには、彼は僕の、激しめの手持ち花火の商品企画力を評価してくれているらしい。だからなのか、僕が稀にしとやかな企画書を提出すると、彼は不思議そうな顔をする。けれどなぜか、彼が企画書を眺めて、それからひと月もしないうちに、試作品が届くことが多い。
 そして僕はいつも、そのうちの一本を彼女に届けに行くんだ。

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