他者とは分かり合えない。できるのはわかろうとする努力だけ。(前回補足)

首ジストニアは午後から痛みますが、脳は「渚」におります。ただ記事は後半へ進むにつれて「沖」へ向かいます故、お気をつけて。

本来のnote使用目的とは少しズレますが、前回の記事(あのGoogle検索で浮かれた連続呟きの前に書いたやつね)では、"人間はたとえ互いに同じ経験をしていたとしても分かり合えない"という納得できる説明が足りてないと思っていたので、今回はその補足記事です。
(補足とは言え、書き終えてみたら長めです!)
私の経験をお話します。

分かり合えないんだ、彼が最初に私に言ったことが本当ならば、同じ経験をしていても人は…

一昨年の春から付き合った人は、自分は鬱病経験者だと言っていました。
私は彼のカミングアウトの前に自らの双極性II型状態を話していました。
大抵の場合、深い仲になる可能性を感じた人には最初に言って反応を伺い、その後の距離の取り方を決めるのが当時の私のやり方でした。

私は双極で彼はうつ病。病名や処方される薬は違うけれど、私がほぼ鬱期で軽躁さえ少ない症状なので、体調の悪い状態やその時に思ったり感じたりすることに、彼はきっと理解がある・共感してくれる…
話を聞いてからすぐに信用してしまったのです。
実際に2〜3回目に会った時のドライブで急にパニック症状が出た私に、とても気遣いある行動と落ち着いた態度で対応してくれました。

彼は自分の仕事が忙しく、父親の自営業も手伝っており、互いの家はそう遠くはなかったものの週に一度会えるか会えないかといった付き合い始めでした。約束をしていても彼の偏頭痛が酷くドタキャンされた時、会えないのは残念でしたが私は快く応じ、彼が心配でした。
そんな感じなので、LINEは毎日数回やり取りし、愛情表現もしてくれ(してい)ました。

けれど3ヶ月経とうとしていた頃、彼の父親が急に入院することになり、土日の自営業(少ないながらもお客様がいて休むのは難しいとのことで)も彼が対処することになりました。
退院の目処のつかない気の毒な話に、私は会えない時間がまた増えることを覚悟しました。
(それまで幸せなことに肌荒れはあまりしない方でしたが、その期間に急激に顔に吹き出物が出て皮膚科に通い出しました。少しでも会いたいけれど、そう言って迷惑をかけたくないというストレスが出たのだと思います)

しばらく会えない日が続き、その間に今度は私が鬱期に入ってしまいました。
そんなときに彼から週末に一日だけ会おうと言われ、私は鬱期を伝えずに了承しました。
少々無理をしても他者に会って元気をもらえることがありましたし、いい加減彼にも会いたかった。寂しかったことも素直に言おうと思っていました。

当日は準備だけで一苦労(メイク嫌いでもきちんとし、新しいワンピースを下ろしました)。
長時間運転はパニックの引き金になるので、いつものように彼が家に迎えに来てくれました。
久しぶり、と挨拶し私の姿を褒めてくれる彼。しかし鬱期の私は、それまでの身体にストレス反応が出る程の寂しさと、やっと会えた嬉しさで混乱し、言葉数が少なくなり、弱々しい返事しかできなくなり、妙に思ったのであろう彼がコンビニへ一度停車させた時には涙が出ていました。全てを正直に話しました。

お父上が心配で、貴方の忙しさも心配で、邪魔したくなくて、嫌われたくなくて、でも会いたかったし我慢していた、今日は鬱気味だけどやっと会えるのだし、頑張って支度した、嬉しい気持ちと今までの気持ちがごちゃ混ぜになっている、と。

ドライブで優しかった彼を期待して見上げた彼の顔は、「ドン引き」という言葉を顔どころか体全体が体現していた。私にはそれがよく見えていました。…ダダ漏れじゃないか。
表情は固まり、途切れ途切れ話す言葉(彼の態度にショックを受けていた最中だったので、何を言われていたかいまだに思い出せない)、わずかにだが徐々に離されていく身体。
調子の悪い時に無理して会わなくていい、今日はもう家に送る、と聞き取れた私は早々に家へ引き返す彼に、車から降りるまでにまだチャンスはあると信じていた。

敷地内に車を停めた彼に恐る恐る手を差し出してみた。いつもの彼なら向こうからすぐさま握られる手を。
彼は手を差し伸べてくれたけれど、いつもの暖かい体温は無く、これ以上無いくらいの弱々しい力で私の手を繋いだ。
いや、「繋いだ」とは言えない。気色悪い何かを誰かに言われて強制的に素手で触らせられた、そんな感触だった。それは忌々しいが忘れられない。
「また連絡するし、元気になった時に会おう、俺を信じて」そう言う彼は苦笑いして取り繕い、車で去って行った。
私にはその言葉が大嘘で、終わりだと頭では分かっていた。彼は私が泣いた途端に、顔も、私への気持ちも、冷め切った能面になっていた。私には何もかも見えていた。

頭では全てを理解していた。
頭の回転が早く、人より分析力がある程度高いことが私の長所だ(この時期はそれが短所でもあった)。
だが、気持ちは別だ。気持ちは理解に到底追いついていない。
理解することと感じることは別だ。
脳と心は別だ…(いつかの記事にも少し触れましたが)。

結局のところ、彼は自分に都合の良い女が欲しかったのだ。自分の体調が悪い時にはドタキャンし、それを許す私が当たり前で、少し我慢して会った私の事情には歩み寄ろうともせず、隠しきれず、具合の悪い私が気持ち悪い。
後からLINEで、久々に会えるのを楽しみにしていたから笑顔が見れなくて残念だった、と書いてあった。

本当に愛されてはいなかった。
あんなに愛情表現されていたが。
もし本当に好きなら、どんなに忙しくても会う為の時間は作れる。たとえ10分でも。今からだって遅くは無いのに、彼はそれを思いつきもしなかったのだろう。
私にしてみれば、愛に対して忙しさは言い訳でしかない。
ただの調子の良い人で、自分がうつ病だったという話ももしかしたら嘘だったかもしれない。
本当だったとしても大した状態では無く治りが早かったか、過ぎたことは忘れて何も学ばない男か…。何にしてもろくな奴じゃない。
私にも顔色を伺い、寂しさを爆発させた非はある。

そのLINEを見て私から別れを選び、言いたいことは山ほどあったが言っても無駄な価値の無い奴と脳みそで判断し、4ヶ月の恋人ごっこを終えた。

しかし、気持ちはすぐに割り切れるものでは無かった。何故なら短い間に好きになり始めていたから。信用し始めていたから。
脳の判断とのギャップが埋まらずに、鬱は悪化。
一度落ち着いたものの、皮膚科には通い続けていたし、その年は色々な不運が重なっていたこともあり、部屋の梁にはいつしか頑丈なビニール紐の輪が常時付けられていた為、結果秋に開放病棟へ二週間入院した。

今も輪になった紐は梁から下がっているままだ。大抵はただの風景と化しているが、「沖」に沈むとよく目立つ。
実際に3回程通してみたこともある。
本当にそのときが訪れれば可能だ。一人で、いつでも。

長くなってしまったが、お分かりいただけただろうか。
他にも"分かり合えない"いくつかの経験があるけれど、今回はここまで。
とくに思い知った件を取り上げました。

私は身をもって知り、自分で自分を守る為の盾と武器を持ち、他者と笑顔で接する。
いつも、これからも、脳と心の両方に刻みつけて。
人間は分かり合えない。人間が互いにできることは相手を分かろうと努力し、歩み寄り、分かり合える状態に近づけることのみ。
真に理解し合えることはない。

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