シャワーヘッド松戸(エッセイ 過去作品と同内容)
高校時代、寮生活を送っていた。当然、トイレもシャワーも共同で利用する事になる。潔癖症の人が見れば卒倒するような環境だろう。
ある日学校から寮に帰ると、シャワールームが立ち入り禁止にされていた。え?と思い張り紙を見ていると、備品紛失のため立ち入り禁止、とあった。
おいおい、シャワーも浴びられないのか?というのも、自分の寮のフロアを管理していたのは、学校内でも有数の権力者。その大きな体から、熊のようだと称された事もある男だ。まともな論理が通用する相手ではないし、交渉しようとも思わない。備品がなんだか知らないが、これでしばらくシャワーが浴びられないのは確定である。
仕方がないので、本来禁止されていた他のフロアへの侵入を試み、こっそりシャワーに入った。こうでもしないと、しばらくシャワーを浴びられないと思ったからだ。当然、これは禁止行為なので、推奨はしない。しかし、当時はルールを破るほど切羽詰まっていたのも事実だった。
さて夜が来て、後は寝るだけというタイミングで呼び出しがかかった。見ると、フロアの仲間たちが全員集まっている。真ん中には、松戸(仮名)先輩がいる。関わりはあまりなかったが、チリチリ頭で焼きそばみたいだな、といつも思っていた。20世紀少年という漫画に出てくる、ドンキの幼少期に近い感じだ。
真ん中にいる時点で察していたが、犯人は松戸先輩だった。事の重大さに気づき、自ら罪を認めたそうだ。
「すいません、僕はシャワーヘッドを取りました。」
え、シャワーヘッド?取られた備品は、シャワーヘッド?なんのために?オーディエンスの頭の中は、クエスチョンマークでいっぱいになった。
「なんか、シャワーヘッドが汚いなと思ったので、自分で買ったシャワーヘッドと変えようかなと思って…。」
ごめん、意味がわからない。何を言っているんだ、マジで。難解な数学の解説を見た時の気分になった。論理らしきものはうっすら見えるが、脳内からサラサラとこぼれ落ちてしまうのだ。
「本当にみんなに迷惑をかけて…。」
「本当だよ!」
内藤(仮名)先輩のツッコミが響く。みんなが笑ってしまったので、これで手打ちだ。シャワールームも使えるようになった。
しかし今思えば、松戸先輩も潔癖症的なものだったのかもしれない。当たり前だが、寮生活は物の共有が出来ないとしんどい。そのしんどさに耐えかねた行為だったのかもしれない。しかし、それは理解される事はなかった。松戸先輩は、その後シャワーヘッド松戸と呼ばれる事になった。失礼ではあるが、あまりにも語感が良すぎるあだ名だ。(仮名ですが、母音は同じなので語感もほぼ同じです。)
ちなみにシャワールームが解禁された時、1人だけシャワーではなくまっすぐ部屋に帰った人間がいる。もちろん筆者である。禁止区域でわざわざ浴びたのだから当然である。しかし、それを見ていた担当はどう思っただろうか。うわこいつ、シャワー入らないタイプか、汚いなあ、とでも思ったのかもしれない。
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