都市部におけるエルフの就労について
近年、森林保護区での生活を離れ、都市部での就労を選ぶエルフたちが増加しています。
しかし、都市で働くエルフたちには苦労も多いと言われています。そこで、本誌ではこの度、その実態を探るため、様々な職種で働くエルフたちにインタビューをおこないました。
初めに―――都市就労の背景と動機
そもそも、エルフたちが都市部での生活を選ぶ理由―――その背景にあるものとは何なのでしょうか?
それは大きく2つが挙げられます。ひとつは森林保護区の資源の枯渇、そしてもうひとつは、人間との交流の増加です。
保護区が制定されてから100年ほどが過ぎようとしています。
その間、大気汚染や河川の枯渇による保護区の実質的な縮小は留まることを知らず、結果として伝統的な生活を送ることができる場は減っています。
また、保護区が人間によって制定されたことにより、人間と関わるのが「一部の変わり者」だけだった時代が終わり、個人間ではなく、コミュニティ同士の交流が始まりました。
大勢のエルフたちが人間の工業製品や多様な文化触れることになり、都市での生活が魅力的に映るようになったのです。
様々な職場で働く方々へのインタビュー
プログラマ Fさん
プログラマの仕事はいかがですか?
「苦じゃないです。昔、魔術を習ったときの方が辛かったと思います」
苦労はありますか?
「最近は眼が疲れてきました。もしかすると、眼鏡をかけないとならなくなるかも……」
仕事は順調ですか?
「おおむね。給料も悪くないです。急な仕様変更とエルフへの偏見が少し辛いこともありますが、この仕事を続けたいと考えています」
偏見と言うと?
「あー、『そんなに上達が早いのはどうせ魔術使ってチートしてんだろ』とか言われたりしますね。
魔術は保護区外では有資格者しか使えないですし、そもそもこんな都会では精霊の力が弱すぎてたいしたことはできないって説明してもわかってもらえなくて」
それは大変ですね。
営業部 Cさん
お忙しい中、インタビューにご協力いただきありがとうございます。
「どういたしまして。それで、どんな話をすれば?」
どうして営業部での仕事を選びましたか?
「人間と話すのは好きだって言ったらこちらを紹介されてね」
実際に働いてみてどうですか?
「うーん、率直に言うとなかなか大変だよ。営業ってのは、常にスピーディーでタイミングが重要なんだけど、それが苦手なのかもしれない。人間社会のペースに慣れるのが難しいと感じることが多いんだ」
具体的なエピソードなどありますか?
「例えば、ある商談でのことなんだけど、相手が「一分一秒を争う」と言っていたんだ。それが理解できなくて、自分としては調子良く進めていたつもりだったけど、最終的には遅れが致命的になっちゃって…。
狩りの場では時に一分一秒が命取りになることもあるけど、それがビジネスにおいても同じだとは思わなかったんだ」
なるほど……長命種と短命種のペースの違いということでしょうか。他になにか困っていることなどありますか?
「そうだな、タバコかな。すっかり、やめられなくなってしまって。コミュニケーションに必要だから覚えろって言われて嗜むようになってしまったけど、故郷の巻香とは違って薄い毒だろ、これは。
人間たちは、なぜ短い命をみずからすり減らそうとするんだろうね?」
不思議ですね。
「はは、毎日不思議なことばかりさ」
広報部 Hさん
大丈夫ですか? 体調が悪いとか。
「あー、ごめん寝不足で。っていうか寝てなくて。人間ってなんであんな無茶な仕事の仕方するんだろ」
徹夜で仕事ですか?
「朝まで仕事してたら次の日の仕事が始まるんだよ。……ありえない」
今日は良いんですか?
「あなたと約束してたし、1回アパートに帰ってシャワー浴びたいって言って抜けてきたの。シャワー浴びたいのはホントだから早めに開放してくれると助かる」
それはすみません……。では、今回は広報部のお仕事について少し伺ってもよろしいでしょうか?
「広報部は、企業の情報を外部に向けて発信したり、メディアとの連携を図ったりする役割があるんだ。イベント前や新商品の発表前は……ってまさに今なんだけど、まぁ大忙しだよ」
大変そうですね。
「あと……、わたしの企画や発案がNGだったとき、そもそもエルフと人間との感性のズレなのか、わたしが未熟で駄目なのか、それがハッキリしないのが辛いかな」
現場監督 Vさん
こんにちは、今日はよろしくお願いします。
「……よろしく」
どうして現場監督の仕事に就かれたのですか?
「目の良さと高所への慣れを買われたんだ」
仕事をしていて、大変なことはありますか?
「時間や予算の制約の中での作業進捗管理は大変だね。感じている時間の流れに、わたしたちと人間では、やはり差があるみたいだ」
森林保護区では存在しなかったコンクリートや鉄筋を使った建築に関わっているわけですが、その点はいかがですか?
「違和感はある。環境への負荷も気になる。……でも、仕事だからね」
清掃業 Sさん
「正直、面倒ですよ。ちまちま掃除するのは。わざわざ資格まで取ったのに、結局魔術を使わせてくれないことも不満です」
魔術外部使用資格をお持ちなんですね。
「ええ。苦労して取りました。意味なかったですけど」
どうして使えないんでしょうか?
「魔術に対する理解が乏しいんですよ。とにかく怖がっている。エルフ差別ですよ、こんなの。正直、保護区へ帰ることも考えています。このまま不満を溜め込んで、《森民解放戦線》の方たちみたいになるのはイヤですし」
《森民解放戦線》について、どうお考えですか?
「一部の主張には賛成しますが、手段は最悪です。余計な軋轢を生むのはやめて欲しいです。ますます肩身が狭くなってしまう」
教師 Mさん
お忙しい中、ありがとうございます。
「いえ、大丈夫ですよ」
高等学校で働いているそうですが、教科は何を担当されているのでしょうか?
「歴史です」
エルフではなく人間の歴史ですよね? お詳しいんですか?
「それなりに。保護区の中に隔離されるずっと前に、しばらく人間の王宮で食客をしていた経験がありまして、その頃から人間の社会の変遷に興味があり、観察していたもので」
なるほど。それならお仕事も順調そうですね。
「いえ、そうもいかなくて……。私が実際に見てきた出来事と、人間の教科書の記載が食い違うんです。歴史は結局のところ、個々の戦いの勝者が編んできたものですから、実際を都合よく改変しているわけです」
Mさんが見てきた過去が正しいわけですよね?
「ええ、そうですよ。でも、それを教えると怒られるわけです。受験に役に立たないからって。結局、教科書を読み上げているだけで、私である必要はないように感じています」
著名人の方々へのインタビュー
ここまで、一般的な市井で働く方たちへのインタビューをご紹介しました。どなたも、文化の差異や仕事への意識の違いからかなりの苦労をされているご様子でした。
現代の都市の中にエルフが馴染むには、まだまだ乗り越えていかなければならない壁があるようです。
しかしながら、人間社会の中で、大きな成功を収めている方たちもいます。ここからは、そんな著名人の方々へのインタビューをご紹介します。
アパレル会社社長 セレスティア・シルクウィングさん
人間社会の中で、エルフである貴女が社長を務めることになった経緯をお伺いできますか?
「別に大したことをしたわけじゃあないわ。簡潔に言えば、人間の会社に入社して、そしてそこにずっと居ただけよ。“年功序列”って知ってるかしら? 一部の人間が信じている、年齢が高いほうが偉いという信仰みたいなものなんだけど」
知っています。変わった風習ですよね。
「その年功序列の思想は、会社という場でも有効なのよ。つまり、長く会社に在籍しているものが偉いというわけ。私は今の若いエルフたちが都会に出てくるよりも少し早い時期からこちらにいて、人間の会社に紛れ込んでいて、まぁ、50年か100年ぐらい居座っていたら自動的に昇進していって、社長の席が回ってきたということ。あ、もちろん、私が優秀だったというのもあるけれどね」
今まさに都市就労を始めた、あるいは始めようとしている同胞にアドバイスをお願いします。
「人間に混じって働き始めると、辛いこともたくさんある。でも、ちょっとだけ―――、そうね、20年ぐらいは留まってみることをお勧めするわ。イヤな同僚がすごいスピードで老いていくのを笑ってやりなさい。そうこうしているうちに、そこにあなたが居ることが周囲からも当たり前になるでしょうよ」
アイドル ミラ・スターライトさん
「やっほー、皆の永遠のアイドル登場! そう! 余がミラちゃんだよ♪」
お疲れ様です。
「ノリが悪いのう、おぬし」
かなり昔から人間に混じって暮らしていらっしゃるとか。
「そうよの、アイドルという仕事ができる前から居るな。まぁ、その前は酒場で歌っておったから似たようなものか。人間は余を愛でてくれるから好きじゃよ」
仕事はお好きですか?
「んー、あまり仕事とは思ってないのう。ひまつぶしにペットと戯れているようなもの―――つまり、趣味かの。そういう意味では好きだし、楽しんでおるが」
最近になって都市で働き始めたエルフたちはうまく馴染めず苦労しているようです。どう思われますか?
「最近よく森から出てきているのは100歳か200歳ぐらいの小娘どもであろ? まだまだ生きることに真面目な頃よな。だが、あんまり気負わず、気楽にしていたら良いと思うがの。
短気を起こして、《森民解放戦線》といったか、あんな風になったらいかん。人間と戦争していた時代も経験しておるが、特に面白いことはなかったからの」
女優 エレナ・エンチャテージさん
『湖畔にて』拝見しました。素晴らしかったです。
「ありがとう。でも、素晴らしいのはあの子の才よ」
有名なお話ですが、改めて女優になられた経緯をお話くださいますか?
「私の住んでいた森に人間の子供が捨てられていて、それを助けて少しだけ一緒に暮らした。やがて森を出ていって、そして私を迎えに来たの。自分の撮る映画で女優をやってくれないかって」
それが映画監督のアダム・ネマさん、というわけですね。
「そうね。あの子が死ぬまでは付き合ってあげるつもりよ。ほんの数十年ぐらいのことだし」
俳優の仕事はいかがですか?
「”昔会った記憶の中の誰か”をイメージして演じていることが多いから、全く知らないタイプは演じにくいわね。
過ごしやすさの話なら、周りの人間達が私を丁重に扱ってくれるから気苦労はないわ。全員が、100年後には居ないのだと思うと少しさみしくなるくらいね」
サッカー選手 リリアン・スフトライカーさん
おはようございます。
「おはよ。悪いね、朝早くで。この練習前ぐらいしか時間がとれなくて」
いえ、貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます。
「それで、仕事についてだっけ?」
はい。そうです。どういった経緯でプロ選手になられたのでしょうか?
「最初はスタジアムの清掃の仕事をしてたんだ。それで、休憩時間に、落ちてたボールでリフティングしてたらあまりに上手いから試験を受けろって誘われてさ」
仕事は楽しいですか?
「うん。向いてると思うよ。体を動かすのは気持ちいいし、戦略を考えるのもチームで狩りをしていた頃を思い出して楽しいんだ」
都市で働こうとしている同朋たちに一言お願いします。
「あたしはサッカーのルールなんて知らなかったけど、誘われたとき、頑張ってみようかなって思えたからこうなれた。森に居たころには知らなかった仕事が人間の街にはたくさんあるから、色んなことに興味を向けてみるのが良いんじゃないかな」
マラソン選手 ソフィア・ランレールさん
おはようございます。
「おはよう。昨日はリリアンのとこに行ったんだって?」
お知り合いだったんですか?
「長いこと友達だよ。一緒に森から出てきたから、人間風に言うと同期ってやつでもあるね」
どうしてマラソン選手になろうと思ったのですか?
「リリアンがサッカー始めて、なるほどプロスポーツって手もあるかと思って探していたらちょうど良く、って感じかな。実は特にマラソンに思い入れがあるわけじゃないんだ」
仕事は楽しいですか?
「楽しいよ、今のところは。わたしは飽きっぽいから、100年後も続けてるかはわからないけど」
スポーツ―――とくに個人競技では、エルフの選手登録をやめさせようとする運動が盛んに起こっていますが、どう思われますか?
「仕方ないと思うよ。まぁ、実際種族が違うからね……。《森民解放戦線》の連中みたいに、差別だって騒ぎ立てる気はないな。ルールが作られたらそれに従うよ。
そうなったらエルフのプロスポーツ協会を作ろうってリリアンと考えてるんだ。むしろちょっと楽しみにしてるかも。立ち上げることになったら、取材に来てよね」
はい。是非とも。
《森民解放戦線》
インタビューの中でも何人かが触れていた《森民解放戦線》について、注意喚起をしておきます。
《森民解放戦線》は「エルフを人間から解放する」という目的を掲げている武装集団で、エルフの居住地を人間が「森林保護区」としたことや、人間社会の中でのエルフの地位に不満を抱く者たちによって形成されています。
確かに、保護区外での魔術の使用に資格が必要といったような煩わしさや、人間と接する上で偏見を持たれることによる不満などはあるでしょう。
しかし、それを力で解決しようとする試みは間違っています。
以前の戦争で、多くの森林山野が焼失してしまったことを忘れてはいけません。
そもそも、都市は人間がその努力によって切り開き、作り上げてきた場所です。果実や狩りの獲物が自然からの借り物であるように、都市と、そこで発展する文化は人間からの借り物であることを心に留めておく必要があるでしょう。
最後に
人間の都市での生活は文化的な刺激に満ちています。一方で、その生活を支えていくための就労には、考え方の違いや、双方の偏見から生まれる多くの苦労があります。
しかし、それを過激な運動で解消しようというのは、エルフらしからぬ短絡的な考えだと、わたしは思います。
我々には多くの時間があります。
洞窟の天井から垂れた水滴の積み重ねが、やがて美しい鍾乳洞を作るのをわたしたちは見てきました。
少しずつ、少しずつ、より良い方へ変えていきましょう。
エルフと人間が、共に幸せに都市で暮らす未来のために。
とは言え、眼前の困難への対処も必要です。
まずは同朋同士で、あるいは人間の友人と手を貸し合いましょう。
それでも手が足りない時は本誌のルヴィラ・ジーウィス宛にご連絡ください。わたしで良ければ、いくらでもお手伝いします。
それでは、楽しい都市生活を!
※画像はすべてbing Image Creator で作成
※文章の一部にChatGPTを使用
※こんなに長く書くつもりじゃなかった
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