『海に行こう』

「海に行こう」
そう誘われて出かけるのは いつも水族館だった。 お年玉で年間パスを買いに行って 「初詣だね」 なんて言ってた。
電車にもう少し長く乗っていれば、本当の海に行けるのに、なぜか私たちはそうしなかった。
そう言えば夏休みの海水浴も行かなかった。
両親が山登りの方が 好きだったからかもしれない。
湖は知っているけれど、 海は知らない。
私たちはなぜ海には行かなかったんだろう？

「海に行かないか」 　
そう誘われて出掛ける場所が ラブホになったのは いつからだろう？
オシャレな外観とは言えないけれど、名前が可愛らしくて、UFO型のベッドがある部屋も人気！とか 雑誌の見出しにあったような……。

私たちは水族館をイメージした部屋を迷わずに選んだ。 マリンブルーのお風呂に入ってふたりではしゃいだ。 サファイアブルーのシーツの上でもふたりでたくさんキスをした。抱き合って、笑って、 眠った。

ふたりとも制服を脱いで、 違う場所でなんとなく暮らしているけれど、 私はまだ本当の海には出掛けたことがない。多分、彼も。

ふたりともその理由は なんとなくわかっている。 頭がよくない私たちだけれど「井の中の蛙大海を知らず」という言葉は知っている。

私たちは臆病だから、自分たちの創り出した海の中でしか自由に泳げない。

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