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57. ローマ3:25-26 神の忍耐の時期

25,神はこの方を、信仰によって受けるべき、血による宥めのささげ物として公に示されました。ご自分の義を明らかにされるためです。神は忍耐をもって、これまで犯されてきた罪を見逃してこられたのです。
26,すなわち、ご自分が義であり、イエスを信じる者を義と認める方であることを示すため、今この時に、ご自分の義を明らかにされたのです。

ローマ人への手紙3章25₋26節、新改訳聖書2017

 人々が律法の下で生きている間、あるいは自分たちの伝統的な宗教の中で生きている間、神はすべての人々が犯した罪に対して忍耐して待っている、とパウロは言います。

 つまり、神は彼らに対して、忍耐して、まださばきを行っていない状態が続いています。

 全人類に対する神の義を真に実現するために、神は人が人に対して犯した罪だけでなく、その罪の根源である神に対する罪(23節)に対して、十字架上のイエスの血をもって怒りを現わされたのでした。

 それだけでも十分大きな恵みですから、赦されることを軽く考えてはいけません。

 自らの罪を認め、悔いることで、イエス・キリストの贖罪の死を真に心に受け止め、その恵みを無駄にしないように、とパウロは勧めるのです。

考えてみましょう:神が叱らなければ、罪を犯し続けてもいいのでしょうか?


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