海乃美月を源泉として(または呼び声であるということ)〜『Eternal Voice 消え残る想い』初見の雑感
月組公演 『Eternal Voice 消え残る想い』のとりあえずの雑感を記しておきたいと思った。まず思ったのは、というかこれはアルファにしてオメガではないかとも思うのだが、この作品は『今夜、ロマンス劇場で』のアンサーではないのか、ということ。また「ロマ劇」か何かとあっちゃこの作品の話ばかりだな!! と我が事ながら思わなくもないが、もともとが映画としてはじめて世に問われた作品を宝塚歌劇に翻案することで二重写し的にその可能性の中心を炙り出した、それだけ「やばい」作品なのだという認識がある。もちろん舞台作品上演を通して演出家同士で何らかの具体的な応答が行なわれたと言いたいのではないが、そもそもこの二作品のあいだには月城かなと・海乃美月という決して落とすことのできない強力無比の一貫性があるのだ、トップスター(とその相手役)の物語の重力下で作品づくりは行なわれるものであり、この二人はコンビとしての応答関係が殊のほか強いというか、たとえば一足先に退団する柚香光と星風まどかが二者間に形成するような強い親密圏を感じるというわけではないものの、互いに応酬しあう眼差しや微笑から否応なく漏れ、漂い、醸される交換し、交感され、交歓する言語外情報の多大さにこちらのニヤニヤ笑いを止める術もないのがうみれいこのあり方だったし、それに加えて大劇場お披露目公演と退団公演なのだからなおさら作品間に応答関係が生じるのは不可避というか必然なのではなかろうか。そのうえで、小柳奈穂子も正塚晴彦も、トップスターたる月城かなとではなくむしろ海乃美月を種子として、要として、源泉として作品を拵えているのは明白であるように思えた。
美雪を幽霊のようなものだと捉えるなら、『今夜、ロマンス劇場で』も『Eternal Voice 消え残る想い』もともに幽霊譚であると言ってよいのではないか。とはいえ美雪はまるで幽霊を目撃したかのような語り口で天紫珠李、白河りりの看護師二人の噂にのぼるだけで幽霊というわけではない、いま-ここにいるはずのない、決して触れることのかなわない存在として、幽霊がより多くの人に目撃され、語られていくことでより強く現象するように、健司が幾度も時間通りにスクリーンの前へ足を運び、そのたびごとに美雪にその眼差しを刻みつけるうちに、いつのまにか彼女はそこに現象していた。そういえば『グレート・ギャツビー』のデイジーもまた過去に魂を囚われすでに死んだものとしてかろうじて生命を擬態しつづけているだけのいわば生ける屍である。湖を訪れてはその突端から彼岸のデイジーを眼差しつづける傍ら日夜パーティを開きながらその到来をひたすらに待つギャツビーの振る舞いはさながら降霊術だし、その行為だけを取り出せば健司のやっていたこととほとんど変わりがない気もする。儀式の甲斐あって此岸に姿を見せるようになったデイジーもはじめは不意撃ちで到来した過去に夢見心地だったが、やがて自分がすでに死者であることを思い出す。そして彼女はギャツビーに花束を手向けることで葬りそこねていた自らの魂を今度こそ葬り去るのだ。
細かい設定には立ち入らないが(まだ一回観ただけだし、初回は演者たちの顔を見ること、抑揚に耳をそばだてること、オーラの軌道を感じることに気を取られてしまうので事物の細部を取りこぼしがちではある)、『Eternal Voice 消え残る想い』のアデーラ自身は幽霊でもそれに類する存在でもない。彼女は声を聴く者であり、その声を証し立てする存在でもある。幽霊という「到来する過去」をその身の内側で媒介する存在、とでも言おうか。『歌劇』誌収録の座談会によれば正塚晴彦は月城かなとには物語的背景や準拠枠を特に与えず、ただ自分自身たれということを示唆するのみだったそうだが、実際に菅原道真に引き続き(観ていないので定かではないが、『万華鏡百景色』なんかもその系譜に位置づけられるのではないか?)「読む者」=探偵を演じる月城かなとともに「読む」者として行動をともにする海乃美月のアデーラは、同時に読まれるテクストでもあるという複雑な位置を与えられ、座談会に至ってもなお役をつかみきれずその試行錯誤ぶりを困惑をもって口にしていたのだ。読むものと読まれるものとその媒介といういわば三役、正塚晴彦が再演ではなく新作でうみれいこの大劇場公演を手掛けると聞いたときに胸にいだいた「期待」どおり、重たさと掴みどころのなさを海乃美月は体現していた。ロマンス劇場のネオンという明滅する発光体こそが過去からの存在の呼び声である、という「応答」を観客席から勝手に受け取ったのだ、とひとまずそういう話でしかないのだけど。
「見つけてくれてありがとう」という美雪を象徴するフレーズはつくづく「海乃美月」なんだなあ、ということをNOW ON STAGEの座談会でれいこさんが雪組から組替えしてきたときの印象を語るうみちゃんを見ながらしみじみ思う。そしてアデーラこそ「見つけてくれてありがとう」とは言わないが、しかし劇中で誰かがそう言うとしたら、言ったとしたら、それはいったい誰の声なのだろう。余談だが、星組『RRR』『VIOLETOPIA』の退団挨拶で大輝真琴が「出会う景色を色鮮やかなものとしてくださいましたファンの皆様」と言った瞬間、美雪のことが脳裏によぎったのは言うまでもない。