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呪いの言葉と遺伝子(1)

昨夜、夫に吐き出すように心のうちを明かした。
長年、抱え込んでいた私の真っ黒な心の澱に、夫は戸惑っていたけれど夫と娘の言葉に救われたので記しておこうと思います。
誰にとっても不快な内容です。申し訳ないです。
それでも書いてあの呪いの言葉を解きたいです。


天国のお父さんへ

私が小学生のとき、お父さん、お母さんと結婚した理由として「お母さんが優秀だったから」って話してくれたよね。
国立大学出身で教師だったお母さんはとても頭がいいから、俺より下のレベルの子供は生まれないって確信できた。だからお母さんと結婚したんだって。

強烈だった。
今でも一言一句覚えてるよ。お父さんの表情まで記憶に残ってる。

正直、そんな単純な話かなって子供の私でも首をかしげたわ。
馬鹿げてるって思った。
あのときいろんな感情が私の心を通り過ぎた。

悲しい、がまずあった。
あのころ、転職ばかりして年収が低いお父さんの代わりにお母さんは一生懸命働いて、家事育児も一人でこなしてた。お父さんは家でお酒を呑むばっかりで手伝うことさえしない。
お父さんはそんなお母さんに感謝するどころか、お母さんをまるで材料みたいにいうんだなって、すごく悲しくなった。

次に不安になった。
お父さんは本当にお母さんのこと好きなのかな?って。
その不安は私の足元を大きく崩した。

次に恐れがきた。
お父さんより下の学力だったら、お前は俺たちの子供だと認めない、遺伝子的にありえないって言われてるみたいだったから。

そして、今はただただ怒りがある。

お父さん。あのとき、訊きたいことがあったの。
でも、あのとき私のどこかで警告音がした。それを口にするのはダメ、お父さんの話を黙って聞くだけにしろって。
ちゃんと自分を留めることができたこと、子供なりに私の心はちゃんと育っていたんだと誇りに思う。

お父さん。でも、私はやっぱりききたい。
子供のときの強い自分を、大人になった弱い自分が壊してしまうなんて悔しいけれど、私は今の自分の家族のためにもあなたを克服しないといけないから。

あなたは自分より下のレベルの子供が欲しくないから、自分より賢い女の遺伝子が欲しいと言ったね。

じゃあ、お母さんはどうなるの?

優秀なお母さんが、あなたレベルの遺伝子と子供を作ったら自分より頭が悪い子供ができちゃうよね。
実際、私はお父さんより学力は上だったけど、お母さんにはかなわなかった。
お母さんはあなたのせいで、自分より頭の悪い娘をもつ羽目になっちゃったよ。

そんな優秀な女の遺伝子を、自分みたいな低学歴で低年収なレベルの男の遺伝子でつぶしちゃダメだって思わなかったの?
お母さんの立派な遺伝子なら、お母さんと同じぐらい優秀な男の遺伝子じゃないとダメだって考えなかったの?

大学に入ったとき、友達に「結婚するなら京大の男。凛ちゃんの通う大学の男なんかとは付き合わないから」って言われたことがあるの。
その子は京大どころか、私大にも落ちて短大にしか進学できない学力レベルなのに、自分のことは差し置いてお父さんみたいなことを言うんだなって驚いたわ。

お父さんと彼女が違うのは、彼女の場合、それが生物の雌として当然だと思っているところ。
確かに、生物は種の存続のために、女は本能で強い男の遺伝子を求めるようになっている。

お父さん、私はあなたも友人も大好きよ。
あなたたちの良いところも知ってるし、私の記憶にはあなたたちの優しさもしっかり残ってる。
でも、私はあなたたちのその考えだけは受け入れられないの。
彼女みたいに、女だという理由だけで優秀な男の遺伝子を求める権利があるという姿勢も「だから女は馬鹿にされるんだ」って憤りさえ覚える。

私は京大に進学する学力はなかったけど、せめて彼らと対等に会話できるだけの知識と知恵はもっていようって思ってたし、学ぶ姿勢は崩さなかった。
彼女みたいに顔と体で男を繋ぎとめることだけは嫌だったから。
それは女としてじゃない、一人の人間として私のプライドが許さなかったから。

幸い、親しくしている男性は私のそんな姿勢を評価してくれるし、夫は私をとても尊敬してる。
京大出身の頭がよくて、仕事ができて社会的地位がある高年収な男性の妻になった私を、あなたたちは大成功の人生だというんでしょうね。

でも、私は今になってあなたの言葉に、かつて自分が抱いた疑問に苦しめられるの。

夫のような優秀な人は、やっぱり夫と同じように京大出身で社会的地位が高くて、しっかりした家庭で、ちゃんと育てられた女性と一緒にならないとダメなんじゃないかって。

お父さんの劣った遺伝子を半分受け継いだ私のような子供時代を送った女は、結局、お父さんのような男と一緒になって、お母さんみたいな人生を送るのが本当の姿なんじゃないかって思うの。

お父さんは平気でいられたみたいだけれど、私は夫に申し訳ない。

あのとき、やっぱり訊いておけばよかった。
「そんなふうに遺伝子に拘るなら、お母さんの遺伝子を汚しちゃいけないって思わない?」って。

あなたはなんて答えたんだろう。
私はあなたの答えが聞きたい。