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年齢重ねて、私もやっと追いついた?

私は人の本棚を眺めるのが好きなのだが、ヨーグルの本棚はその中でも群を抜いて好きだ。

例えば落語の本がいっぱいある。
落語は聴くもので読むものじゃないと思っていたので驚いた。
話していると彼がオチのある話が好きなのがわかる。だから話にオチがないと気が済まない(と言われる)大阪育ちの私と合うのかもしれない。

また彼の書いているものを読んでいると、落語の影響を受けているのもわかる。オチが洒脱でキレイに決まってる。その着地点が読者の予想を大きく裏切るところが彼の持ち味だろう。
シリアスなものも書くけれど、どちらかというとコメディ色強めのほうが向いていると思うのも、彼が落語好きだと思えばあながち間違ってはいないと思う。単に私の好みの問題かもしれないけど。

だから、彼の本棚に松本清張がずらりと並んでいるのを見たときは驚いた。
彼の書くものからは清張の影響なんて微塵も感じないし、むしろ苦手なんじゃないかな、ぐらいに思っていたのに。

「意外。ヨーグルって清張も読むの?」
「読むよ。学生のときは代表作しか読んでなかったけど、最近面白くていろいろ読んでる。凛子は読む?」
「読むよりドラマや映画で観る方が多かったかな。小説は高校生のとき『火の路』を読んだのが最初。ゾロアスター教を世界史で知って興味をもったの。でも清張はあまり好きじゃない。泥臭くて、私には合わないわ」

好きじゃない理由はそれだけじゃない。

「父がめちゃくちゃ清張好きだったのよ。『昭和史発掘』とか全巻並んでた。『火の路』も父に借りたの」

父は「砂の器」「0の焦点」「点と線」といった清張の映画やドラマをたくさん見せてくれた。「0の焦点」の舞台になった能登金剛にも連れて行ってくれた。
「清張はすごいぞ」と何度も私に熱く語った。あまりにも語られるから自分が読んだのか、父から聞いただけなのか、記憶が曖昧になってるものもある。

父の生活がすさむにつれ、私の中で父と清張の位置付けは少しずつ変化していく。好きだけど疎ましい。嫌いじゃないけど距離を置きたい。私はいつしか清張から離れて全く手に取らなくなった。

「僕も学生時代は好きじゃなかったんだけどね。いつごろかな。清張が描く人間の欲や色がものすごく面白く感じられるようになった」

「年とったからかな」と笑うヨーグルが爽やかすぎて、やっぱり清張と彼はどこまでも合わんな、と思った。

「じゃあ、私も、もう少し大人になったら、あなたみたいに清張が楽しめるようになるかもね」

そんな会話を交わしていたというのに……

なぜか社会派ミステリ好きになっている今の私。

二十代のころは暗い印象しかなかったのに、人の好みってこうも変わるものなのか。
なるほど。確かにヨーグルの言う通り「私も年を重ねて、やっとこれを面白く感じられるようになったか」という気にもなる。

先日、ヨーグルに「一緒に観ないか?」と誘われ、録画していたというNHKスペシャルの未解決事件シリーズを鑑賞した。

今回の未解決事件は「下山事件」

1949年に起こった、国鉄総裁の下山定則が出勤途中に失踪、その後、轢死体で発見された事件だ。他殺か自殺か。様々な議論を巻き起こしたが真相不明のまま時効を迎えた。

一部がドラマ、二部がドキュメンタリーになっていた。
ドラマだけ見たのだが、一時間のドラマなのに(調べたら1時間20分でした💦)映画一本みたような気持ちになった。重厚。濃い。とてつもなく面白い。
あまりにも面白くて全力で集中してしまい、続けてドキュメンタリーを見る余力がないほど疲れてしまった。

ドラマの序盤。捜査が始まったころ、線路から血液反応が出るシーンがあった。

「ルミノール反応ってこんな昔からあったの?」と驚く私に、ヨーグルが「ルミノール反応が初めて捜査に利用されたのが、この下山事件なんだよ」と教えてくれる。

お恥ずかしい話だが、それまで私は「下山事件」を知らなかった。
ヨーグルはすでに事件に関する本をいろいろ読んでいたらしい。

ドラマを見終わったあと、ふと思った。

「あなたは社会派といわれるような小説は書かないの?」

意外なことを言われたというように、彼が驚いた顔をする。

「社会派は僕には書けないな」
「そうかな。書くための土台はあなたには充分あると思うけど?」
「それこそ凛子が書いたら?好きなんだろ?」

いやいやいや。この人、何を言ってるのか。

「私に社会派なんて書けるわけがないわ。あなたが教えてくれるまで下山事件も知らなかったぐらいなのに」

でも。

彼は私が社会派に興味をもち始めていることに気がついてくれていたんだな、と嬉しかった。だから、今回のドラマも一緒に見ようと誘ってくれたんだろう。

私と彼は同じ方向を向いている。
それがとても嬉しい。
ただ、二人とも踏み出せないでいるけど。

一緒に大きく一歩踏み出すのも悪くないかもしれない。