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2023/1/28 デュオリサイタル プログラム&曲目解説

(2023.1.29 アンコールを追記)
2023年1月28日(土)、芸術家の家スタジオ@目黒にてコンサートを開催します(わたしたちの自己紹介は1記事目をご参照くださいませ)!
当日は簡単なプログラムのみお配りしますので、コンサートに先駆けまして、プログラム&解説を公開いたします。演奏をお楽しみいただくための一助となれば幸いです。

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第一部

組曲『ドリー』(1893-1897)/ガブリエル・フォーレ(1845-1924)(佐藤弘和編)
19世紀末から20世紀初頭のフランス音楽界を牽引した作曲家、ガブリエル・フォーレによる4手連弾ピアノのための作品。
ジョン・ウイリアムスとジュリアン・ブリームによるギターデュオ版の演奏・録音によって、ギター愛好家の間でもおなじみです。今回はギタリスト・作曲家の佐藤弘和氏の編曲にて演奏いたします。

1886年から1892年の間ほとんどピアノ曲を書かなかったフォーレは、1893年完成のヴァルス=カプリス第3番をもってピアノ音楽創作を再開します。当時40代前後のフォーレの作風は、若き日のロマン派を意識した明快なものから、微妙な和声感や崩れた拍節感、シンプルで美しいメロディが際立つ円熟したものへ変化しているといわれ、この頃に夜想曲第6番(1894)、舟歌第5番(1894)などの傑作が生まれています。組曲『ドリー』も、同時期に書かれた作品です。

「ドリー」は、当時フォーレが親しくしていたバルダック家の幼い娘エレーヌの愛称。1892年に生まれた彼女の誕生日を祝って、毎年書き上げられていった曲を中心に、組曲が編まれました。

1.子守歌(1893)
作曲後、1894年に単独で出版されています。揺れるゆりかごを思わせる伴奏が心地よい曲です。
2.ミ・ア・ウー(1894年6月20日)
エレーヌの2歳の誕生日を祝う作品。
小さく飛び跳ねたり止まったりする曲調がかわいらしく、こどもの慣れない歩き方を模しているようにも感じます。
まだ舌のよく回らないエレーヌが兄のラウルを呼ぶときに「メッスュ・アウル(Messieu Aoul!)」となってしまうことから、フォーレはこの誤った発音をそのままタイトルにしましたが、出版社のアメル社が現在のタイトル(猫の鳴き声)に変更したとされています。
3.ドリーの庭(1895年1月1日)
エレーヌの3歳の誕生日を祝う作品。
息の長い旋律と、曲を通して背景に流れ続ける分散和音の伴奏が、ゆっくり微妙に色合いを変えていき、まるでスローモーションの風景を眺めているかのようです。
4.子猫のワルツ(1896年6月20日)
エレーヌの4歳の誕生日を祝う作品。
本来はエレーヌの兄、ラウルの飼っていた犬の名前「ケッティ」から、<ケッティ・ワルツ(Ketty Valse)>というタイトルでしたが、出版社が「キッティ(子猫の)・ワルツ」に変更したとされています。
実は犬だと聞くと、子猫よりは、犬が駆け回る様子に似ている気もしてきます。
5.やさしさ(1896)
ゆっくりとした音運びで次々と調性が移り変わる内省的な静けさの中に、ときおり激情が垣間見える一曲。中間部の旋律の追いかけっこがチャーミングです。
6.スペインの踊り(1896?1897?)
フラメンコを思わせるいきいきとしたリズムにのって、明るく組曲が締め括られます。

『ミネット』より1.Canzona felina e campagnola(1998)/ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ(1926-2012)(Jurgen Ruck編)
多数のオペラや交響曲で知られるドイツの巨匠、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ(1926-2012)による、1983年初演のオペラ「イギリスの猫」。1890年代のロンドンを舞台に貴賤入り混じる猫たちがドラマを繰り広げる、オノレ・ド・バルザックの短篇小説に題材をとったこのオペラの楽曲の一部が、1998年にギターデュオのために編曲されています。
原曲の雰囲気を残しつつ、"ギターデュオの曲"とするために、編曲の過程で旋律やハーモニーに手が加えられ、出版にあたってはヘンツェ本人からも文章が寄せられています。

「ミネット」は、劇中に登場する、田舎から都会にやってきた若い雌猫の名前です。今回取り上げる「1.Canzona felina e campagnola」は、彼女の初登場シーンで歌われる楽曲がもとになっています。
この後彼女と結ばれることになる都会の猫、パフ卿とはじめて顔を合わせるミネット。はじめての都会に心細さを感じつつ、期待を隠しきれていない様子で、田舎で聞かされた都会の恐ろしさを明るく、しかし切なく歌い上げます。
原曲と同様に、曲の終わりはどこか不穏です。これから都会の荒波に揉まれゆく、彼女の未来を暗示しているようにも聴こえます。

The world is wide and there are many corners
In which the prince of darkness sets his snares
And waits to trap innocent young maidens
Who set out on life’s journey unawares and with no cares

When danger threatens child look up to heaven
And call for help god is waiting in the skies
He feeds the poor and shelters little orphans
And answers very innocent who cries (and sighs and sighs…)

月の光(1890)/クロード・ドビュッシー(1862-1918)(Sound Holes編)
ベルガマスク組曲(1890)の第3曲。ドビュッシーの楽曲の中でも特に愛されている一曲といえます。

ヴェルレーヌの詩集『艶なる宴』(Fêtes galantes)に収録されている詩「月の光」(Clair de lune)に着想を得て作曲されたといわれています。

Votre âme est un paysage choisi
Que vont charmant masques et bergamasques
Jouant du luth et dansant et quasi
Tristes sous leurs déguisements fantasques.

Tout en chantant sur le mode mineur
L'amour vainqueur et la vie opportune
Ils n'ont pas l'air de croire à leur bonheur
Et leur chanson se mêle au clair de lune,

Au calme clair de lune triste et beau,
Qui fait rêver les oiseaux dans les arbres
Et sangloter d'extase les jets d'eau,
Les grands jets d'eau sveltes parmi les marbres.

あなたの魂は選ばれた風景(画)
その風景では魅力的な仮面(マスク)と踊り子(ベルガマスク)が歩く
リュートを弾いて踊りながらも
幻想的な変装の下でどこかもの悲しい。

短調の調べにのせて歌う
愛の勝利と心地よい人生を
でも幸せを信じていないようで
彼らの歌は月の光に溶け込む、

悲しく、美しい、月の光は、
木々の鳥たちには夢を見させ、
そして噴水をうっとりと啜り泣かせる、
大理石の像の間からの大きな噴水を。
(日本語訳はwikipediaより引用)

トナディーリャ 1.Allegro ma non troppo 2.Minueto pomposo 3.Allegro vivace (1959)/ホアキン・ロドリーゴ (1901-1999)
スペインを代表する大作曲家であるホアキン・ロドリーゴは、ギター協奏曲の代名詞ともいえる「アランフェス協奏曲」(1939)をはじめとして多くのギター曲を残しました。
トナディーリャはプレスティラゴヤ夫妻(1950~60年代に活躍したギターデュオ)のために献呈されたギター二重奏のための作品であり、本作品が作曲された1959年前後には、3つのスペイン風小品(1954)、小麦畑にて(1956)、ヘネラリーフェのほとり(1959)、ソナタ・ジョコーザ(1960)、祈りと踊り(1961)等、数多くのギター作品が作られています。(これらは全てギター独奏のための作品)

19世紀のロマン派や印象派の時代を経て、20世紀初頭、音楽には二つの方向が生まれました。一つはシェーンベルクらによる既存の調性を脱した音楽(雑に・俗に言えば無調音楽)、もう一つは古典的な美への回帰という方向を示したストラヴィンスキーらによる新古典主義音楽です。そして新古典主義音楽は自国の文化との結びつきをみせ民族音楽の要素を取り入れたものも見られるようになりました。ロドリーゴがパリに渡ったのが1930年頃であることを考えると、これらの動きの真っ只中であり、その音楽においては特に新古典主義の影響は無視できないものと思います。

今回演奏するトナディーリャは全体を通して、スペインらしいけどどこか変・なんとなく複雑そう、という印象を受けるのではないでしょうか。
1楽章はパッチワークのような様々な音楽の断片の貼り合わせの中にじわじわとスペインらしさが見えはじめ、最後はラスゲアードで締めくくられます。2楽章はタイトルの通り華やかな舞曲風、Trio部分もあり伝統的な様式を取り入れながらも、ラスゲアードや半音のぶつかりが印象的です。3楽章は構成としては単純で、明快なリズムにのせて最終曲らしく疾走感を伴って進みますが、微妙にズレた1stと2ndパートにどこか奇妙さを感じます。

第二部

トリオ・ソナタ 第6番 BWV530 1.Vivace 2.Lento 3.Allegro(1730?)/ ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)(アンスガー・クラウゼ編)
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)による、オルガン独奏曲の白眉。それぞれ急ー緩ー急の3楽章からなり、全6曲あるオルガンソナタのうち、この第6番のみ3楽章すべてがこの曲集のために作曲されています。
バッハは「ソナタ」という名のもとに、ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ、フルートとチェンバロのためのソナタといった、旋律楽器と鍵盤楽器のための3声の室内楽作品を書いています。この「トリオ・ソナタ」はオルガン独奏のための作品で、本来は旋律楽器が担当する2パートを両手、鍵盤楽器による伴奏のバスパートを足鍵盤で演奏します。その室内楽的な性格から、旋律楽器と鍵盤楽器の編成に編曲しなおして演奏されている例も多いようです。
今回はギター2本による演奏ということで、ふたりでそれぞれ旋律楽器のパートを担当しながら、並行してバスを分担しながらつむいでいくかたちで編曲されています。
ギターソロではなかなかレパートリーになりにくい音楽史上の重要な作品に取り組めるのは、ギターデュオの醍醐味の一つかもしれません。

朱色の塔 (1888)/ イサーク・アルベニス(1860 - 1909)(Sound Holes編)
スペイン出身のアルベニスによる、『12の性格的な小品集 Op.92(12 Piezas caracteristicas)』の第12曲で、Serenataという副題がつけられたアルベニス中期の作品です。アルハンブラ宮殿の中にある同名の塔がタイトルのモチーフであると説明がなされることが多いですが、スペイン南部カディスの海岸にある同じく同名の要塞(のようなもの)が由来であるとする説もあるようです。
本来ギターための作品は一曲も残していないアルベニスですが、スペイン民族音楽の影響を受けたその楽曲はギターとの相性が非常によく、『スペインの歌 Op.232』『スペイン組曲 Op.47』『イベリア』等多くのピアノ曲がギター用に編曲されており、ギタリストによる演奏機会が多い作曲家の一人となっています。

『12の性格的な小品集 Op.92』も、元々はピアノのために書かれた曲でありながらピアノによる演奏機会は少ない一方で、本作品「朱色の塔」についてはギター独奏用に巨匠アンドレス・セゴビアが編曲・演奏して以降、ギタリストの主要レパートリーの一つとなりました。
軽やかな三連符による導入部分や哀愁のあるメロディーと伴奏のアルペジオなどはやはり「ギター的」に響く曲だと感じます。
今回は、ギター独奏ではニ長調で弾かれることの多いこの曲を、原曲と同じホ長調で二重奏用に編曲しております。

ショーロス第5番(1925)/エイトール・ヴィラ=ロボス(1887-1959)(セルジオ・アサド編)
ブラジル出身の作曲家、エイトール・ヴィラ=ロボス(1887-1959)の、ヨーロッパ楽壇における躍進のきっかけとなった連作『ショーロス』。1920年に作曲されたギター独奏のための第1番を皮切りに、そこから約10年の間にのべ16曲が作られました(うち2曲は紛失)。

「ショーロ」は、19世紀ごろにリオ・デ・ジャネイロで成立し、20世紀初頭にかけてブラジルで流行した即興的なポピュラー音楽。管楽器+バンドリン+カヴァキーニョ(ウクレレに似た楽器)+ギター+パンデイロ(タンバリンに似た楽器)などによるアンサンブルで演奏されることが多く、リズミカルで明るい曲から心を揺さぶる哀切なメロディーまで、ブラジル独特の“サウダーヂ(郷愁)”を宿した多くの楽曲が今なお人々に愛されています。

『ショーロス』では、ギターソロや合唱、管楽器のアンサンブル、吹奏楽、そして大編成の管弦楽まで、様々な楽器編成による「ショーロ」の結晶を聴くことができます。今回取り上げる第5番(1925)、副題は「Alma Brasíleira(ブラジルの魂)」。連作中で唯一のピアノ独奏曲で、哀しくも美しいメロディーと、中間部の野性的なサンバのリズムとのコントラストにドキドキさせられる名曲です。ブラジルを代表するギタリスト、セルジオ・アサドによるギターデュオ編曲版で演奏いたします。

ロシアの想い出(1838)/フェルナンド・ソル(1778-1839)
スペインに生まれ、作曲家・ギタリストとしてヨーロッパで活躍し、ギター音楽の地位向上に大きく貢献したフェルナンド・ソル(1778-1839)最晩年のギター二重奏曲。この頃活躍していた若きギタリスト、ナポレオン・コストに献呈されています。

冒頭、堂々とした序奏が、このあとに続く変奏曲の主題を様々な調でゆっくり提示します。
いくつもの声部が絡み合いながら進む主題の旋律は、ロシア民謡「Chem Tebya Ya Ogorchila?」(私の何があなたを悲しませたの?)をもとにしています。その後くるくると表情を変える変奏が9つ続きます。
第9変奏に続いてもう一度主題が提示され、だんだんと音数が減り、静かになると、遠くの方から軽快なホ長調のアレグレットが聴こえてきます。アレグレットのテーマとなる旋律は、こちらもロシア民謡の、「Po ulitse mostovoy」(砂利道に沿って)から採られています。

ソルは1823年から約4年間、当時交際していた(結婚していたという説もあります)バレリーナのフェリシテ・ユランのモスクワ・バレエ招聘に伴って、ロシアに滞在していました。
皇帝の戴冠式のためのバレエ曲『エルキューレとオンファリア』をはじめ多くの楽曲が好評を博したほか、皇室のためにギターを演奏するなど、作曲家としてもギタリストとしてもソルは大きな名声を得ました。
1827年、ソルはパリに戻り、この地を終生の活動拠点としますが、ユランはモスクワに残り、二人の関係は破局を迎えます。

メランコリックなテーマによる緻密なつくりの変奏曲と、一転して明るく軽快なアレグレット。ソルがロシアで過ごした日々に、この曲の二面性が重なるように感じます。

(追記:2023.1.29)
昨日、たくさんの方にお越しいただきまして、盛況の中リサイタル無事終演いたしました。今後とも応援していただけますと幸いです。本当にありがとうございました!
アンコール:ヴァルセアーナ(セルジオ・アサド)
使用楽器:尾野薫 ハウザーモデル(金丸、木村)

(おわり)

わたしたちの活動のご支援を、是非ともよろしくお願いいたします。