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【あおぎりメモリアル】エピソード“栗駒こまる”

高校2年生4月
始業式の日に転校生が来た。何でも家庭の事情で、とある女子高から転校してきたという。

「どうも、あおぎり高校に転校してきました。栗駒こまるだゾ。知らないことばかりですが、仲良くしてください。」

そう、自己紹介していたのをよく覚えている。
その後、彼女はクラスの中でもトップカーストにすぐ馴染み、あっという間にクラスの中心人物となった。

ある日のこと、朝は快晴だったのに帰宅途中で大雨が降り出した。傘を持っているはずもなく、慌てて近くの神社に駆け込み軒下を借りて雨宿りをする。よく見ると先客がいるようだ。

「あれ?キミは」
同じクラスの者です。そっちは栗駒こまるさんだったよね。
「あはは、こまるでいいよ。口調も楽にして、クラスメイトなんだしさ。」

そう言って屈託なく笑う彼女の笑顔に、一瞬めまいを感じるほど胸が高鳴った。
そうして固まって彼女のことを見ていると、制服のシャツが濡れ、下着が透けてしまっていることに気づく。目のやり場に困りキョロキョロしつつ、外を見ると彼女もこちらの挙動不審さに気づいたようだった。

「こんな時だし、気にしなくていいよ。それともやらしい事でも考えちゃった?」

そんなことを言われ、脳内で彼女のあられもない姿を想像してしまい、慌ててかき消す。これ以上この状況を放置するとまずいと思い、反論はせずカバンに入れてたジャージの上着を差し出す。

これ、今日の体育で使ったから臭うかもだけど、カバンに入れて濡れてないから、風邪ひかないように羽織っておいて。
「ん?いいの?なら、遠慮なく借りちゃおっかな。」

そう言って躊躇なくこちらのジャージの上着を羽織る。さすがにサイズが合わずブカブカで萌え袖になっている。

うわ、萌え袖可愛いな。

思わずそうこぼしてしまう。

「おやおや?萌え袖という単語を知っているということは、キミもそういう趣味のお仲間かな?」
お仲間ってことは、そっちも?
「そっちじゃなくて、こまるって呼んでほしいかなー。」
ごめん、女の人を名前で呼ぶことなんて無いから。
「いいね、そういう反応は好感が持てるぞ。」

終始彼女のペースでこちらはタジタジである。

「で、話しを戻すけど、わたしも結構オタクなんだ。」
トップカーストの言う“自分もオタク”発言は、あまり信用してないんだ。
「あら、そうなの?うーん、なら〇〇ってギャルゲーとか、〇〇って漫画とか知ってる?」

結構コアなタイトルが出てきた。それを知っているということは、あながちオタクという発言も間違ってはいないのかもしれない。

それを知ってると言うことは、同じシリーズの○○ってゲームも知ってたりするの?

そう問いかけると、

「あー!それももちろんプレイしたよ!キャラデザとシナリオと声優さんのマッチングが半端なくてさ!」

そこから続くマシンガントークに呆気に取られ、彼女が同じ趣味の同志であるとわからされてしまった。

「でも、まさかキミとこんな話しで盛り上がれるとは思わなかったよ。うれしい。」
たしかに、こんな話はトップカーストの連中とはできないだろうからね。
「そうなんだよね。話しても通じないから、こんな話ができる仲間に飢えててさ。そうだ、今度私の持ってないギャルゲーやらせてよ。それで感想語ろうよ!」
え?うちに来るの?フットワーク軽すぎない?

とある放課後
こまるが我が家にやって来た。

「お邪魔します。」と言って、我が家の敷居をまたぐ。

同級生の女の子を家に上げるなんて人生初なので、なんだか緊張してきた。
そのまま自室へ案内する。
部屋へ入って、早速ベッドの隙間を覗くこまる。

あの、何をしていらっしゃるんですか?
「フッ、男の子の部屋に来たら、まずはエロ本探しと相場は決まっているのだよ。」
無駄にイケボで言われても。マンガの読みすぎなんじゃない?今時、エロ本なんか持ってるわけないじゃないか。
「やっぱり都市伝説だったかー。」

こまるは残念そうにしている。

いやいや、癖を晒される側の身にもなってよ。
「えー、いいじゃん。どうせわたししか知らないんだし。」
むしろそれが問題なのでは?
「ま、いいや。」

やけにあっさりと引き下がったので、ホッとする。
今はデータの時代だとは口が裂けても言えない。

据え置き機を押し入れから出して、部屋のテレビとつなぐ。
ギャルゲーのソフトをセットしてコントローラーをこまるに渡す。
さらには、持ち帰り用の二次創作漫画も用意する充実のサービス。

好きに始めてていいよ。

と伝えお茶を取りに行く。
部屋に戻ると、さっそくハァハァしてるこまるを発見する。

な、何に興奮してるの?
「この女の子キャラが可愛すぎて、マジで抱ける。」
あれ?こまるって百合の人だっけ?
「ううん、全部いける人だよ。元々女子校にいたからか、女の子同士のそういうのも普通にアリかなって思ってる。キミは抵抗無さそうだね。」
百合はてぇてぇと思ってるよ。さすがにBLは、理解できないけど。男女のカップリングが1番好きかな。
「ふーん、そうなんだ。好きになったら、性別は関係ない気もするけどな。」
そういう考えもあるね。

その後は、お互いにゲームや漫画に集中して、時間が過ぎていった。

5月の大型連休中
マンガを買いに出かけると、駅前でナンパされているこまるを発見する。
上手くかわせるのかと思ったけど。男の勢いに押されて苦戦しているようだ。
男と1対1での会話は慣れてなさそうに見える。

「あの、ほんと、この後用事あるんで。あと、人が来るので。」

いつもの勢いがない。
相手の男が、なかなか引き下がらないのか。困っていそうだから、割り込むことにした。

すみません、その子ツレなんですけど何か問題でもありました?
「あー!やっと来た!ごめんなさい、彼が来たからもう行きますね〜。ありがとー。」

腕を捕まれ連れ去られる。特に目的地は無いようで、グングンと引っ張られ、駅から相当離れた所でやっと止まった。

災難だったね。
「ホントそうだよー。こっちはただ買い物がしたくて来てるだけなのに、しつこくて時間取られちゃって、最悪!」

そう言いながらも、握ったこぶしがプルプルと震えている。
恐怖を感じたのか、怒りを感じているのか、多分両方かな。

で、どうする?まだ買い物を続けるようなら付き合うよ?
「んー?キミもこまるちゃんをナンパかな?」
いや、いらないなら帰るけど。
「ごめん。冗談だよ。なら虫よけと荷物持ちお願いしちゃおうかな。」

そうして、こまるの買い物に付き合って一日を過ごし、夕方になり解散となった。
あ、マンガ買うの忘れた。

6月某日の昼休み
「きゃー!」
絹を裂くような悲鳴があがる。
何事かと思い、声のした方向を見る。

どうやら女生徒が、教室に置かれた水槽にスマホを水没させたようだ。
その女生徒は、あわててスマホを拾い上げるが完全に水に浸かっていたため、このままではまずいだろう。
「死んだペットとの大事な写真データが消える。」と言って泣いていた。

「泣かないで。泣き顔は君には似合わないよ。帰りに携帯ショップ寄ってみよう。」

そう言ってこまるが慰めているが、女子生徒は絶望的な表情をしていた。
近くで聞いていて不憫に思い助け舟を出す。

クラウドに保存とかはしてあるのかな?
「よくわかんないけど、たぶんしてない。」
そうか。賭けになるし、完全に直せるとは約束できないけど、一応修復できる可能性があるけどやる?

そう言うと、間髪を置かず女生徒から「やる!」と返事がきた。
女子生徒からスマホを預かる。

まずは、ショートを防ぐためすぐに電源をOFFにする。
バッテリーを外せる機種のようなので、バッテリーを本体から外す。
仲の良い理科教師に事情を説明して、大型のビーカーと無水エタノールを借りてきた。
無水エタノールをビーカーに満たして、おもむろにスマホを沈める。

「ちょっと!余計壊れちゃうんじゃないの?!」

慌てるこまると女子生徒

そのままにしたらそれこそほぼ確実に壊れるけど、水没してすぐなら助けられる可能性があるんだ。心配だと思うけど信じて待ってみてくれないか。

10分後、取り出し拭き取る

丸一日このまま置いて、電源を入れてみようか。

そう伝えると、不安そうな表情で二人がうなずいた。

翌日
スマホにバッテリーを装着し、電源を入れてみる。
無事に起動し、しばらく様子を見るがショートする様子もない。
無事にスマホは復活したようだ。

女生徒にスマホを渡し、大事な写真データを確認してもらう。
どうやら、中のデータも無事なようだ。

不確定ではあったけど、無事に直って良かったね。

そう言った瞬間、

「ありがとう!」

女子生徒に抱きつかれる。
突然のことにフリーズしていると、しばらくして解放された。
その後も何度もお礼を言って、女生徒は離れていった。

その後
こまるがニヤニヤとしながら近寄ってきた。

「やるじゃん。抱きつかれてたし、役得?」

ちょっといやらしい顔をしている。

あれくらいは誰でもできると思うよ。
「そんなことないでしょ。なんでそんなに詳しいの?」
将来、なんでも修理できる修理技術者になりたいんだ。
「へぇー。すごいね。クラスメイトも颯爽と助けてたし。カッコイイぞ。」
だろ?修理技術者ってカッコイイんだよ
「そういうことじゃないんだけどなー…」

これ以降、クラスのみんなから物が壊れるたびに、ちょくちょく助けを求められるようになった。

8月の夏休み中のある日
図書館で用事があって学校に来る。
移動中に教室からこまるが出てくるのを見かける。

何してんの?
「実は補習なんだよね。一教科落としちゃって。」
できそうだけど案外勉強が苦手な子だった?
「普段はそんなことないんだけど、前の学校と授業の進み具合が違って難しかっただけ。それに日本には48都道府県あるって書いちゃって、先生に怒られためう。」
意外とおバカなとこがあるのな
「酷いこと言うなー!もう、終わったから一緒に帰ろ。」

図書館での用事を済ませ、こまると一緒に帰宅する。

「そういえば、クラスメイト何人かと海に行く予定あるんだけど一緒に行かない?」
遠慮しておく。さすがにあの陽キャ軍団に混ざる勇気は無い。
「ふーん、そっか。なら無理にとは言わないけど。」

気まずく思っている空気を察したのか、こまるが話題を変えてくれた。

「そういえばあの漫画の最新話読んだ?」
読んだよ、胸熱展開だったね
「そうそう!見ててかっこよすぎて濡れた!」
濡れたかどうかは知らないけど、たしかにかっこよかった。この後の展開が楽しみだよ。

こうしてこの日も平穏無事に帰宅となった。

9月の文化祭
クラスの出し物でネイルサロンをすることになった。
どうやら人気があるらしく、ジェルネイルというのをやるという。
女子のオシャレはよくわからない。

発案者は、やはりクラスの中心人物であるこまるだ。

裏方を担当するので、道具を用意しなければならない。LEDで作る硬化用ライトを用意する。
幸い材料が自宅に余っていたので、5台分自作をしてみた。

一般公開もあり、人気があるためか生徒以外のお客が何人も来てネイルをやっていた。
すると突然、

「熱い!」と女性の叫び声があがる。
どうやらネイルに硬化用ライトを照射しているところで、指先に我慢できない熱さを感じたようだ。女性は火傷こそしてないけれど、激怒している。

「どうなってるのよ!」
「ごめんなさい。」
「すごく熱かったけど、何なの?怖くて続きやれないし、こんな中途半端でどうすればいいのよ!」
「ごめんなさい。原因がわからないです。」
「責任とってくれるんでしょうね!」

揉めている女性とクラスメイト
その間に硬化用ライトに近寄り原因を探る。
よく確認して、庫内に手を突っ込んでみる。
たしかに、熱が残っている。持ち上げて確認してみるが、作り自体に変形などの異常は見られない。
連続使用による庫内温度の上昇が原因だと思う。

悪いけど、これから使うときは少し台数減らして、ローテーションさせて使ってくれるかな。たぶん、連続して使うと、中の温度が上がって熱く感じるみたい。

クラスメイトにそう説明して、いまだに怒っている女性に近づく。

申し訳ありませんお客様。原因を特定しましたからもう同じことは起きません。よろしければこのまま続きをさせてもらえませんか。
「ご迷惑おかけしたので、是非こまるにさせてください。」

こまるも近くでノッてくる。
こまるが女性の手を取り誘導する。
その姿はまるで王子様みたいだと思った。

ネイルが終わり、怒っていたのが嘘のように、女性は満足して帰っていった。
何となく嬉しくて、漫画のシーンを思い出し、隣にいたこまるとコブシをコツンとぶつけたのだった。

クリスマスイブの日
別のクラスが学校でクリスマス会をすると聞きつけて、こちらもやろうということになった。
クラスにお菓子やジュースを持ち込み、盛大に騒ぐ。
しかし、そんな陽キャの祭典に馴染めるわけもなく、空気感にいたたまれなくなり、部屋の隅でジュースをチビチビと飲んでいた。

「そんな隅っこでなにしてるのー?」

そう言ってこまるが寄ってくる

いや、騒がしいのは苦手で
「一緒に盛り上がろうよ。」
ちょっと、そんな強引な。

手を引かれ中心に連れ出される。
なんだか、ちょっとだけオレ様系王子様みたいだと思ってしまった。

「お、文化祭の主役が来たな。」
「あの時はかっこよかったよ。」
「なんか職人さんみたいだった。」

こちらの姿を見つけると、クラスメイト達が声をかけてくれる。
そんなみんなの様子に、陽キャと言っても、ここにいるメンツにはそんなにビビる必要は無かったのかもしれないと、思ったのだった。
なんだかんだで、こまるの行動には助けられたり、新しい発見をさせてもらっている。言葉にするのは恥ずかしいので、心の中でだけ感謝しておいた。

バレンタイン
今日は2月14日のバレンタイン。
クラスの男子も女子も、どこかソワソワとした空気を漂わせている。
もちろん、自分もそんな空気にあてられて、若干ソワソワしていた。まぁ、母親以外から貰ったことないんだけど。
教室のドアが開くと、

「みんな、おはこまる~。全員分チョコ用意してきたから受け取ってよね。貰ってくれなかったら、そのお口にねじ込んじゃうゾ。」

そう言ってこまるが参上した。
みんなにチョコが配られていく。もちろん市販の一口サイズの小さいものだが。
自分も1個もらい。ありがとうと返す。

「ふふん、感謝してくれるなら。ホワイトデーに期待しちゃおうかな。」
市販品とはいえ、人生で初めて家族以外の異性からチョコをもらったから。1万円くらいの赤いパッケージのチョコでも送ればいいかな?
「おちんぎん入っちゃうのぉ〜って、そんな気を遣わなくていいよ。いつも助けてもらってるし、同じくらいのチョコ送ってくれれば十分だよ。」
そういう気遣いがこまるのすごいところだよね。普通ならいらないって言うのに、それだと気が引けるのわかってるから、そうやって言ってるのがすぐわかったわ。
「ちょっと、やめてよ。なに、ほめ殺しかな?」

しどろもどろになるこまるの姿を見て、この子は誘い受けだなと思った。

ホワイトデー
この日も特に事件はなく、平和に過ぎようとしていた。
こまるへのお返しも渡し終え、今日のミッションは完了したため帰還しようとしていた時である。
とある、空き教室で人の話し声が聞こえた。普段なら、素知らぬフリをして通り過ぎるのだが、知り合いの声が聞こえたため、つい立ち止まって聞いてしまった。

「こまるさん、好きです!付き合ってください!」
「ごめんなさい。」

聞いてはいけないタイミングだったようだ。しかし、フラれた相手を笑うことはできない。彼は相当な勇気を振り絞ってこまるに気持ちを伝えたのだろうから。
ただ、どこか心の奥がモヤモヤとして、何故かイライラとした感情が底の方で燻っていた。
教室から飛び出していく人影を見送りながら、空き教室の中に取り残されているこまるの方を振り返る。
向こうも、こちらに気づいたようだ。

今から帰るけど、一緒に帰る?

帰路の途中、とりとめもない日常会話をしていたが、ふと会話が途切れる。

「あえて何も聞かないんだ?」
聞いてどうするの?付き合うほどの恋愛感情が無かったから断ったって話でしょ。
「そうなんだけどねー、それだけじゃないんだ。実は男の人って苦手なの。複数人でいる限りはいいんだけど、1対1になるとどうしても緊張しちゃって。」
何となく気づいてたけど………

これ以上聞いていいのか悩む。なぜ自分とは1対1でいられるのか。

「なんでキミは平気なのかって?なんて言うか、キミは他の男子と何か違うんだよね。」
男として見られてないからじゃないか?
「そうかも。」クスクスと笑われる。

少しカチンときた。
普段なら軽く流せただろう。ただ、あの告白を見てから、底に溜まった泥のようにモヤモヤ、イライラとした感情が燻っていて、いつもはしない行動を取ってしまった。
いわゆる壁ドンをこまるんに仕掛ける。
慣れない行動に心臓はバクバクと鳴る。
こまるは最初ビックリしていたが、すぐにニコリとすると、こちらの顎に手をかける。

「おいたはダメだよ子猫ちゃん?」

と返してくる。
ここで、負けてられない。と何故か対抗心を燃やしてしまい、こまるの髪を手で掬いながら

そうやって強がらなくてもいいんだぞ?

と、耳元で返す。
お互いに顔真っ赤な状態だ。

「ふぇぇ。そ、そろそろ止めてくれるかな?」

いつにない乙女な反応にこちらもドキドキとしてしまう。

ごめん、ちょっとやりすぎた。
「ううん、こっちもからかいすぎてごめんね。」

お互いに照れてしまい、この後は会話もしどろもどろで、ひとまず冷静になろうと解散することになった。

「か、かっこよかったかも…」
後ろからそんなつぶやきが聞こえた気がした。

3年生4月
新学期を迎え、無事に進級できた。もちろんこまるも問題なく進級しており、

「今年も同じクラスになれたね。」
そうみたいだな、よろしく。

同じクラスで話しをしている。

「そう言えば新作ゲーム出てたと思うけど買った?」
もちろん、確保済みだよ。
「またゲームさせてもらいに行っていいかな?」

そんなホイホイ男の家に来ていいのかとも思ったが、お互いの関係から考えたら今更か。

いつでも構わないよ。

そう返事を返し、放課後に自宅で遊ぶことが決まった。
放課後、こまるを連れて帰宅する。

「この部屋に来るのも1年ぶりだね。さーて、あれからエロ本は増えたかな?」

そう言って、去年同様ベッドの下を覗き始めた。

だからそこには無いってば。
「なによー、つまんないなー。」

これ以上、部屋をあさられても困るので、早速新作のギャルゲーを用意してこまるにプレイしてもらう。

「そういえば、こういうゲームに出てくるヒロインは全員処女だと思うんだ。というかそれ以外認めない。」

突然そんなことを言い出す。

うーん、全部がそうとは思わないけど
例えば大人の女性だったら、元恋人がいたりして大半の女性は経験済みだったりしないかな?
「それはありえない。絶対ない。むしろそんな女の子だったら攻略できないわー。むしろ、素敵な女の子と別れてる時点で相手の男がありえないわー。」
なるほど、こまるはそういう行為をするならもう別れることは無いと
「そそ、おせっせするなら責任取らなきゃ。」
まぁ、理想的な恋人関係だとは思うな。昔は婚前交渉が不貞行為とされて、厳しく罰せられてた時代もあったらしいし。
「言い方が堅苦しいなぁ。」
むしろ明け透けすぎて恥ずかしくなるんだけど。
「あら?こんな程度で恥ずかしがってたら、この先どうするの?」

艶っぽい表情と声色を出して、そんなことを言いながらこちらに寄ってくる。
こまるのいい香りがふわりと漂ってきて、嫌でもその存在感を意識させられる。
おかしい、ホワイトデーの後から妙に変な意識をするようになってる。

そんなこと言って、こまるも直接的に言われたら照れるんだろ?

反射的に反応し、そう言ってこちらも距離を詰める。
とたんに顔を真っ赤にして席に逃げてしまった。

「そんなことないよ。女子校の頃はもっとえぐい話いっぱいしてたし。」

目線を合わせずそんなことを言う。

「と、ところであおぎり高校に伝説があるの知ってる?」

あからさまな話題転換に思わず苦笑してしまう。

知ってるよ。3つあるんだろ?
「え?私は2つしか知らない。伝説の木と伝説の鐘の話なんだけど。」
そうなんだ。実は3つ目の伝説もあるんだけど、とりあえずその2つの伝説がどうしたの?
「伝説の木は現役なんだけど、鐘の方は鳴る事が無いから、それこそ叶わない伝説なんだって話を聞いたんだ。」
へぇ、それは知らなかったな。でも、確かに鳴ってるの聞いたことないよな。
「あれって、6年くらい前に落雷があって、それ以来鳴らなくなったらしくてさ。時計自体は動いてるから、修理も後回しにされて今もそのままになってるんだって。」
それはまた、興味を惹かれる話だな。
「でしょ?修理技術者になりたいって言ってたし、興味あるかなーって思って。」
そうだな、正直かなり興味が出たよ。
「えへへー。でも、きっと私たちが卒業するまでには直らないんだろうな。先生達も、業者が部品がなくて出来ないって言ってたから、修理は出来ないだろうって言ってたし。これで、鳴ったら本当に伝説だよね。」 
こまるは鐘が鳴って欲しいと思ってるんだ。
「あたりまえじゃん!伝説のおかげで背中を推して貰えた人はたくさん居たはずだし、すごくロマンチックだよね。それにもし自分が告白するにしても、鐘が鳴ってくれたら嬉しいじゃない。その人と永遠に結ばれるんだから。」
それがさっきの処女厨発言に繋がるのか。
「そういうこと!あとやっぱり手を出すなら処女の子に限る!」
そういうこと言うと世の中の女性に恨まれるぞ…

そんなこまるの欲望を聞きながら、時間が過ぎていった。
そして、こまるに対する謎の感情を改めて自覚した日になった。

伝説の鐘…ね。

5月の大型連休中
工具や材料を購入するために駅周辺のお店に出かけたところ、どこからか騒がしい声が聞こえた。見てみるとこまるがまた男に絡まれてる。

去年と同じ状況か

そう思って深く考えず声をかける。

すみません、その子ツレなんですけど何か問題でもありました?
「あぁ?!うっせぇなぁ、今この女と遊びに行くところなんだから邪魔すんじゃねえよ!」

酷くガラの悪い男だ。

いきなり凄まれて、陰キャとしてはビビる。
しかし、泣きそうな顔で怯えているこまるを視界の端に捉えると、ここで引く訳には行かないと覚悟を決める。

そうなんですか。おかしいですね。この子と出かける約束してたんですけど。
「チッ、うぜぇな。そんな約束はキャンセルに決まってんだろ。さっさと消えろや!」

まぁ、こんなことで引き下がるような相手ではないか。

ちなみに、先程から様子を見させてもらってましたが、かなり強引でしたよね。警察呼んでますけど、まだやります?

110通話中と表示されたスマホ画面を相手に見せる。

「クソが!どけ!」

そう言って男はこちらを押しのけると走り去って行った。
情けなくも尻もちをついてしまった。
すぐに立ち上がりこまるの方を見ると、うずくまって震えていた。
よっぽど怖かったんだろう。
近くに行き背中をさする。

大丈夫?

そっと、刺激しないよう優しく語りかけるつもりで声をかける。背中をさする関係から耳元で喋ることになったが。

ビクッと反応した後、「お耳しゅごぃの〜」と小声でつぶやいていた。
その顔は紅い。

「あ、ありがとう。去年も助けてもらっちゃったし、成長してないなぁ、わたし。」
そこは成長するも何も、普通に怖いでしょ。こまるを助ける為じゃなければ、怖くて向かっていけなかったよ。
「え?それってどういう…」
それに、こまるも女の子なんだから、腕力ではかなわないでしょ。それならせめて盾くらいにはならないとね。

「・・・ボソボソ」

小声過ぎて聞き逃した。

なんだって?
「なんでもない。ところで警察に連絡してたみたいだけど、いいの?」
実はこれ通話画面をいたずらでクソコラした画像で、ロック画面にしてたんだよね。
「えぇぇ、電話かけてなかったの?」
そそ、むしろロック画面見せてただけだから、バレたらどうしようかと思ってた。
「意外と大胆なことしてたんだ。」
まぁ、一発殴られるくらいは覚悟してたけど。

そう言いながら、立ち上がり、こまるの手を取る。

立てるか?
「多分大丈夫だと思う。」

手を引いて立たせる。

「あ、やっぱちょっと待って!」

引っ張っている途中でそう言われ、しかし慣性の法則には逆らえず、バランスを崩したこまるが倒れこんできた。慌てて抱きとめる。

「・・・あ、ごめん」
気にしなくていい。ごめん、まだ腰が抜けてたんだな。
「うぅ、情けないよぉ。」
しょうがないだろ。

そう言いつつ、抱きとめた状態でこまるも腕を回してくる。支えがないと耐えられないのだろうか。

本当に大丈夫?
「…ううん、まだ無理かも。」

そう言いつつ、抱きつく力が強くなった気がする。
しかし、目線は一向に合わせてこない。
ため息を1つつき、そのままこまるを抱きとめてしばらく立ち尽くす。

そろそろ、いいかな?周りの視線が痛くなってきたんだけど。

そう伝えると、周りの状況に気づいたようであわてて離れた。
だが、どこか捨てられた子犬のように不安そうな顔がこちらを見ており、まだしばらくは一緒にいた方がよさそうだと思えた。

駅にいたってことは、買い物が目的だったんだろ?付き合うから行こうよ。

この後、こまるに付き合って買い物をした。
一通り買い物を済ませ、休憩しようということで喫茶店に寄る。この頃にはこまるも落ち着きを取り戻していた。

「そう言えばキミは将来、修理技術者になりたいって夢があったんだよね。」
あぁ、そうだよ。国宝とかも修理できるようなすごい修理技術者になりたいんだ。
「そうなんだ。実はわたしもなりたいものがあってね。」

そういうこまるに、何になりたいのか尋ねると

「クリエイターになりたい。」

と、そう告げられた。

「1人で声もアニメーションも音楽も編集も全部出来るようになりたいんだ。実は高校に上がる前に声優オーディションに応募したんだけど、落ちてるんだよね。残念ながらそっち方面の才能は無かったみたいで。他にも色々試してみてるんだけど、なかなか上手くいかなくてさ、向いてないのかな?」

そうつぶやくこまるの瞳にはいつもの元気さが無い。やはり、今日のことがどこか精神的に影を落としているのだろうか。何とか元気づけてあげたいと思い、一つのことを思いつく。

そんなことは無いんじゃないかな。夢は追いかけ続けて、諦めない人なら必ず叶う。証明してみせるから、こまるも頑張ってみなよ。

「どうやって証明する気?」ちょっと挑発的だ。
んー、そうだな。とりあえず卒業式の日には何か成果を見せるよ。

そう告げる。その後、喫茶店を出て解散となった。

夏休み
こまるから電話がかかってきた。
「クラスメイト達と海に行こうよ。」と誘われる。去年も断っているので、今年もパスしようかと思ったけど、そう言えばクラスのトップカースト連中は悪い奴らじゃなかったと思い出し、最後の年だし参加することにした。

翌日、クラスメイトたちと海に行く。
青い空
白い雲
輝く砂浜

まさしく夏といった風情だ。
男女とも水着なのだが、何故かこまるから目が離せない。
視線が合い、慌ててそらす。
しかし、こまるはこちらに近づいて来た。というか、むしろ腕に抱きつかれる。

「水着だから気にしなくていいのに。それとも、やらしいことでも考えちゃった?」

返しに困るが、誤魔化すよりは正直に言ってしまおうか。

まぁ、健全な男子だしな
「素直でよろしい。でも、婚前交渉は重罪らしいからそこは我慢してね。こまるはユニコーンだし。」
なら腕も離してくれないか。意識してしまって色々と辛い。
「ふっふっふっ、こまるのことしか考えられないくらい、もっと意識させてあげよっか?」

周りがヒソヒソと話している。

それは魅力的な申し出だけど、周囲の視線が痛くなってきたから離してくれるかな?

ようやくこまるも周りから注目を集めていることに気づいたようで、慌てて手を放した。
真っ赤になって、慌てて距離をあけている。珍しく周りが見えていなかったようだ。
こまるも不思議そうな顔をしている。

お昼にはBBQをして、海に入りみんなで遊ぶ。そうして楽しい時間が過ぎていたが、そんなときに事故が起きた。
女子が1人足をつって溺れかけたのだ。
慌てて近づき、抱えあげる。幸い足の届く深さだったので、すぐに浜辺へ引き返す。
他のメンバーが女子に色々声をかけるが、特に問題は無さそうだ。しかしその女子はこちらをジーっと見ている。
少し様子を見て、移動に支障なさそうだったため、今日はそのまま帰ることになった。

こまるはその女子の心配をして付き添っていたが、なんだか複雑そうな表情をしていた。

9月の文化祭準備期間
うちのクラスは文化祭で演劇をすることになった。
なんと、本人の強い希望で、こまるが舞台監督、ヒロイン、演出などを全部やるそうだ。夢に向かって頑張っているみたいで、こちらも負けてられないという気持ちにさせられる。

自分の担当は舞台背景の制作。合間に小道具の作成や修理もしている。
今も、女生徒が一人「この壊れた道具直してくれる?」と言ってこちらに来た。先日海で足をつった女生徒で最近頻繁に話しかけられる。
まぁそれはいいのだ。クラスメイトと仲良くなるのはいいことのはずだ。
しかし、その度にこまるの様子がおかしい。普段通りなはずなのに、どこか表情が硬い。
みんなの前ではいつもと変わらない様子なのに、ふと一人の瞬間にぼんやりしていることが増えた。

最近は放課後にこまるの演技練習に付き合う事が増えた。
こまるのセリフや動きに合わせて、こちらは台本を読むだけだが。

しかし、今日はいまいち集中できていないようだ。
セリフのミスも目立つ。

「あー、ダメだー。」
そう言って座り込んでいる。

ここのところ集中できてないみたいだけど、どうかしたの?
「うん、気がかりなことがあってね。」
悩みなら話しくらい聞くよ?
「それができたら苦労はないよー。」
言いにくいことなの?
「それより、最近あの子と仲いいけど、どうなの?いや、キミが誰かと仲良くなるのはいいことなんだけど。」
どうっていうのは?良く話しかけてくるから、それなりに仲良くはなっていると思うけど。
「そうなんだー。」

こまるの瞳に一瞬陰りがあったように見えた。

その子と仲良くなると何か不都合でもあるみたいだけど。
「あー、いやー、そんなことは無いんだけどー。」
その割には、あの子と話した後、こまるは一人でぼーっとしてることがあるじゃないか。
「うそ、バレてたの?」
バレるに決まってるでしょ。
「・・・はぁぁぁ。」

盛大にため息をついている。

「正直自分でも、この感情がなんで出てくるのかわからないし、本来みんなが仲良くなることは大歓迎で、こんな気持ちになったことなんかないんだ。みんな好きな友達と仲良くなって、交流して、楽しく過ごしてくれる姿を見るのが、わたしは好きなんだ。」
でも、そうじゃなくなったってこと?
「ううん、そうじゃないの。今でもみんな仲良くなって欲しいんだけど、キミがあの子と仲良くしてるの見てると、心がギューッてなっちゃうんだ。こんなの間違ってるはずなのに。」
本当に間違ってる感情なのかな?
「え?」
独占欲と嫉妬でしょ。
「そう・・・なのかな?」
誰だって少なからず持ってるはずだよ。仲のいい相手が他の人と仲良くなって、自分から離れてしまう気がする。でも、そんなことで引き止めたり、嫉妬するのは間違ってるって考えてるんだよね。
「んー、合ってるような、間違ってるような。」
合ってる気がするなら、少なくとも部分的に納得してるってことでしょ。こまるの気持ちの全てがわかるわけではないから憶測がほとんどだけど、その感情に身に覚えがあるから、わかる気はするよ。
「同じような気持ちになったことあるの?」
もちろん、正直に言えば、こまるがホワイトデーに告白されてるのを見て、もやっとした気持ちになった。これも今にして思えば嫉妬なんだと思う。その根源には少なからず独占欲があったんだよ。仲良くなったこまるを誰かに盗られる気がしてたんだ。
「そっか、キミも嫉妬してくれてたんだ。」
そう、だからその感情は誰でも持ってて、無くすことのできないものだから、どこかで認めて、受け入れて、折り合いをつけなきゃいけないんだと思う。否定する必要はないよ、そういった一面もこまるなんだから。少なくとも、こまるのそう言った部分も含めてこっちは認めてるし、受け入れてるつもり。
「受け入れていいのかな。クソでか感情すぎて、暴走しそうなんだけど。」
むしろ、逃げ場をなくして、抑えつける方が後々問題になると思うけど。
他のみんながそうしてるように、こまるもある程度感情に任せて行動していいと思うよ。いつもみんなを楽しませること優先して、自分の感情を抑えてる時があるの知ってるんだからね。
「そんなことないよ。ちゃんと楽しんでるもん。」
それも間違ってない。確かに楽しんでるけど、どこか遠慮してる部分があるでしょ。それで気づかないうちに自分の負担になって、今回こんなことになってるんでしょ?
「そうなのかな。」
なら自分の感情に任せて、遠慮なく行動する時があってもいいと思うよ。寂しいとか、嫌だとかまったく言わないから、少しは聞かせてよ。せいぜいギャルゲーのヒロインは処女以外認めないって言ってるの聞いたくらいだよ?
「そうだっけ。」

クスリと笑いながらそう応える。

「でも、そっかー、受け入れていいんだ。」
そのとおり。
「ならさっそく色々言っちゃおうかな。」
どうぞと言いたいけど、お手やわらかに頼むよ。
「そんな無理難題は言わないよー。ひとまず、二人きりで練習、もう少し付き合ってよ。」
それくらいなら、お安い御用だね。

その後、最終下校時間までめちゃくちゃ練習した。

あの日以降、こまるとの距離が近くなった気がする。心理的にも物理的にも。
何かにつけて近くにいて、よく話をする。そう過ごしているうちに、例の女生徒は近づかなくなっていた。
放課後の二人練習も続け、いざ文化祭の日を迎える。

文化祭当日
登校してくると、クラスが騒がしかった。何があったのか尋ねると、どうやら主演の男子生徒が体調を崩し病欠になってしまったようだ。キャストの配置はギリギリで、代役はまわせない。裏方も、そんなことができるはずもなく、みんなで途方に暮れていた。

すると、こまるがこちらにやってきて、「キミやってよ。」と言われる。
いや、裏方だし、まともに演技ができるとは思えないんだけど。
「それはわかってるけど、他にセリフが暗記できてる人がいないんだ。」

他に選択肢があるわけでもない。確かにセリフは二人練習で付き合って全部入ってる。

わかった、でも動きとかはわからないからフォローしてくれよ。

そう告げて、急遽主役をすることになってしまった。

劇本番
ステージ上で緊張しながらも、こまるや他のキャストに助けられ、滞りなく舞台は進行していく。
しかし、順調な時ほど事故が起きるもので、最後にバランスを崩して転びそうになってしまった。
咄嗟にこまるに抱きとめられて支えられる。顔が近づき、角度的にはキスしているようにも見えてしまう。会場からは、黄色い歓声があがる。
ラストシーン後だったため違和感はなく、そういう演出だと思われたようでそのまま幕が下ろされた。

突然の事故だったとはいえ、至近距離すぎてお互いに顔が真っ赤だった。まつげがすごくカールしてて可愛かった。そんな感想を抱きつつ現実逃避をする。そこにクラスメイトが寄ってくる。
「いやー無事に終わって良かったな。でも、キスシーン入れるなら事前に言っておいてくれよ。めっちゃお似合いだったぞ。」そんな野次でクラスメイトにからかわれた。

後夜祭の時間になった。今日の演劇の成果を労いながら、クラスで打ち上げをしている。ふとこまるを探していると例の女生徒と何か話していた。最後にはお互いに満足そうな顔をして別れていたのだが、なんだったのだろうか。

クリスマス
世の中はクリスマスで浮かれているが、我々受験生は受験シーズンで遊ぶ余裕はもちろんない。
イベントの時期だというのに、悲しくも図書館でこまると勉強会をしている。
「今日はクリスマスなのに、キミとこうして図書館で勉強ってのは、色気がないよねー。」

そう言って、こまるはペンを放り出し体を揺らしている。

今年は受験があるから仕方ないだろ。ほら、大事な夢を叶えるためなんだからもう少し頑張れ。
「そう言ったって、さすがに集中力切れたし、こんなに頑張ってるんだから何かご褒美が欲しいなぁ。」

そう言ってこちらをチラチラと見てくる。

はぁ、本当はもう少し後で渡すつもりだったんだけど、仕方ないな。

そう応え、カバンの中から小さな箱を取り出す。

ほら、いつも頑張ってるから、クリスマスプレゼントあげるよ。

箱をこまるの方に差し出す。
受け取ったこまるは早速中身を確認しだした。

「うわぁ、香水だ。しかも、あの有名ブランドのじゃん。」
香りが気分転換にいいって聞いたからね。これで気分変えて、受験勉強頑張ってよ。

そう伝えたのだが、なぜかこまるはにやけ顔だ。

「知ってる?香水をプレゼントするのってあなたを独占したいって意味があるんだよ。」
ごめん、それは知らなかった。気に入らなかったら返品でもいいんだよ?
「これでいい。ううん、これがいい。」
そうなのか。
「これから受験が忙しくなるし、卒業して離れ離れになってもこの香りでキミを思い出せるからね。」
卒業・・・ね。そういえばあおぎり高校の鐘の伝説を覚えてる?
「鳴らない鐘のだよね。それがどうかした?」
いや、もし仮に鳴るとしたらどうするのかと思ってね。
「うーん・・・。そうだね、きっと告白するんじゃないかな。」
そっか。
「なんでそんなことを聞くの?」
いや、特に意味はないかな。せっかくのクリスマスだし、お互い独り身だから多少それっぽい話をしておこうと思ってね。
「ふーん、それよりこっちもクリスマスプレゼントあるんだけど。いる?」
ぜひ、哀れなわたくしめにお恵みくださいこまる様。
「うむ、苦しゅうない。面を上げよ。」

そんな、冗談を交わしながらクリスマスの日は過ぎていった。
余談だが、少々騒がしかったのか、図書館の司書さんに生暖かい視線で見られながら注意されてしまった。

バレンタインデー
正月は合格祈願に二人で初詣に行ったのだが、特にこれといったことは起こらなかった。
しかし、バレンタインデーには、ちょっとした出来事があった。
今年も、こまるはクラスのみんなに義理チョコ配っていた。
しかし、なぜかこちらにはもらえない。
たまたまタイミングが悪かったのかと思い、もやもやしながら気づけば放課後になっていた。しかし、まだもらえない。
今年はさすがに無しなのだろうか。他のみんなにはあったのに?何か機嫌を損ねるようなことをしただろうか。
そんなことをもんもんと考えながら帰宅しているといつの間にか家に到着していた。玄関を開けて入ろうとすると、後ろから駆け寄ってくる人がいることに気づく。
そちらを振り向くとこまるが走ってくるところだった。

「ちょっと、帰るの早いよー。一緒に帰ろうと思ったのに、先に行っちゃうからめちゃくちゃ探したじゃん。」
いや、考え事してたらいつの間にか帰ってて。
「そうなの?せめて一声かけてくれればよかったのに。まぁいいや、はいこれチョコレート。」
え?今日は全然そんな素振り無かったからもらえないものだと思ってた。
「他のみんなとは違うラッピングだから、渡せなかったんだよね。ほら一番の仲良しだからさ、とりあえず部屋に入ってから食べてよね。」

そう言ってチョコだけ渡すと、さっさと去ってしまった。
部屋に入り開封する。中に入っていたのは、色んなことにこだわるこまるらしく、手の込んだ手作りチョコだった。味や成型がしっかりしてて、見た目も味も良く、なんだか胃袋を掴まれた気がした。

ホワイトデー
放課後にこまるを下駄箱の前で捕まえる。

「どうしたの?ホワイトデーのお返しでもくれるのかな?」

いつも通り笑顔がまぶしい。

その通り、ホワイトデーのお返しを渡そうと思って。

カバンからラッピングした箱を取り出し渡す。

「ラッピングも可愛い。開けてもいい?」
どうぞ。

開けると中からキャラメルが出てくる。

「これってまさか手作りで成型したの?」
実はそうなんだ。あれだけ手の込んだチョコを貰ったから、同じくらい返したくてね。
美術部の知り合いに頼んでこまるのデフォルメしたキャラを描いてもらって、それを元に金型を作ってキャラメルを流し込んで固めてみたんだ。
今回はちゃんと意味も調べてきた。
「あなたといると安心する。って、うわーもったいなくて食べられないかも。」
せっかくだから全部食べてほしいな。

ほほえましく思いつつ、そう返す。
喜んでいるこまるを見てとても満足したのだった。

3月某日
自由登校で本来は学校に来なくていいが、所用があり工具を持って学校に来ていた。
移動しているところで、こまるに遭遇した。

お疲れ様、自由登校なのになんで学校にいるの。
「そっちこそ、どうしたのそんな恰好で。」
少し修理するものがあってね。
「そうなんだ。もう終わったの?」
まだ残ってるから、もう少しやっていくつもりだけど。
「それって見学してもいいかな?」
うーん、依頼主の要望で人を連れて行ったらいけないんだ。
「えぇー、一緒に行きたかったなぁ。」

とても不満そうに頬を膨らませている。とても可愛らしいが、このまま不機嫌にさせておくのも可哀そうだと思い、ごめん、埋め合わせは後日させてもらうよ。と伝える。

「ぶー。そういうことなら、卒業式の後の時間を予約させてもらうからね。」
それくらい構わないけど。
「なら、全部終わったら中庭に集合ね。」
わかった。

そう言って、その日は解散となった。

3月卒業式
式典が終わりクラスメイトと別れを惜しんだ後、少しだけ寄り道をしてから、こまるとの約束を果たすため中庭に足を運ぶ。
「おーい、こっちだよー。」そう呼ぶ声が聞こえ見渡すと、大きな木の下にいるこまるを見つける。
木の傍まで近づく。

こんな所に呼び出して、何するんだ?
「そんなのこんな所に呼び出した時点でわかってるんでしょ?」
・・・。
「ねぇ、キミは言ったよね。自分の感情に任せて、遠慮なく行動する時があってもいいって。」
そうだね、確かに言ったよ。
「わたしね、女子高の時もそうだったけど、誰かの理想や思い通りに動かなきゃってずっと思ってた。それは、きっとわたしの夢がクリエイターだから。多くの人の期待に沿って、受け入れてもらえる作品を作りたいって思いが根底にあるから、相手の望む栗駒こまるをずっと演じてきた。」
「確かに、夢を叶えるために女子高のままではダメだって思って転校したけど、根本は変わってなかったんだ。」
「誰にでも明るく元気なこまるちゃん。そんな仮面を被ってたと思う。もちろんみんなのことが大好きだから、そうしたいって気持ちも嘘じゃないんだけどね。」
「最初は些細な事だったんだと思う。きっかけは怖い男の人から助けてくれた時、そしてその後、わたしの夢を聞いてくれた時だと思う。そこから徐々に、わたしも知らないところでこの感情が育ってた。」
「気づけばクソでか感情にまで育ってて、自分ではどうしようもなくて、途方に暮れてた時にもキミは助けてくれた。」
「文化祭の劇では、本来の終わりとは違う形で終わっちゃったけど、キミと主役をやれて、内心すごく嬉しかった。独占欲も満たされたかな。」
「ほんとに!ほんとうに!たくさんわたしの事を見ててくれて、支えてくれて、助けてくれて。」
「自分の気持ちを自覚した時には、もう後戻りできないくらいになってた。キミになら全部差し出せる、ユニコーンのこまるちゃんはそう思っちゃったんだよ。」
「でも、やっぱり肝心なところでは臆病で、勇気が出なかったからあおぎり高校のもう一つの伝説、“伝説の木”の力を借りて、キミに気持ちを伝えようと思ったんだ。」

そう言うとこまるは数度深呼吸をして、こちらに歩み寄ってくる。そしてこちらの手を取ってこう語りかけた。

「あなたが好きです。誰よりも何よりも、あなたのことが好きです。これから先の人生にキミが隣にいてくれないと、もうわたしはダメなんです。だから、ずーっと一緒にいてくれませんか。」

怯えを含んだ震える声で、こまるはそう告げた。
震える彼女の背中に手を回し、なだめるようにさする。

実は今日話があるのはこまるだけじゃないんだ。一つニュースがあってね。
今日まで色々と仕込みをさせてもらったんだよ。本当に長かった。

すべては今日のため。
こまるの告白を聞いて、まったく同じ気持ちだから。もちろん答えはイエスなんだが、せっかくだから言葉ではない方法で伝えたかった。
時計を確認する。
あと1分ほどの猶予がありそうだ。

こまるが頑張ってることは、ずっと見てきたから知ってる。実は臆病で、弱虫で、寂しがりで、下ネタ好きでよく言うくせに初心だってことも知ってる。そんなこまるが告白してくれたんだから、答えなんて初めから決まってる。だから、時計塔の方を見てくれる?

「え?」そう言って顔を上げ、こまるは時計塔の方を見上げた。
そのタイミングで
カラーンカラーンと時計塔の鐘が鳴った。

「ウソ!鳴らないはずの鐘が・・・」
改めて言葉でも返事をさせてもらうよ。こまるが大好きです。これからも一緒にいさせてください。

返事を聞いてこまるは泣きだしてしまった。
泣いているこまるをなだめながら、こまると伝説の鐘の話しをしてから、実はこっそりと修理をしていたこと。5月の大型連休に遭遇したのはその材料を買いに行っていたからだったこと、修理を決意したころにはこまるの事が好きだと自覚していたこと。本当は最初に出会った時から好きになっていたこと。そして、こまるの“鐘がたくさんの人の背中を推してあげていた”という思いを形にして復活させたかったこと、こまるの夢が叶えられるって証明するために、諦めなければ高校生だって鐘を修理できたってことを伝える。

一通り説明を終えると、こまるに抱きつかれる。気持ちを表すように力いっぱい抱きつく彼女に愛おしさを感じ、壊れ物を扱うように優しく抱き返す。

「もう、キミは本当にすごいなぁ!わたしの願いや気持ちを全部叶えてくれる気なの?」
できる限りはね。でも、あおぎり高校でも史上初なんじゃない?伝説の木と鐘の両方から祝福された人。
「そうなの?」
だって、伝説の木の話って、元々あったことはあったけど、鐘が鳴らなくなってから復活したらしいよ。それまではあまり知られてなくて、鐘が壊れるより前には伝説の木の力を借りた人はほとんどいなかったらしい。まぁ、話を聞いただけだから真実はわからないけど。
どちらにせよ、新たに伝説の鐘から祝福され、さらに伝説の木からも祝福されたんだ。これから先、何があろうとこまると離れることはないでしょ。
「うぅぅ、この感情をどう処理していいかわかんないよぉ~。」
そんなの恋人になったんだから、することは決まってるじゃない?
「そっか!じゃあ早速、どこかのホテルをとって。あ、いろいろ道具も買わなきゃいけないのかな。」
待て待て、それはもう少し先の話です。

そう言いつつ、こまるの顔をこちらに向けさせる。それだけで、何をするのか察したこまるは、照れながら目をつむる。
こうして二人で誓いを交わし、晴れて恋人になったのだった。

fin

「そう言えば、あおぎり高校の伝説が3つあるって話してたよね。伝説の木と鐘以外にあるの?」
裏門から伸びる旧道に坂があるでしょ?実はあそこが“恋人坂”って呼ばれてる伝説スポットなんだって。なんでも、坂の下の石塔と坂の上の社があって、その間の坂で“運命の日に桜の舞い散る中で愛を誓いあった二人は永遠に結ばれる。”そんな伝説があるらしいよ?
ただ、これもかなり古くてもう廃れてるらしいんだけどね。

end(?)

あとがき
はい、お待たせしました。
今回は栗駒こまるちゃんのエピソードを書かせていただきました。
いや、まろん組のみんなに叩かれないかしらとビクビクしております。
個人的な解釈で書いているので、こまるちゃんっぽく無い部分もあるかもしれませんが、前回同様フィクションということで、どうかひとつ穏便にお願いします。
さて、メンバーの中でも特に器用でやり手というのが、ボクの中での栗駒こまるちゃん像です。でも、下ネタとかで攻めてるくせして、誘い受けで可愛くなるところとかホント反則だと思います。
そんな彼女のイメージをそのまま文章に詰め込んだつもりですけど、文章能力低すぎてエピソードが散らかりまくっちゃったんで、今回はかなり抑えてます。
だって放っておくとすぐ「ティーダのち〇ぽ」とか言っちゃうんだもん。
閑話休題
今回のお話の最後で、めちゃめちゃわかりやすいフラグを建てましたね。
元々このシリーズはとあるコ〇ミの名作ギャルゲー「ときめきメ〇リ〇ル」を元に作成してるので、伝説の内容については、ほぼそのままです。たまちゃんで1の伝説の木、大代ちゃんとえる姉で2の伝説の鐘、そして今後は3の伝説の坂と続くわけなんですが、人数的にも折り返しなので、こまるちゃんには、伝説の木と鐘で幸せになってもらおうかと思いまして、あとこの後のフラグ建築に協力もしてもらったのでサービスしておきました。
・・・嘘です、ボクが個人的に書いてみたかっただけです。でも、伝説二つも叶えるのは、欲張り(マジで誉め言葉)なこまるちゃんしかないと思ったんだもん。
さて、こまるちゃんのお話は楽しんでもらえたでしょうか。皆さんの心に残る面白い作品が書けたのなら作者として幸いです。このSSをきっかけに皆さんが、ますますあおぎり高校を好きになってくれたらもっと嬉しいです。
それではまた次の作品で。おつたま、おつしろ、おつりえる~からのおつこまる~

2022年9月20日

づにあ

表紙はたまちゃん@たまっ子💜☪️様より提供いただきました。ありがとうございます。

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