学校というブラック企業
あんたも教育ってやつについて考えること、あるよな?
俺たちの大好きなせやろがいおじさんが動画で俺に教えてくれた法律がある。
給特法だ。
ざっくり言えば「教師の残業代は最大月給の4%までな~」って法律。
いやいやいや、なんだそのブラック企業お墨付き法律。
今回は、教育現場という労働環境についてああだこうだと考えてみる回だ。
俺たちの子どもたちを育てるって環境がどんな状況になっているのか。
ちっとばかし一緒に考えてみね?
教育の労働環境を考える切っ掛けをくれた動画
今回のことを考えさせてくれた動画がこれだ。
まあ、見てみてほしいわけだけれど、この動画で伝えてくれたことを要約するとこんな感じになる。
(1) 教師の残業代は月給の4%が上限でそれ以上はサービス残業になるって法律がある
(2) 情報化社会の発達によって教育しなければならないことはどんどん増えている
(3) 「サービス残業は美徳」という教師たちの不文律が成立してしまっている
一つづつ紐解いていってみよう。
悪名高き給特法
まずは誰でもおかしいと感じるこの残業代規制の法律からだな。
正式には、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」って言うらしい。
舌噛むっつーの。
全然頭に染み込んでこない名前だ。
なんで、お役所の文章ってこんなにも読む気をうせさせるんだろう?
この逆をやればみんなが読みたい文章ってことだもんな。
わりかし大事なことかも。
で、この給特法。
サービス残業を法律として成立させてしまっているわけだが、この法律のおかげで、教育に関する業務が増えたとしても自治体の負担は増えないっていうなかなかなことが起きている。
なんでこんな法律が成立してしまっているのか。
もともと、昭和23年の公務員の給与制度改革により、公務員に残業代が出るようになったんだが、この時にすでに教師はその業務の特殊性という理由から残業代は出ない状態だった。
それが問題だっていうんで昭和46年に「まあ4%は出しとくか」って決まったのがこの給特法だ。
要するに教育ってものは残業という作業量が結果に結びつかないから残業するやつは「生産性が低いんだからしょうがなくね?」って残業代を出していないってことらしい。
いやいやいや、なんだそれ。
教育の生産性ってなんだって話だ。
生徒の平均点1点上げるのに何時間かけているんだってことか?
ある先生がテストの点数1点上げるのと別の先生が点数1点上げるのにかける時間が違うなら、時間をかけないといけない先生の人生の1時間を削り取る費用に差があるってことだぞ?
なんだその人種差別な法律。
教育しなければならないことがどんどん増える
今の世の中、「知らなければならない情報」ってものすごく増えている。
その原因は言うまでもなくインターネットの出現だ。
俺たちが子供の頃にはIT機器がこんなにも家庭に入り込んでいることなんてありえなくって、パソコンだってネットにはつながっていなかった。
パソコンが1台だけポツンと家にあっても、情報は大して増えなかった。便利なゲーム機兼計算機があるってだけだからな。
ところがネットでパソコンが繋がり始めた瞬間から世の中に存在する情報量が洒落じゃない勢いで増え始めた。
当然、子どもたちが大人になるまでに学び取らなければならない情報というものも指数関数的に爆増していく。
「プログラミング教育」に「考えさせる教育」など。教師自身が学び取る必要のある教育がどんどん増えている。
当然その教育のための直接的な時間と準備のための間接的な時間も教える内容が増えていけば使われる時間も増えていく。
文部科学省は「こんどからこれも教えてね~」って言っておいて、給特法によりコストの増加を教師個人に押し付けている。
………もうね、いくら俺がバファリンなみに優しさで出来ているオッサンだとしても、こう言いたくなってしまう。
「バカか!?」ってね。
教師のサービス残業という美徳
でも、昭和23年、いやもっと前からか。
教師には残業代は出ないっていうのが「常識」となっているというのが現実だ。
俺たちが生まれるずっと前から教師はサービス残業するものって世界観が出来上がっちまっている。
そのため、教師の残業代を出すように改正しようとすると、「俺たちは頑張ってきたのになんだそりゃ!?」ってことを感じる教師が存在することになる。
教師自身が自分の待遇改善をしてはいけないっていう現状維持バイアスにかかっちまっているってわけだ。
この感覚。実のところわからないわけでもない。
「努力」は日本人の美徳って思うのは俺を含めて結構いると思うからな。
でもその感覚は「働き方改革」の名の下、どんどん変わって来ている。
あんたの仕事場でも、空気感が変わってきていると思わないかい?
教育現場でもその空気感を変えていくためには何が必要なのか。
まずは親が学校に「求めすぎない」ってことが大事なのかも知れない。
俺たちの子供たちは俺たちが育てる。それが基本だもんな。
なあ、あんたはどう思う?
俺たちはこの未来への投資をどうやって進めていけばいいんだろうな?
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