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[小説][バラッド]-序章-⑤

歌えないオッサンのバラッド
-序章-⑤


「歪……ですか」

思うに、リサは自分の能力不足が全ての原因で、そこをなんとかしない限りこの事態は改善することは出来ないと頭から爪先まで思い込んでいたんだろう。

でも世の中で起きている事象ってのはたった一人の影響だけで起きることはそうそう起きるもんじゃない。

どんな独裁者でも「そうであることを仕方ない」と思うヒトが行動を起こさないことによって成立するもんだ。

トムが続ける。

「リサさんの思考能力の高さってのはこの短い会話でも要点をストレートに表現しながら、誰かを傷つけないように細心の注意を払って話していたように感じたんだ。
それは誰にでも出来ることじゃない。
特に若者にはね」

リサはまだ話の出口が想像出来ていないみたいだ。
涙ぐんでいた表情は、純粋な疑問のそれへと変化してきている。

これがトムのすげぇところなんだよな。
あっつーまに相手の懐に潜り込んでいきやがる。
しかも、感情とか共感ってものを使わないで、単純な事実関係の整理をすることによってだ。

「つまりだ。リサさんがプロジェクトに呼ばれたのは、リサさんの知らないなにかがあるってのが自然ってわけか?」

タカが割って入る。
こいつはこいつで職業根性丸出しなんだよなぁ。
良く探偵なんて、人の心の裏側を除く商売を続けていられるもんだと時々感心すたりする。

おっと、今はリサの話だよな。

「……知らないなにか……」
リサが少し考え込む。

「でも、さっきの話だと、リサさんは風間さんも橘さんも面識無かったんだろ?」
俺が我ながらマヌケな質問をしたと思ったその時、トムがつぶやいた。

「いや、俺が確認したのは直接指名をした風間さんとの面識だけだ。橘さんとは面識があったのかい?」

「橘さんとは新人時代に一つプロジェクトをご一緒しました。
その時、初めてのお客様訪問で、舞い上がっちゃって、それでも何か話さなきゃって思って、無我夢中でその時の課題みたいなものをまとめて話すみたいなことをした記憶があります」

………やべぇ。ホンモンだ。
こりゃあいくら俺がうだつの上がらない万年平社員サラリーマンでもわかるってもんだ。

ぶっちゃけ最初の顧客訪問なんつーのは顔見せ以上でも以下でもなくて、抜けだらけでもなんでも議事録が形にできれば100点ってやつだ。

それを顧客にその場でまとめて話しただと?
そりゃあ、そんな逸材手放したくないわな。

「……ビンゴだな」
タカが言う。
「ああ、でも鍵というかピースが足りないな」

トムは顎に手をやって少し考え込んでいた。

そんなトムをすがるような眼差しでリサが見ている。

「そんな思い詰めなさんな。必要なのはタイミングと勇気ハートだぜ?」
タカが軽口を叩いてニカッと笑ってみせた。
ホント、こういう所がずるいんだよなぁタカは。
ひとタラしって言うか、やつの周りには悩みを打ち消す何かがいつも漂っている。

何?おめぇもその何かを漂わさせれば良いじゃんかって?
バカ言え、俺が同じ様にニカッと笑ったら「何かお困りですか」とお優しい誰かが声をかけてくれたら御の字だ。
普通は「近づかないようにしとこ」ってそそくさと人混みの中に姿をくらますもんだ。

「はあ、俺もそんな歯の浮くようなセリフを言えるようになってみたいもんだ」
俺はタカにぼやいた。
「何言ってやがる。田中さんは……」

タカがなにか言いかけた時に、トムがつぶやいた。

「やっぱ、話すしかないよなぁ……」

その言葉を聞いた瞬間、リサの体がビクリと震えた。
話す?誰が?
決まっている。
リサと風間と橘がだ。

しかも、仕事という仮面を脱ぎ捨てたプライベートの個人どうしとしてだ。

おそらく、リサは稀に見る天才の類の素地を持っている。
でも、その素地を育てるには、5年程度は自分よりも天才と思われる人にまみれて仕事をして、素地を価値に変えていく作業が必要だ。

そいつをわからない男ってわけじゃないだろう。風間も橘も。

それでも風間は焦っているように思える。
なぜだ?

仕事のような理屈という鎧で覆われた言葉では、その本質にはたどり着けない。

「今21時半か。
リサさん、なんとなくだけれど、風間さんと橘さんはまだ働いているよな?」
トムが少し神妙な面持ちで尋ねる。

「え、ええ。たぶん。
毎日終電ギリギリまでやっているみたいですし」

「よし、その二人をここにつれてこられるか?」

トムのその言葉はリサにとって全くの想定外だったみたいだ。

「こ、ここに?!」
「そう、ここ」

至って真面目な表情を崩さないままトムが言う。

「な、なんで……」
「なんでか、か。そうだなぁ。まあ、俺の勘だな」
「勘って……」
「なんだか知らんけれどさ。ここではたまに起きるんだよ。『奇跡』ってやつがね」

なんともいい加減な言い方をしやがる。トムのやろう。
そのクセしっかりと俺に目配せを送ってきやがる。

ああ、分かったよ。分かった。

「リサさんよ」
俺はリサの横に立った。

「今までの話だと、あんたのその思いというか、感情について誰にも話してないだろ」
「……はい」
「でも、あんたは見ず知らずの俺たちにそのことを話してくれた。
こいつも奇跡の一つなんじゃねぇか?
だったらよ、もうちっとでいい。
その奇跡ってやつにたよって風間さんと橘さんと本音を語るってのも悪かあねぇ」

リサは唇をキュッと噛み締めている。

「ここで、今日は帰っていつも通りの明日を迎えるのだって全然問題ない。ってか俺ならそうする。
でも俺とリサさんは、なんか違うって思っちまったんだよ」

リサが俺を見上げる。
違う?何が?とでも言いたげな表情だ。

「とにかくさ、二人を連れてこいよ。
俺たち待っててやるからさ」

タカとトムが同時にうなづく。
ママはグラスを磨きながら微笑んでいるみたいだ。

「……わかりました」

そう短く告げると、リサは足早にドアから外の世界へと飛び立っていった。

「戻ってくるかね?」
タカがドアを見ながらつぶやく。
「まあ、五分五分だろうな」
トムは手元のグラスを眺めている」
「奇跡を語っちまったんだ。俺たちは待つのが筋ってもんだろ?」
俺はどっかとソファーに腰を下ろした。

つづく


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