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[小説][バラッド]-序章-⑦

歌えないオッサンのバラッド
-序章-⑦


オフィスを出るとリサを先頭に風間、橘と続いて歩き始めた。
行き先をリサしか知らないんだから仕方ない。

「なんて店に行くんだい?小泉。
まさか、大の大人が雁首揃えて夜の公園ってわけでもあるまい?」
橘がわざと気の抜けたような声で問いかけた。
この尋常ならざる空気をちょっとでも変えていきたいと言う思いが見え隠れする。

「えっと、私もさっき初めて入ったお店なんですけど、「葵」ってスナックです」

ピクリと橘の眉根が動く。
その微妙な動きを小泉は見逃さなかった。
「知ってるのか?」
「いや、噂だけですけどね。
なんでもワンナイトトラブルシューターが来る店だとか何とか」
「なんだそりゃ?」
風間の呆れたような顔に対して橘は肩をすくめて答える。

「なんでも、なんかトラブル抱えると、自然とトラブルを抱えたやつとそれを助けるやつが集まるとか何とか」
「なんともオカルトじみているな」
「そりゃごもっとも。
でもまあ、そういうご利益にあやかって小泉の悩みが解消されるなら、それはそれで良いじゃないスか?」
橘はリサがガチガチになっているのをなんとかしようと軽口を続けている。
それがリサには痛いほど分かった。

そんな橘の言葉が風間に届いたかは分からない。
でも風間はほとんど誰に言うとでもなく、つぶやいた。

「まあ、どうにもならないことも世の中にはあるからな」

その瞬間だった。
あれが起きたのは。

地震

それは何の前触れもなく起こった。
突然縦揺れに地面が揺れる。

立っていられないほどではなかったが、とっさにリサは壁際に座り込んでしまう。

「バカ!壁際に近づくな!!」
橘がとっさにリサをかばうように覆いかぶさって、リサを立ち上がらせる。
「逃げろ!逃げるんだ!!」
そう橘が入った瞬間、あたりが真っ暗になった。
停電だ。

突然の暗闇に身動きが取れなくなるリサ。

「橘さん!風間さん!!」

名前を呼び続けることしか出来ない。
ようやく闇に目が慣れてきた時に、リサの目に飛び込んできたのは倒れ込んだ橘と必死に声を掛ける風間だった。

どうも老朽化してこの地震に耐えられなくなった壁を橘は間一髪避けて倒れ込んでいるようだ。

目が慣れて二人の位置を確認できたリサは矢も盾もたまらず二人に駆け寄った。

「橘さん!橘さん!!」

幸い、停電は間もなく復旧したようだった。
今度ばかりは日本のインフラを維持している人たちに感謝を感じざるを得なかった。

「明かりはついたが、街灯の明かりじゃよく分からんな。小泉目的の店まであとどのくらいだ?」

ふと見上げるとあの「葵」の看板が見えた。

「あそこです!あの「葵」って看板のお店。
距離にして数十メートルもない。

「よし、橘。立てるか?
肩くらいは貸せるが、お前をおぶって歩けるほど、俺は体力派じゃないんだからな」

橘はゆっくりと立ち上がり、痛めた方の足で軽くトントンと地面をける。

「骨はいってないみたいっすね。軽い捻挫ってところかな。咄嗟で変な避け方しちまったからなぁ」

言葉とは裏腹に結構痛そうだとリサは思った。
私をかばって怪我をさせてしまった。

「小泉、先に店にいって氷をなにかの袋に入れて簡易的な氷のうを用意してもらってくれ」

小泉が橘に肩を貸しながら言う。

「わ、わかりました」
そう言ってリサは「葵」に駆け込んでいった。

「葵」

「葵」の中でも地震で結構な状況になっていた。
いくつかのボトルが床に落ちて割れてしまっている。

幸い、けが人もなく、いくつかの割れたコップや割れたボトルの後片付けを店員、客隔てなく自主的に行っている。

そんな時に俺の目に飛び込んできたものがあった。

「うおおお!俺のボトルキープが真っ二つに!!」
「あら、残念。今度は12年をボトル入れてよ」

あっけらかんとママが言う。

「ばっきゃろ!あれはもう販売終了だろうが」
「でもなんか、再販されるらしいわよ。仕入れておこうか?」

にっこりと営業スマイルを向けてくる。
これがあるからこの店潰れないんだ。
魔女だ魔女。

俺たちは魔女に囚われた哀れな子羊ってところか。
いや、老羊か?
なんかとたんに価値が下がったような気になるな。
なんか悔しい。

「う~し、こんなもんか」

タカが額の汗を拭いながらゴミ出しをしている。
トムはトムで割れなかったグラスやボトルをいつもの場所にきれいに並べ直している。
なんだ?やつはここの店員か?
何がどこにおいてあるか全部覚えているみたいな手つきなんだよなぁ。

「はい!お疲れ様。
みんなに一杯奢るわ」

ママの提案に三人で苦笑いを浮かべる。
こうなったら一番高いのにしてやる、と思ったが、そもそもこの店にそんなに高い酒は無い。

「そいつはありがたいお申し出でガンス。ありがてぇコッチャ」
と、お前は一体どこの生まれだと言いたくなるようなエセ方言でふざけていた。

そんな時に店の扉が勢いよく開く。
ドアベルもいつもより激しく鳴っていた。

「ママ!お願い助けて」

そこには顔面蒼白になったリサが立ちすくんでいた。

つづく


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