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[小説][バラッド]-序章-⑨

歌えないオッサンのバラッド
-序章-⑨


風間はチビリとロックのバーボンを口にした。
何となく飲み慣れた雰囲気を感じる。
かといって、仲間とつるんで飲み歩くタイプにも見えない。

橘はというと、一口で半分ほどゴクリと飲みやがった。
こいつは別の意味で飲み慣れているな。
良いように言えば人とのコミュニケーションを大切にするタイプに見える。
悪く言えば、唯我独尊になりがちなタイプってことかも知れない。

なに?
酒の飲み方一つで、ああだこうだ考えてんじゃねぇって?
まあ、俺もそう思う。

ただ、こいつは俺の性分なんだろうな。
こいつがどんなやつなのか。
好奇心猫を殺すとは言ったものの、こればっかしはクセを通り越して人生そのものかもしらん。

「でよ。橘さん……で良いよな?」
「おっと、そいつはちっとばかりあんたにとってハンディになりゃしないか?」

橘がいたんだ足を椅子の上に放り上げながら言う。

予想外の言葉に俺の頭の中にはてなが舞い飛ぶ。

「だって、あんたは小泉に頼まれてここにいるんだろう?」
真面目な顔。
捉えようによってはどすの利いた迫力を持った表情だった。

なるほど、よほどリサの会社のやつらは優秀らしい。
リサの本音を引き出すのに、俺は橘にとってワイルドカードってわけだ。

「分かったよ。なんて呼べば良い?」

「そうだなぁ。なあ、風間さんは何が良いと思う?」
くるりと首だけ風間の方に向ける橘。
「いきなり降ってくるもんだ。ならそうだな。昔通りタイゾーで良いんじゃないか?」
「タイゾー??」
今度口を開いたのはリサだった。

「橘さんタイゾーって名前なんです?」
「古クセェ名前だろ?そのクセ忘れにくい名前だ」

橘ことタイゾーはちょっと照れくさそうにしながらも、タイゾーと言う響きを懐かしんでいるように見える。

「じゃあ、タイゾーな。呼び捨ては構わないよな?」
「ああ、かまわない。ってことは風間さんのこともトールって呼ばないとな」
ニコッと笑いながらタイゾーが風間ことトールに話しかける。
「……今日だけだぞ」
こころなしかトールの頬が赤い。
アルコールだけの理由じゃ無さそうに思える。

なんとなく、昔二人はタイゾー、トールと呼び合っていたようにすら思える。

「あ、なんかずるい。じゃあ、私も今日はリサでお願いします!」
リサも乗ってきた。

「ところで、あなたのお名前は?」
トールが俺に聞いてくる。
そりゃそうだ。

「俺は田中だな」

実につまらない雰囲気が流れる。
まあ、俺も伊達にオッサンやっているわけじゃないからこの空気の流れには気がついちまうわけだ。

そこでちっと他の奴らに助け舟を求める。
「なあ、俺っていつもなんてよばれているっけ?」

「田中さんだな」
「田中さんだね」
「田中さんよね」

「イジワルか!さてはおまいら俺の下の名前知らねぇだろ」
「うん、知らない」

異口同音とはまさにこのことを言うんだと思った。
俺は素晴らしい友達に恵まれているらしい。

「まあ、いい。好きに読んでくれ」
「じゃあ、そうだなぁ。オジサンだね!」
元気よくリサが答えた次の瞬間、店中が大爆笑に包まれた。

「お、オジサン・・・」
タカなんて文字通り腹を抱えて笑っていやがる。
まあ、なんか複雑な心境だが、ファインプレーだぜリサ。

これで、心の壁がぐっと低くなった。

さて、こっからは俺の腕の見せ所ってわけか。

トール

「で、オジサンはだよ。トールちゃんのことがちっと想像がついていない、っていうかジグソーパズルの最後のピースみたいなものが無くなちまっているように見えるんだよ。

「と、いうと?」
「まあ、痩せても枯れてもオジサンだからな。あんたが肚に一物抱えていることくらいはさっきまでの一言二言、それにタイゾーを抱えてたときの様子でわかるよ。
タイゾーがここに運び込まれてきたときは、メチャクチャタイゾーを心配そうに見ながら声をかけていただろう?
痛みに耐えているタイゾーを励ますみたいにさ」

トールは一口バーボンを口にする。

しまった、ちと話の進め方を急ぎすぎたか?
まあ、口に出しちまったんだから最後まで突っ走るしかないわな。

「ところが、タイゾーがなんとか応急処置を済ませて、落ち着いてくるに従って、トールの表情はみるみる消えていった。
悲しいとか辛いとかじゃない。
何も感じないようにしないといけない・・・・みたいに思っている様に見えてさ」

トールは俺の瞳の奥を覗こうとしている様に見える。
でもまあ、しょせんはオジサンだからなぁ。何も考えていないってのもあるかもしれないぜ?トールさんよ。と心のなかでつぶやく。

「こっからは俺の単純な想像に過ぎない。そうだともそうじゃないとも言わなくて良い。ただ、トール。あんたには聞いてほしいんだ」

トールの無感情に見えていた表情に一筋の汗が流れていた。

「あんた、会社辞めるつもりだろ?」

つづく


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