見出し画像

実家へ  #02

月に一度の実家手伝い。
先月書き留める作業で気持ちの整理が出来たので今日も帰路の小田急線にて。

私は実家に向かうこの坂道が嫌いだ。
都内に通学するのに毎朝自転車でこの坂を登っていた。勾配はまぁまぁ大丈夫だが、長い。兎に角長くて後三分の一くらいからは本気で辛い。まだ眠い朝イチから辛いのはもはや修行。

坂を下りてしばらくすると畑。
空が更に広くなる。まだ午後2時半すぎだというのに、もう夕方感。一年でも最も陽の短い時季。実家のある住宅街というか家の集まっている固まりとの間には、田んぼの畦道を100メートル程歩く。あぜ道ですよ!あぜ道!
今日は農家の方が運んだのでしょう、堆肥がボテボテ落ちていて、踏まないように避けながら歩きましたよ。

さて、着いた。

どどどどどーーーん!
霊山の名も高き大山なのです!
この解放感は好き。


         ☆☆☆


風呂にお湯を貯め、父の入浴介助。
2週間前に玄関前にある3段の階段で転倒、左膝の膝骸骨の亀裂骨折をやらかしたので 介助が必要。 娘に風呂の手伝いをしてもらう日が来るなんて、父も考えたことなかったろう。
始めは少しは恥ずかしいのか、モノを片手で隠して動いていたが。
思うように動けないので、その度に「燈子〜♪ 燈子さ〜ん!燈子ちゃーーん!」と呼び、
後半は観念して全てを曝け出して私に身を委ねておった。 可愛い人だ。

乾燥の季節なので、全身に保湿クリームもぬれたし、肌の色つやや、痩せ具合も確認したのでお風呂手伝いできて良かった。

髭もあたって、眉も揃えて、爪切り、足裏の保湿。サッパリして笑顔が見えてきた。

骨折のショックでまた落ち込んだ父はちょっとまた元気を失った。ごはん食べなくなったり、口数減ったり、物忘れも。
治る怪我なのに。ちょっと痛かっただけなのに。年寄りにはそのちょっとした事がとんでもなく影響する。
今回は見兼ねた兄嫁がドクターに相談、抗うつ剤を処方してもらった。

母がデイケアから帰る時間が迫っていたので、急いで掃除機かけて雑巾掛け。
今日は絶対やろう!と思って洗剤も持ってきたので、換気扇の掃除!
終わるころ母帰宅。

今度は母のお風呂見守り。
ボディソープ使って〜!とか声かければ大体自分で出来る。今日は調子良いらしい。
兄嫁が手伝ってくれた時、体洗うのも何だかおぼつかなくて全部洗ってあげた、と聞いたのでその日の調子があるらしい。
丁寧に洗えてゆっくりお湯も浸かって。
お風呂あがりに化粧水や乳液も、「何処かしら〜? あれ?ここはうち?どこ?」なんて言いながらも、ちゃんと出来てた。
ドライヤーで乾かしてブラッシングしてあげると気持ち良さそうにしていた。


サッパリしたところでお弁当。



今夜も美味しそう。
食欲ないなんて言っていた父も完食!
食べないと私に怒られる、、、ってきっと感じていたのかと。
ちょっと安心。

         ☆☆☆

さて、かえるね。

「あらあら! お父さん暗いんだから娘を駅まで送ってあげなさいよ!」また ちょっとひと問答。 免許は返したし、膝も痛いし、いいよ。今はもう慣れたこれらの会話を済ませて帰路へ。

なんでたろ。。。
いつも 実家を後にすると涙が出る。
悲しいんじゃ、、ないな。
寂しい。が一番近いけど、複雑な感情の波が押し寄せる。

私はお父さんとお母さんが好きなんだな。

兄も含め「家族」が好きなんだな。

実家があるこの場所は、嫁に出る時まで何となく田舎くさくて、不便で好きになれなかった気がするけど。
「家」は好きだった。色んな難しい問題がある時でも、父と母と兄がいて。兄が独立した後も帰れば父と母がいつも美味しいものを食べさせてくれて。

何か洒落たイベントがある訳でもなく、
豪華な食事ができる訳でもなく、どこかダサくて、建設的な会話がある訳でもない。
ただ、自分たちを大事に思ってくれる両親が居てくれる場所。

今はもう、母の手料理も、敷いてくれるお布団も、孫ちゃんたちが遊びに行くと出してくれるオモチャも、プールも、そういうの何もないけど。。。

離れるのが寂しい。

自分のうちに帰り着くころには、目の前の状況にこんな感情すっからかん!とすっ飛んでしまうんだけど。。。
「宿題まーだ終わっとらんのかぃ!?」
「この散らかり様はなんなんだぃ!?」
きっと帰る時間になっても誰も風呂洗っとらんだろし。ワンコのトイレシーツは汚れてるだろし、ニャンコの砂にはウンチコロコロあるだろし。。。



さ、うちに帰ろう。


自分の家族の待ってるうちに帰ろう。


今日 母は一度も私の事を名前で呼ばなかった。でも、最後に「娘」と。
それだけでも良かったな。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?