絵本は「アイディア」だ、という話をしてみる。
突然気が向いたのでものすごく久しぶりに更新してみます。今日は絵本を作るためのアプローチのお話をします。僕はプロを目指す人のための絵本塾をやっているのですが、絵本を作りたい人からよく聞くセリフがあります。
「絵は描けるんですけど、お話が作れないんですよね……」
読んでいる人の中に、自分もそうだ、という人がいらっしゃるかも知れません。確かに、絵を並べるだけでは「絵本」にはなりません。絵本にするには「お話」が必要、だからまずはお話を作らなければならない。それはとても当たり前の発想で、決して間違っていません。ただ、それは「絵本を作る」ということを難しくしてしまう考えでもあります。では、どのようにアプローチすると良いのでしょうか。
いきなり「絵本を作る」と言われても、どこから手をつけたら良いのかピンと来ないと思います。そもそも、絵本ってどういうものだろう? まずは、そこから考えていきましょう。ここでは過去の自分の担当作を例に、絵本って一体どういうものだろう、どういう風に作られているものなんだろう、ということを掘り下げていきたいと思います。
『オオカミがとぶひ』、ミロコマチコさんの絵本デビュー作です。読んだことあるでしょうか。
何かを作るには、その何かについて知らなければならないですよね。「絵本とは」と聞かれたらつい抽象的な、概念的なことを考えてしまいがちですが、それよりも、もっと絵本という「物」そのものから、わかることがあります。近くに絵本が
あるようなら、触ったりめくったりしながら考えてみて下さい。そこにヒントがあります。
絵本の一番の特長は、絵と文章が一体となって作られた場面を、めくることで何かが展開し、状況が変わる、ということです。めくるたびに、場所や時間だったり、ある物の形状だったり、人物の気持ちなどが変化していきます。まずはこのことを念頭に置いておいて下さい。
絵本は印刷効率が理由で、主に32ページで出来ています。勿論もっと長いものあり、その場合は40ページ、48ページと8の倍数で増えていきます。2歳くらいまでの低年齢向け、赤ちゃん絵本と言われるものは逆に24ページなどで作らていることが多いです。
32ページ、と言われてもピンとこないかも知れませんね。こう言った方がイメージしやすいかも知れません。
15見開き。
見開き、というのはページを開いた場面のことをそう呼びます。「場面」といった方がわかりやすいでしょうか。15個の見開き(場面)で30ページ、最初と最後に片面1ページずつで計32ページという計算です。先に述べたように、例外もありますが、まずはこれを基本形にして考えていきたいと思います。
つまり、絵本は例えば15個の見開き(+前後1ページずつ)を連ねることで構成されていて、その見開きをめくることで展開するものである、ということが分かります。
絵本を作る時は、これがとても重要になってきます。様々な例外はありますが、これが基本です。「見開きを連ねて構成する」ということをよく覚えておいて下さい。
この絵本ならではの形式をいかに効果的に使って表現するか、ということが大切になります。そのために、どうやってアプローチしていくか。
最初に書いたように、「お話を作る」「物語を作る」、いきなりそれをしようとしても、難しいですよね。お話を作る時に、例えば「起承転結」という言葉が浮かぶかも知れません。でも、32ページという短いページ数と、さらに15個の見開きをめくって展開する、という形式には必ずしも起承転結という考え方が合うとは言えません。前置きがあり、きっかけがあり、本題にはいり、展開が生まれ、結末に向かう、ということをそのページ数、見開きで表現すると、何かのお話のダイジェスト版を見た、というような印象になってしまうおそれがあります。「かいつまんで話した」という感じですね。
「お話を作る」のではない。では、どう考えるのか。そこでキーワードになるのが「アイディア」です。
そう、絵本を作るときに大切なのは「アイディア」なんです。漫然と、なにか短いお話を書いて、それに絵をつけたら絵本になる、ということではありませんし、逆に、単に絵を連ねるだけでも絵本にはなりません。ある明確なアイディア、その絵本を貫き通すひとつのアイディア、まずこれが必要です。
自分が「面白いな」と漠然と感じたことの「何が面白いのか」を掘り下げたり、時に広げたりして見えてきたものがその絵本の根幹となるアイディアです。「面白い」とまで言語化できずとも、何かわからないけれど心が動く瞬間ってありますよね。そのときに立ち止まってなぜ自分の心が動くのか掘り下げてみるとよいと思います。そこに絵本のアイディアが隠れているかも知れません。どんな不思議な、ぶっとんだ作品を作り出す作家も、僕らと同じ世界に生きて、日常を送っています。ぶっとんだ生活をして、ぶっとんだ体験をして、ぶっとんだ作品を作っているわけではないんです。ただ違うのは、日常の中の、多くの人はスルーしてしまうような「面白い」「なんか不思議」に気づくことが出来るかどうかなんじゃないかと思うのです。そこに気づいて、立ち止まって、アイディアを見いだせるかどうか。絵本を作る鍵はそこにあるのではないでしょうか。
絵本はこの「アイディア」を軸に構成することが大切です。
さて、やっと『オオカミがとぶひ』のお話に入ります。この絵本も、あるひとつのアイディアによって作られています。さて、この絵本のアイディアは一体なんだと思いますか?
この絵本は「ある天候の変化や、時間の経過などの現象は、実は動物の仕業かもしれない」という発想から生まれています。色々なシチュエーションが描かれていますが、全てそのことをやっています。
この絵本が出来たときのエピソードが、「絵本を作る」ということについての大きなヒントとなりうるものですので、紹介したいと思います。
ミロコさんと「絵本を作りましょう」となり、ラフを見せてもらう打ち合わせの日程を決めたのですが、ミロコさんは前日になってもなにも浮かばず、気分転換に散歩に出たそうです。その日は風が強くて、びゅうびゅう音を立てながら吹いていたそうで、その空の様子を見ていたミロコさんはふと「オオカミがそらを飛び回っているみたいやな」と思ったそうなんです。その瞬間「これや!」とひらめき、急いで家に帰ってラフを描きあげたということでした。
この絵本、読んでいただいてわかるように、日常の中で起こる様々な現象の原因を、ある動物が~しているから、ということを表現した場面の連なりで構成されていますよね。
まず「オオカミがとびまわっているみたい」とふと思ったところが出発点です。そこで立ち止まらずに、さらにこう考えた。「ある天候の変化や、時間の経過などの現象は、実は動物の仕業なのだ」。これがこの絵本のアイディアです。それだけをやっている。風が吹くのはオオカミの仕業、じゃあ雷はゴリラかな、毛が逆立つのはハリネズミのせいかな、など、最初の思いつきからどんどん広げていった。そうやってバリエーションを沢山出し、そこから選んで構成した。それがこの絵本です。そして、それらの場面をめくることで、次に展開していく。先に述べた絵本の構造に即して作られていますね。
これを見ても分かるように、「物語をつむぐ」というよりは、あるひとつのアイディアとそのバリエーションだけで構成されています。アイディアを見出したら、そこからそのアイディアと共通する仕組みを持った様々なバリエーションをどんどん出して、取捨選択し、組み合わせていく。
組み合わせていく時に、出だしはこうして、ここで仕掛けて、この辺りでちょっとすかしてみよう、裏切ってみよう、ここでギアを上げてたたみかけよう、クライマックスの大きな展開として3見開きくらい使ってみよう、など、15個の見開きの中で、構成を考えていく、ということです。こうやって考えると、「物語を作る」というより「構成する」という考えが近いということが分かるのではと思います。
そういう意味では、絵本は物語に絵をつけたものではなく、15個の見開きと前後1ページずつの絵で構成された、「構造物」と考えるほうが近いと思います。
このときに大切なのは「軸となるアイディアはひとつだ」ということです。『オオカミがとぶひ』の場合「ある天候の変化や、時間の経過などの現象は、実は動物の仕業なのだ」というひとつのアイディアとそのバリエーションで構成されています。どんなに内容が盛り沢山になって、情報量が増えたとしても、このアイディアの仕組みは変えずに貫き通すことが重要です。途中でその仕組が変わってしまうようなら、それはもう別の絵本になってしまっていると考えて下さい。
これが、基本的な絵本を作る時の考え方です。勿論、様々な絵本があり、アプローチも多様ではありますが、まずはこのことを念頭に置いて始めると、「絵本を作る」ということにアプローチしやすいのではと思います。
今回取り上げた『オオカミがとぶひ』は、ひとつのアイディアとそのバリエーションで構成された絵本の典型的な例ですが、一見そうは見えない、より「物語」に近い絵本も、よく分解してみるとこういう構造になっていたりします。
例えば皆さんがなにか絵本を読むときにも、「この絵本のアイディアは一体なんだろうか?」という視点を持って読んでみると、色々と見えてくることがあると思います。
絵本を作るためのアプローチについては、様々な角度から語ることが出来ますが、
まずはとっつきやすいところから書いてみました。気が向いたらまた更新します。