絵本編集者の担当本ごちゃごちゃ雑記 『えとえとがっせん』

京都nowakiで石黒亜矢子さんの『九つの星』原画展開催中ということで、石黒さんの『えとえとがっせん』のことを書いてみます。

『えとえとがっせん』のキーワードは伝統のアップデートでしょうか。石黒さんは、日本の絵巻物だったり、浮世絵などから影響を受けつつ、自分が摂取してきた漫画やアニメ、ホラー映画やカンフー映画などのカルチャーの要素を取り込んで伝統的な表現を現代版にアップデートしている作家です。

少しだけ絵本のきっかけのお話をしましょうか。石黒さんとお仕事したいと思った時に、連絡とるにあたって「何か絵本やりましょう」だけじゃだめだよな、と思い、色々考えたのでした。最初に依頼した時のメールを検索したら、2014年の8月でしたが、当時急激に人気が出て来ていて、絵本はおそらく順番待ちになるだろうと。そうなった場合「何かやりましょう」「そうですね」じゃ弱い。そうやって気づけば10年近く……なんてことも珍しくない世界です。なので何か具体的なアイディアを提案しようと思って色々調べた中で、見つけたのが元ネタの十二類絵巻でした。これはぴったりなんじゃないかと提案したところ「十二支は好きで描きたいモチーフなんです」とのことで、そこからはトントン拍子に進みました。

ちなみに「十二類絵巻」はこういうのです。

https://www.kyohaku.go.jp/jp/dictio/kaiga/juni.html

絵巻物を元ネタとはするけど、それはあくまで絵本のきっけであって、忠実に作るつもりはありませんでした。結構かわいそうなお話ですし。ばかばかしく、笑えて、かっこいい絵本にしたいというのは最初からありました。初回打ち合わせで大まかな方向性が決まり、2度目にほぼ流れも決まった記憶があります。

石黒さんは迫力満点のかっこいい絵と、すごくゆるいラフな漫画的な絵(てんまると家族絵日記みたいなもの)を両方描かれるのですが、その両極端を画面に同居させたいと思いました。それがまずこの絵本のポイントですね。石黒さんの絵本は何冊か出てますが、それをここまで意識的にやっているのはこれだけじゃないかと。コントラストがあればあるほど面白いと思ったので、お山のけものたちはゆるく、十二支はかっこよく、変身したたぬきと辰が格闘する場面は一枚絵の時のように大迫力でということになりました。さらにこの格闘シーンでは、めちゃくちゃかっこよく描かれた画面の中に、線だけで簡略化されて描かれたゆるいタッチのお山のけものたちが同居しています。しかもネームも「ふぁいとー ごーごー」とか、とにかくゆるい。一応仲間が闘ってるんやから、しかも自分たちの身体の一部も提供したるんやから、もう少し緊張感を持ってくれと言いたくなりますが、このコントラストが結果的にこの絵本のばかばかしい面白さを増幅させています。格闘シーンの緊張感を、端っこに描かれたゆるいタッチのけものたちが和らげている。そうすることで笑いが生まれる。桂枝雀がいうところの「緊張の緩和」ですね。

そんなに今回の話にぴったりくる訳じゃないですが、枝雀と上岡龍太郎の組み合わせが懐かしすぎてリンク貼ってしまいました。上岡龍太郎、今どうしてるんでしょう。パペポとかも好きやったな……

すいません、脱線しました。元ネタの絵巻はきっと、当時の漫画的な存在だったのではと思うので、かしこまって、真面目な硬い感じで絵本化すると、それはもう別物になってしまいます。「絵本」というとどうしてもブレーキがかかってしまう人もいますが、石黒さんにはとにかく全力でふざけてもらいました。なので、この絵本の中には、少年漫画を通過した人たちなら誰もが嬉しくなる要素が散りばめられています。そういう意味でも、ふざけてはいますが、実はかなり正統的な伝統のアップデートではないかと思っています。

現代の人が上手く描けば自動的にアップデートされるのではなく、その作家が摂取してきた様々な文化的要素と相まって、混じり合って、初めて現代的な表現に至るのではないでしょうか。なので、刊行した時に数人の方から「現代版鳥獣戯画」という言葉をいただいたのは嬉しかったですね。

作るにあたり、元ネタの絵巻をほとんど無視してますが、そのエッセンスも残しておきたいと色々考えてもいるのです。それが例えばラップバトルの場面。これ、単なる思いつきで入れているのではなく(そう思っていただいても全然構わないのですが)、元の絵巻で十二支たちが歌合があるのです。決められたお題で和歌を詠んでその出来を競うんですね。でもその歌合を絵本でそのままやってもきっと退屈です。あくまでも現代の感覚で楽しめるエンターテイメントにしたかったので、歌合はやめようと。最初はただ省いただけでした。でもせっかくなので、そのエッセンスは入れておきたいという気持ちもあり、今それをやるなら何だろう、と考えて思いついたのがラップのフリースタイルでした。ですので、声を出して読んでいただくとわかりますが、このくだりは一応韻を踏んでいます。

考えてみるとなかなか難しく、本当はお山のけものたちの方は雑で、干支の方をより上手いリリックにしたいと思ったのですが、なかなかそこまでコントロールできませんでした。ラッパーってすごいなと改めて。

ちなみに元の絵巻では歌合の審判が鹿。それを羨んだたぬきが自分にも審判をさせてほしいと十二支に頼んだけど散々バカにされて追い払われ、それに腹を立てて仲間を集めて十二支に戦いを挑むのが十二類絵巻です。最終的には負けてしまい、たぬきは出家してしまうのですが、絵本ではたぬきを、山のけものたちを勝たせたい、と思いました。あのえらそうな、鼻持ちならん奴らを凹ませてやりたい、そういう気持ちがあったのです。絵本としてもその方が面白いですし。

この絵本、見所は色々ありますが、個人的に一番良いと思うポイントは思いきりふざけながら、権威、権力をコケにしているという点です。えらそうな十二支たちをへこませた上で(しかも、あんな技でボスをやっつけてしまいます。なんたる屈辱……)お前らが新たに十二支になれと言われて断るんです。最高ですよね。

この絵本はただただばかばかしく楽しいものです。教訓、メッセージ、ありません。ただただ、楽しんで欲しい。そう思って作りました。

でも、結果的に、このお山のけものたち、「ドンたぬきとワイルドアニマルズ」のスタンスは現代においてとても痛快に感じます。権威をかさにきて偉そうにするやつの言うことなんて聞かなくても良い。いやだと思ったら全力で抗う。その上で自分はその権力をにぎらず、自由でいる。絵本を読んで笑いながら、そんなことも感じてもらえたら嬉しいです。

このひたすらバカバカしくて面白い絵本が、そういうメッセージを持ちうる世の中というのは決して良い世の中ではないとも思いますが、こういうクソみたいな世界を楽しんで生きるヒントがあるのではと。

駆け足でしたが、最後に『九つの星』原画展の情報を。石黒さんが長年温めてきた世界が理想的な形で本になっています。『えとえとがっせん』とはまた違う石黒さんの一面が見られますので、こんなご時世ですが、よろしければぜひ。



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