美濃加茂市長汚職事件の真実 9


iPhoneの電源を付け一番着信があった番号にかけると、この事件が奇跡に向かい大きく動き始めた。


電話の主は私の選挙の師匠で親子ほど年齢は離れているものの友人のように親しくさせてもらっている人だった。


「タカミネさーん。やっと釈放されたかね(笑)」

「いやいや、僕だけパクられてませんよ(笑)電話が没収されたんで」

「どうなってるの?」

「もう事件完全に掌握しましたよ」

「さすがだねー。タカミネさん郷原弁護士知ってるでしょ?」

「藤井に付くらしいですね」


話では郷原弁護士が私に会いたがってるという事だった。

(色んな所から囁いて貰ったのが効いたかな)


「喜んで会いますよ。単純に郷原さんのファンなんで」


確かに著書を購入するほどのファンであった。


次の日の取り調べが終わったら連絡するという約束を取り付け帰路についた。


帰り道警察から連絡があった。

「明日彼女さんにも話聞きたいから一緒に来てくれませんか?」

「は?全く関係ないでしょ。なんの嫌がらせですか?」

「簡単に聞きたい事があるだけなので、とりあえず一緒に来てください。場所は南警察でお願いします」

と何故か県警本部ではなく、最寄りの警察署で取り調べをしたいという事だった。


27日 南警察署

自宅に警察が迎えに来て予定通りの10時に到着すると彼女に対し少し威圧的に「こっちへ来てください」と別の階に連れて行こうとした。

「おい!なんだよその態度は!任意だろ!」

と私が声を荒げるとオカダ、フジシロのポンコツコンビは私を制した。

後で彼女に「何聞かれた?」と聞くと「何にも。家で何してるとか。話すことがなくなってゲームやってた」

警察は私の恋人に取り調べをすることで関係性を悪くさせ私に有利な証言をさせようと思っていたのだろうが、幸か不幸か彼女には全く通用しなかった。


彼女と付き合い始めたのはちょうど藤井の最初の市長選の前後であり、私は美濃加茂に潜伏をしていたり、東京、大阪と毎日のように飛び回っていた為家を持たずホテル暮らしをしていた。

今でいう「アドレスホッパー」というやつだ。

そんな人間と付き合おうとするような良くも悪くも動じない自分を持った彼女だった。
普通の女性ならこんな事に巻き込まれたら気がおかしくなり、すぐに逃げ出すのが普通だ。

これも後の奇跡を生むひとつの要因だった。


私自身の取り調べは、四課の取調室で行われた。

警察組織は基本的に「一課強行犯(殺人など)、二課知能犯(詐欺など)三課盗犯、四課は暴力団の取り締まりを行う俗にいうマル暴」である。

この事件は二課の担当であり、何故か全く関係のない四課で行う意味は不明であった。

何かを意図したのかはわからないが、四課の空気は他の部署とは異質でどちらか暴力団かわからないような警察官が屯しており、普通の人ならそこを抜けて取調室に入るだけで相当なプレッシャーを感じる空気だ。

幸か不幸か私はそれらの幼少期からそういったタイプの人間には慣れており、さしてプレッシャーを感じなかったが、「なんとかして私の証言を取りたい」という意図はひしひしと感じた。

例のクイズから始まり、私が疲弊したのを見届けるとありもしない私の罪状の話を始めた。

「こういうことで逮捕もできるんだよ」

「やれるもんならやってみればいい。ちゃんと遺言は残してあるから」

実は昨日検察の取り調べ後、24日の車内で最初に藤井の逮捕の連絡をくれたテレビ局へ行き「今警察から別件で逮捕すると脅されている。もし私が何かで逮捕されたらそういうこと」というビデオを撮影し「もし逮捕されたらこれをニュースで流してください」と準備をしていた。

さらにオカダは「ここまでタカミネさんがちゃんと思い出してくれないと彼女さんの家族にも話を聞かないといけないな」と更なる脅しをかけてきた。

流石に堪忍袋の緒が切れた私は反撃に出る。

「オカダさん奥さんと小さい子供北海道に残して大変ですね。あとこないだオープンした友達の店はうまくいってますか?」

と私の情報屋から仕入れたオカダの個人情報を次々と披露した。

警察官は捜査の支障や、家族に危害を加えるなどといった脅しを避ける為個人情報などはひた隠しにするものだ。

しかしこのオカダという男は最初に名刺を渡し、さらには雑談の中で充分個人情報を調査できるボロを出していた。

明らかにオカダの顔色は変わったが、それと同時に私に対して更なる敵意を剥き出しにしてきた。


昼休憩を挟んだ所で連日の疲労と私の持病を抉る「答えのないクイズ」により体調が悪くなり、身体を起こしているのも辛く机に突っ伏した状態になると

「タカミネさんちゃんと起き上がっって」

「いや、マジで体調悪いから休ませて欲しい」

「大丈夫でしょ、本当にやばくなったら言って」

「本当にやばいんだって」

と言うも聞く耳持たず

「これ倒れたらどうなるんですか?」

と尋ねるとフジシロが

「そうなったら担いで家まで連れて行くから大丈夫」

とほくそ笑んでいた。

(マジでこれ殺されるんじゃないか?)と流石の私も身の危険が迫っていることを感じずにいられなかった。

ただただ不毛な時間が過ぎ「じゃあまた明日」とオカダ。

「少し休みたいから明日の時間を遅らせて欲しい」

「じゃあ10時にここに自力で来て」

「それなら今日と同じ9:30に迎えに来て貰ったほうが楽なので迎えに来てください」

「まぁ、10時集合って言ったほうが気分的に遅くなった気がするでしょ。迎えに行くのも大変なんだよ」とフジシロ。

(こいつらどこまでクズなんだよ)

と思いながらも彼女や彼女の家族にまでプレッシャーをかけると脅されている手前受け入れざるを得なかった。

帰りの車の中で
「仕事もできないし、体力的にも辛い。これいつになったら終わるんですか?」
と尋ねると
「タカミネさんは病気も持ってるし大変だろうけど、終わるとすればタカミネさんがお金を渡したところを見ていて、双方から受け渡しの事実を聞いていて、それを日記にでも書いていてくれたらその場で終わるよ」

とこのバカコンビの求めているものがはっきりわかった。

私の「持病」についても言及していることから、あの「答えのないクイズ」は私の思考を停止させ自律神経を逆撫でする為の作戦だと言うことがわかった。


帰宅し先に帰っていた彼女に
「ひょっとしたら俺パクられるかもしれないよ」
というと
「別に良いじゃん。ずっと忙しいからゆっくり休んだら?どうせ2週間くらいで出て来れるでしょ」
と初めての警察の取り調べのダメージもなく、いつも通りの彼女の態度に安心し重い体を引きずり、名古屋市内の高級ホテルへ向かった。


郷原弁護士と会う為だ。


ホテルに着くとメディアを通して何度も見ていた郷原弁護士がいた。

イメージよりは少し小柄だが、魅力の一つである低音ボイスは健在だった。

「初めまして郷原です」

「初めまして、お会いできて光栄です。単純にファンで本も読ませてもらってます」

「そうなんですね。とりあえず一杯飲みながら話しましょうか」

とラウンジの奥にあるVIPルームに入った。

「何飲みますか?」

「同じもので良いですよ」

「じゃあ山崎のハイボール」

と日本が誇るシングルモルトで口を湿らせながら話は始まった。

「タカミネさん一体これはどんな事件なんですか?とりあえず藤井さんは貰ってないと言ってますが」

「そうなんですね。藤井頑張ってるんですね」

とまだ藤井が自供していないことを確認できた。

「実際は僕も貰ってるかどうかはわからないです。ただNが渡す人間かどうかで言うと、渡す人間だと思います。ただ多分証拠が少ないのかなと」

証拠が少ない為必死に私の証言を取ろうとしている事や、彼女や彼女の家族にまで手を出そうとしている事、さらには私を逮捕しようと罪をでっち上げようとしていることを話した。

「警察は相当焦ってますね」

流石は郷原弁護士、私の話を理解しある程度の状況を把握した。

「なんでNはお金を渡したなどと自供したんでしょうね」

「さっき言ったように良くも悪くもそういう礼儀を持っている人間なので、渡しているのかもしれませんが、決して人を貶めようとかする人ではない。でも融資詐欺の件はまだ立件されていない余罪があるんですよね」

「それは本当?どれくらいあるの?」

先日情報屋から仕入れた情報を伝え、他にも事件に関わる情報を伝えた。「初日の取り調べで私が見つけた唯一の証拠」以外は。

郷原弁護士は私から得た情報を頭の中で整理しながら、さらにその情報の細かなディテールまで尋ねてきた。

その中で私が

「郷原さん司法取引ってもう導入されたんでしたっけ?」

と尋ねると
「まだですね。でもそう言う見方をすると考えられますね」

「ですよね。余罪がこれだけあるのでそれを立件しないかわりに何か情報をくれということは・・」

私が閃いたワードを発する直前に理解をした郷原弁護士は食い気味に

「闇司法取引ですね。そうだ闇司法取引だ」

と何度も確認するようにその後もこの言葉を連発した。

あまりにも「闇司法取引」というワードに酔いしれている郷原弁護士を見ながら私は
(流石にそれはないと思うけど、ストーリーとしては使えるからいいか)
とこの「司法取引」の言い出しっぺであった私は郷原弁護士の話に合わせた。


何も情報を持っていなかった郷原弁護士に必要最低限の情報を提供し、席を立った。

「郷原さん、藤井に『俺が付いてるから安心しろ』と伝えておいてください」

「分かりました伝えておきます」

後にこの一言が藤井を支えたと郷原弁護士から聞かされた。


しかし、その日はまだ終わらない。

身の危険を感じ、さらには周りの人間にまでプレッシャーをかけられており、実際相当疲弊していた私は正直今後どうするべきなのか悩んでいた。

その時点で現状警察と私しか知らない唯一の証拠とN氏の人間性も鑑みて事件の真相を悟っていた私は、これ以上藤井の為に命を賭けてまで警察権力と戦うべきなのかと少し疑問を持っていた。


実は、藤井の逮捕当日警察の調べが終わり真っ先に私が連絡したのはある事件記者だった。

長く事件記者をしており、この手の話では日本有数の記者であるその人を私は師匠と慕い、常に相談をする相手だった。


その時の電話で
「藤井が逮捕されました。どうも証拠が弱くどうしても僕の証言を取りたがっている。でもどうやら僕がキーマンになっていてその証拠も見つけました。うまく立ち回れば何とかなりそうなので相談に乗ってもらえますか?」と全てを委ねるように相談した。

それに対し師匠の答えは
「お前キーマンとか言って調子に乗ってるなよ。警察権力舐めてると酷い目に遭うぞ。自分が関わってないなら調子に乗らずに早くその場から離れろ」という忠告があった。

長年色々なものと立ち回っていたその人のいう言葉には重みとリアリティがあった。


その師匠にこの日話を聞きたいと呼び出しを受けていた。


師匠が事務所にしているマンションの一室を尋ねる。


「おーお前相当やり合ってるらしいな」

既に私と警察の間での戦いは耳に入っているようだった。

「正直言われた通りかなりやばい状態になってます。もうこの事件から降りたほうが良いんですかね」

と言うと

「お前何をふざけた事を言ってるんだ。お前はチェ・ゲバラになるんじゃないのか?自分が信念もってるなら死んでもやることやり遂げろ!」
と先日とは正反対のアドバイスだった。

この真意はいまだに聞くことはできていないが、色々な情報の中で私がやるべきこと、そしてその日明らかに弱気になってた事を一発で見抜き喝を入れられたのだと思う。

この一言がなければ実際藤井を守る為に自分の全てを捨て、命懸けで戦えなかっただろう。

また「チェ・ゲバラ」という私が絶対に燃えるワードを使いダウン寸前の私を奮い立たせた師匠の言葉が後の奇跡に繋がった。

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