小さいおっさん

僕が小さいおっさんをつくることに成功したのは小学6年生のときだ。

学校の裏にある山を少しの登ったとこにある小さな小屋が僕だけの秘密基地だった。狭い空間にさび付いた一斗缶やロープが大量に散らかっているだけの小屋だったけど、それが僕にとって1人遊びをするための大切な場所だった。
小学生の頃、運動神経が悪かった僕は仲間外れにされていた。
みんな放課後はサッカーをするのだけれど、仲間外れの僕は1人遊びをするほかに選択肢がなかった。

ある日、輪の中心の高橋が

「お前、のろいから見てるだけで苛つくんだよ。もうお前と遊びたくない。もう話しかけんじゃねーよ。」

と言った。こないだまで高橋の家に行ってよく一緒に遊んでいたのに。酷い話だ。周りのクラスメイトも高橋の方針に合わせて、僕と口を聞かなくなった。そうやって1人遊びに熱中するようになっていた。

僕の1人遊びについて説明しよう。
まず学校が終わったらまず理科準備室からありったけの薬品を適当に家から持ってきたペットボトルに詰める。その後、体育館の地下準備室に行って、ねずみの死骸をできるだけランドセルに詰める。その後、小屋に行って一斗缶の中でねずみの死骸と薬品を混ぜる。

薬品はしゅわーっという音を立ててねずみを少しずつ溶かしていく。
しばらくすると赤黒いドロドロの液体が一斗缶の中にできている。

これが魔女のスープみたいでかっこよく、それを自分が作っているんだと考えると飛び上がるようなうれしさを覚えた。

ネズミだけじゃなくて、小鳥の死骸とか車にひき殺された狸の足とか色んなもので試して遊んでいた。どれも同じように赤黒い魔女のスープができた。

そんな遊びに熱中していたころ祖父が死んだ。火葬場で祖父の骨を見たとき、魔女のスープに入れたい!!!と衝動的に思い、父と母に内緒で少しだけおじいさんの骨を小屋に持ち帰って、魔女のスープにいれた。

すると骨はもくもく白い煙を上げてとけはじめた。
わくわくしながら魔女のスープを見ていると、後に気配を感じた。

するとそこにいたのは小さいおっさんだった。

身長は小学生だった頃の自分の身長よりもはるかに低い。
しかし、顔は老けていて、頭皮が露出している。
灰色のパジャマを着て、呆然としている。

「え?小さいおっさんだよね!!!テレビでやってた!!!」

小さいおっさんは丸い目をしてこちらを見るだけで、なにも答えてくれない。

「お前はどこから来たの?」

やはり、こちらを丸い目で見るだけで何も答えてくれない。

「もしかしてだけど、お前はこの魔女のスープからできたの?」

小さいおっさんは、小さくうなずいた。
当時、流行っていた”小さなおっさん”を自分がつくったという喜びで5分ほど発狂していた。発狂しているうちにランドセルからパンが落ちた。今日、残飯を先生に怒られないように、食べきれなかったパンをランドセルにしまったのだった。

「お前これ食べる?」

小さいおっさんの口元にパンを持っていくと、小さいおっさんはそれを不器用に手で持ってもぐもぐと食べた。

「おいしい?」

小さいおっさんは無表情のまま小さくうなずいた。

うれしくなった僕は山でありったけの草を集めて、小さいおっさんのためにベッドを作ってあげた。

「ベッドだよ。ここで寝てね。」

小さなおっさんは小さくうなずいた。

「もう日が暮れるから帰るね。」

小さいおっさんは呆然とこちらを見ているだけだった。

2

騒ぎすぎたせいか、疲れてしまい早めに寝ることにした。

ベットの上で目を閉じると、肌寒さを感じて目が覚めた。

暗くて何も見えないが、血生臭い匂いでそこが小屋だと分かった。

呆然としながらも、もう暗いし家に帰らねばならないと思い、小屋からでた。

いつもより大きな木々の間を進んで、学校までつくことができた。

街灯に学校が照らされている。教室のガラスに自分を映してみると、そこに映っていたのは小さいおっさんだった。

パニックになり、大急ぎでいつもより大きい家々の隙間を走り、自分の部屋に戻ると、ベッドで自分自身がいびきをかいて寝ていた。

寝ているうちに入れ替わってしまったのか。

そう考えると恐ろしくて、自分を起こす気にもならず、下を向きトボトボ歩きながら長い時間をかけて小屋に戻った。

小屋に戻り、血生臭い匂いを嗅ぐと心が落ち着いてきた。

「そうだ。どうせ小さいおっさんなら。。あはは。高橋にいたずらしてやろう。」

僕は暗闇の中で魔女のスープの入った一斗缶を手探りで見つけると、それを小屋に落ちていたロープで自分の背中に縛り付け、リュックのようにして、高橋の家に向かって走り出した。

3

高橋の家は2階建てで、階段を上って左に高橋の部屋がある。

何度も遊びに来ているので部屋の間取りは熟知していた。

気付かれないように、静かに侵入した。玄関は鍵が閉められていなかった。

高橋の母がリビングでテレビを見ている。
テーブルには1人分の食事が置かれている。

高橋の父がもう少しで帰ってくるようだ。

高橋の母に気づかれないように忍び足で階段を上り、高橋の部屋のドアを開けた。

高橋はすでにぐっすり寝ていた。

それを確認すると背中と一斗缶をくくりつけていたロープを緩め、両手で一斗缶を持った。

その後、高橋の口に魔女のスープを一気に流し込んだ。

高橋は溺れるようにもがくと目を覚まし、真っ赤な目でこちらを見た。

「あはは。驚きすぎだろ。あはは。」

高橋はまた目を閉じて、寝てしまった。

夜も深かったせいか、僕もそのまま高橋の部屋で意識を失うように寝てしまった。

目が覚めると僕は自分の部屋にいた。

急いで洗面台の鏡で確認するとそこにはきちんと自分が映っていた。

「はあー。なんだ夢だったのか。」

僕はすっかり安心するとリビングで母の朝食を待った。

「ちょっとお!だれー?全部パン食べちゃったの?」

母がキッチンでそう声をあげた。

心臓がギュッとなる感覚がした。  

僕の体で小さいおっさんがパンを食べたのだ。

そうだ。あれは夢ではなかったのだ。

入れ替わっている間、僕の体は小さいおっさんのもので、何をされるかわからない。 

小さいおっさんの体で好き勝手した分、そのことにものすごい恐怖を覚えた。

それにもしかしたら毎晩入れ替わってしまうのかもしれない。

朝、学校に行くと高橋が亡くなったことを聞かされた。

その日は呆然としてるうちに時間が過ぎ、学校が終わった。

「これはやりすきてしまった。」

自責で息がつまりそうになった。

あの日から1ヶ月ほどが経った。

毎晩、また入れ替わってしまうのではないかと不安で、入れ替わるな!入れ替わるな!と念じてから寝ていた。

その甲斐あってか、小さいおっさんと入れ替えるのもキッチンからパンが消えるのもあの1回きりだった。

恐る恐る小屋に行っても小さいおっさんの姿を見ることはなかった。

「もしかしたら1日で消滅したのかな。」

いつもどおりまたねずみの死骸と薬品を合わせる遊びを続けていた。

そんなある日、朝食を食べながら、ニュースを見ていたときのことだ。

「21歳の男性が不審死です。先月から同じような不審死がこの地域で起きています。この件で10件目となります。警察は事件性を考慮してメディアにこの一連の不審死を公開することに踏み切りました。どの現場でも赤黒い液体とパンが食い荒らされた痕跡が見つかっています。」

ニュースキャスターが世界で最も聞きたくないニュースを報じた。

僕は小さいおっさんが、自分からパンを食べることを学んだように、魔女のスープを飲ませて人を殺すことを学んでしまったんだと悟った。

高橋へのいたずらのつもりが、全く知らない人をこんなに殺すような事件をまねくとは。。。。。

このままではいつ僕や家族を殺しにくるかわからない。

小さいおっさんをなんとしても殺さなくてはならない。

しかし、小さいおっさんの身元が分からない。

考えに考えて、もう一度入れ替わり、自分が小さいおっさんの状態で自殺することを思いついた。

しかし、どうしたら入れ替わることができるのかは検討もつかない。

その晩は入れ替われ!入れ替われ!と念じながら眠りについた。

目が覚めると、そこは知らない誰かの寝室だった。

自分と同じぐらいの年齢であろう、少年がベッドで寝ていた。

僕は小さい背中で重たい何かを背負っている感覚に気づいた。

背中のひんやりした感覚と血生臭い匂いで、すぐその正体が分かった。

僕は一斗缶を背中にくくり付けたロープを解いて、それで自らの首を絞めた。

「ははは。それで気がついたら家のキッチンでパンをわしづかみにしていただって?怖い話だなあ。夏にぴったりだ!それコンクールに出してみなよ!」

文芸部の部室で竹山は高らかに笑った。
この話を僕の新しい小説のアイデアだと捉えたらしい。

もう僕は18になった。もうあれからだいぶ経っている。それでも小さいおっさんに関する一連の記憶は鮮明に残っている。

コンクール用の執筆に行き詰まっているのは、僕と竹山だけで、行き詰まった竹山が

「なあ。山崎。面白い話してよお。」

と言ったのをきっかけになんとなくこの話を思い出したのだった。

「じゃあ。今度はこっちから。これは小説じゃなくて現実の話。」

「ほおー。」

「そんなにいい話でもないんだけどね。」

竹山は神妙な顔で語りはじめた。

「この部のマドンナの優月さん。そう。お前が今度告白しようとしている優月さん。」

「あはは。彼氏ができたとかやめてくれよ。」

「それがなー。うちの顧問と援助交際しているらしいんだ。」

「え?」

一瞬、竹山の言っていることの意味が分からず、体が凍り付いたように膠着した。

「もちろん。証拠だってあるよ。ほら。」

竹山は夜の学校の駐車場で一緒に車に乗り込む2人の動画を見せてきた。

「ははは。まさか。恋のライバルが中年のおっさんだったとはな。俺らも山崎を応援してたし、顧問にむかついている。復讐しないとな。だからこの動画で奴をゆすって、大金をもらおう、その金でみんなで卒業旅行行こうよ。」

「竹山ありがとな。俺はもうしばらく寝込むぐらいショックなんで、、、後は頼んだよ。」

「ははは!明日楽しみにしててな。」

その後、竹山は黙々と作業を進め、先に帰った。
僕はただ心の中で顧問への嫉妬と憎悪を燃やし続けていた。

竹山が帰ったことを確認すると、無我夢中で部の連絡帳を開き、顧問の住所を探した。
顧問の住所を見つけると何度も何度もボールペンでその住所をなぞった。

自分の部屋に戻っても、顧問への嫉妬と憎悪は膨らみ続けた。

いくら奴から大金を奪って、みんなで豪華な卒業旅行をしたところで気持ちが収まるだろうか?

僕は何度も部屋の床に頭をたたきつけた。

やはり、あの手段で顧問を殺す以外に、僕の気持ちが収まることはないと結論付けた。

この手段を使えば、顧問を殺しても警察に捕まることはない。

小さいおっさんを作る材料は、魔女のスープと人骨だ。

あれだけ作ったのだから、魔女のスープは絶対に小屋に残っているだろう。

しかし、どうやって人間の骨を見つけよう? 

火葬場に忍び込むことや墓石を掘り返すことも考えたが、誰かに見つかるリスクを考えると実行には移せない。

考えに考えると、祖父の指の骨の一部を祖母がお守りに加工して、いつも首にかけていたことをふと思い出した。

祖母は一か月前から寝たきりでリビングの隣の部屋で寝かされている。

祖母の部屋に入ると、祖母が生きているのか死んでいるのかわからないような感じで力なく横になっていた。

祖母に気づかれないように静かに近寄り、首元を確認するとやはりお守りをつけていた。

僕は引きちぎるようにお守りを奪って、小屋まで走った。

お守りを引きちぎった僕の手と小屋に向かって歩く僕の足は、顧問への嫉妬と憎悪だけを動力にしていた。

扉を開けると、当時と同じように血生臭い匂いが充満していて、変わらず、一斗缶は赤黒い魔女のスープで満たされていた。

そこに祖母が付けていたお守りを入れると、前と同じように白い煙が立上がり、後ろから視線を感じた。

「久しぶりだね。小さいおっさん。」

小さなおっさんは無表情でこちらを見ている。

「今夜、入れ替わろう。殺したい奴がいるんだ。」

小さなおっさんの無表情は突然、不気味な笑顔へと変わった。

その晩、僕は自らの手足をロープでぐるぐる巻きにして布団に入った。

これで小さいおっさんが自分の体を乗っ取ってもなにもできやしない。

布団に入って目をつぶるとすぐに、血生臭い匂いを感じた。

すると小さいおっさんの不気味な笑顔を思い出した。

手足を縛ってはいるものの、どこか不安で、一刻も早く、顧問を殺して、小さいおっさんの状態で自殺をして、自分の体に戻りたかった。

魔女のスープが入った一斗缶をロープで背中にくくり付けるのが済むと今日覚えた顧問の住所まで全速力で走って行った。

顧問は木造二階建ての空き家を安く借りて済んでいる。

顧問の家は小屋から近く、すぐについたものの、玄関のドアには鍵が閉まっていて、玄関から侵入することができなかった。

しかし、2階の窓があいていることに気づき、水道管をよじ登り部屋に侵入することにした。

水道管を上る全身の力は顧問への嫉妬と憎悪を動力にし、あっという間に2階の窓の前に辿り着いた。

窓辺から部屋を見渡すと、顧問と優月が同じベッドで寝ているのを見つけた。

より一層、嫉妬と憎悪がこみ上げてきた。

燃え上がる感情に身を任せ、一斗缶を背中にくくりつけていたロープを緩め、一斗缶を両手で持った。その後、顧問の顔の前まで歩いていき、赤黒い魔女のスープを顧問の口に流し込んだ。

顧問はもがいた後、すぐに目を覚まし、こちらを睨みつけた。

顧問は無我夢中で不気味な悪魔を投げ飛ばし、不気味な悪魔が一斗缶を背中にくくりつけていたロープで、力一杯、不気味な悪魔の命をたとうとした。

まだ用は済んでいないのに自分の体に戻るわけにはいかない。

無我夢中で抵抗したが力の差は歴然だった。

しかし、ロープが劣化していたせいで、ロープがすぐにちぎれ、不気味な悪魔は解放された。

今度は手で不気味な悪魔の首を絞めようとしたが、顧問の手が不気味な悪魔の喉に触れる前に顧問は力尽きるようにそのまま意識を失った。

優月はまだ眠ったままだった。

僕は優月の柔らかい髪を少しなでた後、顧問の家中からかき集めた現金を優月の財布に入れてあげた。

用が全て済み、すぐに自分の体に戻りたかったが、ロープがちぎれたせいで、そうするための手段を失ってしまった。

仕方なくキッチンで包丁を探した。

しかし、顧問は普段料理をしないせいか、どこを探して包丁は見つからず、この場で自殺することは叶わなかった。

そこから国道沿いを歩き、トラックが来るのを待った。

顧問が死んで学校は大変な騒ぎになるだろう。

優月もかなり動揺するだろう。

だから顧問の件が落ち着いたら優月に告白しよう。

どうなるか分からないけど、振られたらみんなに励ましてもらおう。

そんな考え事をするうちにトラックが来た。

安心で心がいっぱいになった。

これでようやく自分の体に戻れる。

するとトン、トンと奇妙なリズムの足音が背後から聞こえるのに気づいた。

振り返るとそこにいたのは、手足を縛られた自分の体だった。

不気味な笑顔でこちらを覗き込んでいる。

あまりの恐怖で腰を抜かして、それから立ち上がれなくなってしまった。

「おい!待って!」

手足を縛られた自分の体はぴょんぴょんと跳ねながら、トラックへと向かっていった。




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