卵の殻

僕は手先がとても不器用な人間だ。細かい作業が苦手だし、料理もできないわけではないが上手じゃない。

不器用な人間の苦手な作業の一つとして、ゆで卵の殻を剥くことが挙げられる。外側の硬い殻と内側の薄い膜、これらをいっぺんにぺりっと剥くことができればそれが理想形だが、そう簡単には行かない。こんこんと卵を叩いて入れたヒビから綺麗に剥くことを試みるが、最終的に外側の殻は細かく剥かざるをえなくなり、それを終えたところで内側の膜が残ってしまう。たまにめちゃくちゃ綺麗に剥くことができる時もあるが、基本的にゆで卵は不器用の敵である。

さて、ここで書きたいのは料理の話ではない。前回書いた「他人の顔色を窺う」という行為は、この「卵の殻を剥く」という行為に似ているように思われる。私は、他人の顔色を窺い、その人が何を思っているのかを知るために、卵の殻を剥くようなことをしている。卵の殻を剥き、その中にある白身、さらには黄身を知ろうとするのだ。

相手の思考を知るためには、質問を投げかけなければいけない。特に、はじめの(導入となる)質問は非常に重要である。これは卵をこんこんと叩きヒビを入れるのにそっくりである。

例えば、疲れた顔をした人が目の前にいるとする。自分は、良かれと思って「お疲れみたいですね、何されていたんですか?」と聞くとする。一見、疲れているように見える相手を労うごく自然な会話のように見える。

しかし、相手はこの質問に対してよく思うだろうか。本当に心底疲れているのであれば、「よくぞ聞いてくれた、こうこうこういう理由で疲れていて…」と質問に前のめりに答えてくれるかもしれない。しかし、元々そういう顔であった場合はどうか。別にその人は自分では疲れている感覚はないのに、他人から疲れている顔をしているように見られるのは、自分の平常時の表情が芳しくないと思われているということになるだろう。これでは当人は良い気にはならない。

このように、きっかけとなる質問を投げるのは繊細な行為である。卵を卓に強く打ちすぎたら粉々になってしまい、この後剥きづらくなってしまう。逆に、弱すぎても、そこから卵を剥くのは困難である。それと同じではないか。

卵を叩きつけることで相手の思考に一歩近づくわけだが、当然それで終わりではない。このあとは綺麗に卵を剥いていくことが必要だ。

ヒビを入れてから、卵の殻を剥くのもまた難しい。豪快に行きすぎては白身を削ってしまう。すなわち、相手の心を抉り、不快にさせてしまう。逆に、弱々しく行っては時間がかかりすぎる。すなわち、相手に「何が聞きたいんだ?」とイライラさせてしまう。

ちょうどいい力加減で、ちょうどいい指の入れ具合で、殻を剥いていかなければ、綺麗に、かつ潤滑に剥くことはできない。そう、人の心は卵なのだ。

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