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#0 プロローグ-手記-

 平凡な人生だった。
 皆と同じように遊び、学校へ行って学び、バイトをして貯めた金で人里離れたこの家でのんびりと休暇をとっている。刺激が欲しくなかったのかといえばそういう訳でもない。学校の歴史で学んだ、誰某が○○を作った、--を倒した壊した、産み出した……このセカイを生きたあらゆる人物が今のセカイを作るために破壊と再生を繰り返してきた。そして今こうして私達の手元に教科書として活字でその名が刻まれる。名誉や権力なんかは要らない。ただ移り行く時代の傍観者となりたかった。自分の手の加えられないところで街が変わっていく様を見るのが好きだった。都会の広告看板は次来たときには知らない商品の宣伝に変わっている。田舎だって人が住めるように切り開かれてきた。それらの大部分を私は変えることができない。ただ見ているだけだ。でもその不介入性が尊さを感じさせた。
 庭に生えている名も知らぬ木の葉がまた一つ落ちた。冬を告げる。空は鉛色でああ、洗濯しまったかな、なんてくだらないこと考えながら私は縁側でぼーっとしていた。寒い。うちの庭は広い。そりゃ山奥だからね。そんなんで、私の知らないところなんていくらでもある訳で、ふと見つけた獣道。なんでこんなところにって疑問よりも先には何があるだろうかなんて好奇心が先に来て、草をかき分け道を進む。見やるところ赤黄緑に染められた木の葉達が白けた砂利道風景を装飾していた。青い木々の芽はその成長を今か今かと待ちわびている。この空間にはどうやら外界とは異なる息吹が吹き付けているらしい。風情と美しさで外との季節感の違いなど頭にはなかった。道の先には小さなバルコニーのついた小屋があった。外壁は蔦に覆われところどころペンキの塗装が剥げている。しかし中に入ると埃一つ無い、やけに生活感のある風景が広がっていた。
 机、椅子と見慣れた家具の中に古びたピアノを見つけた。これだけ年季の入り方が違う。まるでタイムスリップしたかのように他と雰囲気がまるで違うのだ。カバーを開け、頭に思い浮かんだフレーズを弾いてみる。多少音楽の知識はあるほうだと自負している。それにしても今叩いているこのメロディは自分でも知らない曲のメロディだ。何者かが自分に憑依し演奏しているようにスラスラと弾きこなしていく。頭の中に一人の少女の影が映る。これは過去、この家に住んでいた者だろうか。どうやらこのメロディはあの獣道を歌にしたものらしい。なかなかこの人も見る目がユニークな人だ。三拍子の流れるような旋律は初めて聞いたはずなのに懐かしさを感じさせた。その少女はピアノを止めると棚に入っていた一つの冊子を取り、机の上で広げた。軽く二百頁は超えそうな分厚い本は少女の日記帳のようで、彼女はそれを誰に読み聞かせるでもなく私の耳につくかどうかくらいの小さな声で語り始めた。その物語は傍観者志望の私でも余るくらいで……。産まれて初めての感覚だった。曰く、

「これはまだ、このセカイが始まる前のはなし。」

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