見出し画像

#1 先輩へ-ラストメリー-

[一]
 私-花崎一華-の初恋はとても意外なきっかけで幕を開けた。
 私は元来音楽に興味があって、当時中学生だった私は手元から手軽に聴ける、動画配信サイトの歌ってみたや弾いてみたなんかを好んで聴いていた。素人ながらでも精一杯練習して動画を投稿する。生まれてこの方、能動的な活動をしてこなかった私にとっては、その姿は私には届かない尊敬の念を抱かせた。
 明くる日のこと、いつも通りスマホのアプリを開いて音楽の海に溺れる。すると、そこにはキラキラした、純粋な瞳でギターを演奏する一人の投稿者がいた。その人の演奏はギターを自分のものにしていて自由自在に弾きこなしていた。即フォロー、マイリストに入れて過去の投稿を遡る。心臓の鼓動が自分の頭の中鳴り響いてしばらく鳴り止まなかった。生まれて初めて感じる胸のドキドキだった。けれどさらに驚くのは、私が高校に入った後のことだった。
 高校入学。私は元々私なんかが楽器の演奏を……なんて思ってる奴なので、軽音なんて毛頭やるつもりはなかったのだが、新入生歓迎会で私は、なんとギターを弾いている先輩=投稿者さんだと気づいた。これは入らねばと思い、軽音学部に入部。そしてやっぱり胸が鳴り出す。この時に気づいた、このドキドキは恋なのかもしれない、と。曖昧だけど心はやけに正直で、それを突きつけられたような気がした。
             

[二]
「それで先輩の姿見て私もギター頑張ってみようかなって……」
「いいじゃん!頑張りなよ!それであわよくば先輩とぉ〜」
「ちょっ、そこまでは考えてないって!」
 そんなこんなで私は今、高校一番の友達である春香にこうして恋愛相談(?)しているのだけれど、おちょくってばかりでどうも話はなりそうにない。これでも真面目な子なのにな……(多分)。
「で、それで?一華は先輩のことどう思ってるの?」
「うーん、まだよく分かんなくって」
「それじゃ、いったん深呼吸してみて、それでもドキドキするんなら恋なんじゃない?私もまともな恋愛してこなかったからよく分かんないけど。あー、どっかに私の王子様はおらんのかー!」
「一旦深呼吸してみる、か……」
 その日の後はたわいもない話で終わらせて、家に帰ってベッドに横になった。すー、はー。先輩の顔を思い浮かべる。ダメだ、心のときめきは止まりそうにない。はー、私恋しちゃったのか。なんてね。初めてだしよーわからんけどま、それなりに頑張ってみようかな。そうして私はいつもより深い眠りについた。

              
[三]
 それからはとてもあっという間に日々は過ぎていった。先輩にギターを教わって、Fコードが弾けるようになった時は二人して喜んだ。梅雨の季節には軽音のメンバーでテスト勉強をしたし、夏は合宿に祭りに花火。秋は文化祭で先輩とデュエットもした。
 そうして過ごす日々の中でずっと目を背けていたけど忘れてはならないことが一つだけあった。先輩は三年生だった。それはつまり、二人の一緒にいられる時間が限られるということ。二人で笑ったり泣いたり喜んだり、共にいられる時間が短くなるということ。―そして、先輩に想いを伝えるまでの時間制限が迫っているということ。
 別に高校の内に告白しなくても良いじゃないかと思う人もいると思うが、これにはもう一つの事情がある(あ、忘れてはならないこと二つだったな)。実は先輩は、高校卒業と共に都会の大学に行くために一人暮らしを始めるのだ。こんな辺鄙な田舎を飛び出して、だ。こんな片思いでどうしようもない後輩を置いて、だ。そんなのあんまりじゃないか。もっともっと先輩と思い出を作りたかったのに……。
 とまあ、愚痴垂れようが、先輩の移住の意思は固く、一後輩の一存で止められる訳がないので、最後の悪あがきとして爪痕だけでも残そうっていう作戦だ。ま、それでうまく行ったら万々歳だしね。そういう訳で卒業式の日、私は先輩に告白します。


[四]
 今年の桜開花予想は例年に比べ相当早く、卒業式当日、それは校舎を包む桜の木が一斉にピンク一色に色づいたことで証明された。登校してきた私は、正門からその光景を見るや否や「すごい……」なんてため息をついた。しばらく立ち尽くす。いかんいかん、こんなのに見惚れてる場合じゃない。そう、今日の私は先輩に告白する算段を起床時からずっと考えていた。
 作戦はこうだ。今日下級生がやることは式に参列して三年生に歌を送ること、それが終われば下校となる。そこから三年生は教室で最後のホームルームを行い、その後下校となる。チャンスはその時しかない(と思う)。問題は場所で、屋上!と言いたいところだが、うちは漫画やアニメに出てくるような学校ではないので当然屋上は立ち入り禁止だ。まあ、三年生が下校する頃には、私のクラスの人はみんな帰ってるだろうから私のクラスの教室でいいかな、と即決。その時に、前の日に用意したクッキーと手紙を渡して告白する予定だ。うん、大丈夫。私にしては計画性のある作戦だ。
 などと思いながら校舎に入ろうとすると背後から声を掛けられた。
「一華、おはよっ!想いの彼に告白するんだって?頑張って!」
「おはよ。私、春香には言ってないのに……」
「友達づてで聞いたの!」
 だから言わなかったのに……。けど、春香に声掛けてもらったことで変な緊張が取れた気がする。ありがとう、と心の中で念じる。
「一華、なんか言った?」
「……なんも」
 春香ってエスパーなのかな。
 

[五]
 卒業式の歌も気合いと想いを込めて歌った。けれど、皆で歌うから先輩に届くはずもなく、私の想いはこんなもんじゃないですよっ!て言いたくなるくらい、またしても先輩を意識して肩が強張る。クッキーと手紙を持つ手が震える。
 そんなこんなで時刻は十二時半。三年生のホームルームが終わり、生徒同士でアルバムにサインを書いたり、写真撮影やらが落ち着いた頃。私は先輩の教室に向かい先輩を呼ぶ。
「……先輩」
 先輩は私の呼びかけにすぐに気づき、私が顔を覗かせるドアのところまで来てくれた。
「おお、花崎か。どうした?」
「その……、先輩、話があるので後で私の教室に来てもらってもいいですか?」
「……、ああ、わかった」
 その時の先輩は、私がこの後何をするのか理解したような面持ちでクラスの友達のところへ戻っていった。
 先輩は私が好意を抱いていることを知ったらどう思うだろうか。失望するだろうか。いや、今更考えてももう遅い。私が今できるのは、真摯にこの気持ちを先輩に伝えるだけ。手に持ったクッキーが潰れないように気を使いながら、私は頭の中でそう結論を出した。
 そうして幾分教室で待ち続けただろうか。もう緊張で時間感覚が分からない。体感的には五分程度だったと思うが、もしかしたら一時間こうして待っていたのかもしれない。けど、もうそんなことはどうでも良かった。静寂を裂くように教室後方の戸が開く。先輩が来た。私は後ろの方の席で座って待っていたが、先輩がこちらを見てると気づくと私は即座に目線を外した。ドキドキし過ぎて顔が直視できない。私の顔、赤くなってないかな……?こ、こういう時こそ深呼吸だ。すーはー。再び教室に沈黙が訪れる。
 すると、不意に先輩が口を開いた。
「それで、花崎、話って……」
 先輩が言い終わらぬ内に私が啖呵を切ってしまう。感情のままに。
「私、先輩のことがすきですっ!」
 空虚。
「……花崎の気持ちは嬉しい。ありがとう。でも、ごめん。今は大学とかこれからのことで頭いっぱいで、その……、花崎のこと、幸せにできないと思う」
 その返事は私の告白よりも何百倍も丁寧で紳士で、その対応にまた想いが募って募って募って、……溢れてしまった。
「花崎⁉︎大丈夫か?」
教室の床にシミができる。私の視界にいつかのシルエットが映る。先輩のハンカチだ。
「これ……」
「……いいからこれでふけ」
 ああ、やさしっ。だからすきになったのだ。だからあきらめられなかったのだ。
「うわあぁぁぁぁん……」
 暫く、教室には私の嗚咽が響いた。


[六]
「『拝啓、私の大好きな先輩へ……』か。ははっ、どストレートだな』
 俺は引っ越し先のアパートで花崎から貰ったクッキーを食べながら、これまた花崎から貰った手紙を読んでいる。
 あの告白を受けた後、花崎は目を赤くしたまま俺にこの手紙とクッキーをくれた。曰く、ホワイトデーだそうだ。てかあいつバレンタインデーもくれたのに……。花崎はやけに世話焼きなところがあるからな。あのままもう一年、花崎と一緒に過ごしてたらどうなってたかも分からない。いや、これからだって分からない。あの花崎のことだ。さっとこちらに飛んできてもおかしくはない。
 なんて考えながらクッキーを貪る。このクッキーもそうだ。一番初めに花崎が作ってくれたものから随分と成長している。そうだ、あいつも頑張っているのだ。俺だって振ったからには精一杯勉強して教員試験受からないとな、って俺が言える義理ではないけど。
 ……花崎、元気にやってるかな。


「っくしゅんっ!」
「え、どした、一華?花粉症?」
「っなわけ。私生まれて花粉症なったこと一度もないよ」
「わかんないよ〜?大人になってからなる人もいるくらいだし」
 だとしたらこの先の運が大吉くらいでないと困る。一ヶ月に振られて、花粉症とかもう懲り懲りだ。
 あれからも私の学校生活は続き、無事(?)今日一年次の修了式を迎えた。振られた直後はご飯も碌に食べられなかったが、今ではこうして春香と元気に会話をしている。
「それで春香、今なんの話してたっけ?」
「だーかーらー!柔道部の先輩がカッコいいんだって!」
「ああ、その話だったね……」
「てか、一華の想い人はどうなったの?振られたんでしょ、次の人探さないの?」
「んーん、今は特に。なんかそゆう気分じゃない」
「なにー?まだ未練たらたらなのー?」
「そこまで言ってないって……」
 とは言いつつ、先輩が頭から離れないのは確かだ。でも、離さなくても良い気がする。あー、なんかよく分からないな。
……けれど、これだけは確かに言える。

ー先輩に出会えて良かった。先輩のことこれからも追いかけます。待っててください。先輩が振り向いてくれるその日まで私、頑張りますー

なんちゃって(笑)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?