『西郷隆盛は犬アレルギーだった』というラブストーリー/9月3日(日)〜9月9日(月)

9月3日(日)

11時ごろ起きてご飯を食べてから、もう一度眠る。寝ている間にトリプルアクセルを練習する夢を見る。夢の中では体が軽く、目覚めてもなお跳べる気がした。

9月4日(月)

読書。『問題=物質となる身体』(青土社、2021年)を読む。10頁しか進まず。かなりむずかしい。そしてこれは単著に活かせないかもしれない。21時に単著進捗報告会に参加し、参加者に相談して『問題=物質』を読むのは一旦やめることにした。どうなることやら。

9月5日(火)

友人と作業。単著作業は何度目かの迷子である。1時間ほど途方に暮れたように何もできない。意を決して友人に相談。最初はもやもやと、「もう書きたいことなどないかもしれない」と愚痴のような言い訳のようなことを言っていたのだが、途中から「でも実はこういうことが書きたくて」と流暢にしゃべりだして、我ながら驚きだった。道筋が見えた……そう思うのも何度目かわからないが、これでしばらく進めそう。参考文献リストもつくった。

9月6日(水)

斎藤美奈子『紅一点論』(ちくま文庫、2001年)の「はじめに」には斎藤の小学生時代のエピソードが綴られている。男の偉人はたくさんいるが、女の偉人は数えるほどしかいない。図書館の「偉人シリーズ」を見れば一目瞭然だ、と男の子に言われて喧嘩になったという話だ。この話は伏線として「あとがき」で回収される。

「男が偉いんだよ、世の中は」といわれて喧嘩になった話を冒頭でした。あれにはじつは後日談があって、よーし、じゃあちゃんと決着をつけようじゃないか、ってなところまで話は発展したのである。「男の偉人」と「女の偉人」を集めてきて数を競う。意外にも、結果は僅差。敵のリストは八〇人、私たちのは七〇人くらいだったろうか。
「まあ、引き分けだな」と妥協案を持ち出した敵のチームに、わが軍はなおも食い下がった。男の偉人はいくらでもいるのに、あんたたちのリストはそれっぽっち。それにひきかえ、あたしたちは、少ない中からこんなにたくさん集めてきた。調査能力の差を認めなさいっ!
 そんなことはすっかり忘れていたのだが、この本の資料を集めていて、唐突に思い出した。(318頁)

斎藤美奈子『紅一点論』(ちくま文庫、2001年)

斎藤美奈子は小学生の頃から斎藤美奈子だったのだなあと思いながら、小学生時代、男の子と毎日のようにかけっこ勝負をしていたのを思い出した。勝負するのが楽しかったのだ。

9月7日(木)

バイト。帰宅して同居人と話す。わたしの暮らすシェアハウスには現在わたしを含め3人が住んでいて、そのうちのひとりだ。今度共著が出版されるという話をすると、「俺とも共著出す?」と言ってくる。真顔なので一見わかりにくいのだが、もちろん冗談だ。「『西郷隆盛は犬アレルギーだった』っていうラブストーリーはどう?」とさらに畳みかける。ちょっと読みたい。

9月8日(金)

スケジュール帳を何度見てもこの先1ヶ月のスケジュールが詰まりすぎている。作業に集中できず、一日中途方に暮れる。そして徹マンへ。

9月9日(土)

呼び鈴で目を覚ます。宅配便だ。もう昼過ぎなので、そのまま起きる。仕事をする。夜、疲れたので洋風の居酒屋へ。パスタを注文する。金原ひとみ『デクリネゾン』(集英社、2022年)を読んでいるのだが、この小説は飲みながら読みたい小説なのである。飲みながら読むと、当然進みは遅いのだが、スケジュールがパンパンなのであえてそうしているというのもある。忙しいときに禁欲的に仕事を進めてもどうせ続かない。
『デクリネゾン』の序盤のハイライトはバツ2の小説家である主人公が1度目の離婚のとき、離婚届を出したその日、傷心で、といってもすでに恋人がいたのだが、にもかかわらず、その日飲んだ編集者にそのまま家に誘われてタクシーを待っているとき、元夫から「一緒になってからの五年間は、俺の人生の中で最も幸せな時間だった。」というメールが入っているのが見えてタクシーに乗るのをやめる、というシーン。主人公は泣く。そして「自棄の果てに出産を控え里帰りをしている妻の居ぬ間に担当作家を家に連れ込もうとしていた最低な男と寝そうになっていた私」を元夫は救ってくれた、と回想する。
冷静に状況を想像すると、かなりしょうもないシーンである。自分の不倫が決め手となって離婚する、その離婚にダメージを受けている、そしてその日に飲んだやつと、しかも仕事相手と……一つひとつがしょうもない。しかもしょうもなさのスケールが小さい。けれどわたしはこういうしょうもなさにグッと惹かれることがある。映画『親密さ』(監督:濱口竜介)を観たときにも似たようなことを思った。両方とも、安っぽい演出でいかにも美しいシーンのようにしている。しょうもないのに。そういうものを見せられると、どうしようもなく愛おしいと思って興奮してしまう。わたしが『デクリネゾン』の登場人物だったら、主人公のことを殴りたくてうずうずするだろうけど、わたしは登場人物ではなく読者なので、そういう気持ちが起こらない。

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