見出し画像

感染症診療に役立つ微生物の基礎知識

こんにちは。Dr.Kです。大学病院に勤務しながら、感染症に関する知識の啓発を行っています。

今日は「感染症診療に役立つ微生物の基礎知識」についてです。
感染症の勉強をするにあたって、微生物に関する知識が苦手という方は多いのではないでしょうか?
菌の種類が多くて覚えられない、ラテン語の読み方がわからない、そもそも興味がない、このように感じている医療従事者は少なくないと思います。

「肺炎ならセフトリアキソンを使えばいい」
「尿路感染症ならセフメタゾールを使い、CRPが高ければメロペネムに切り替える」
「発熱があれば、とりあえずメロペネムを使っておけば大丈夫だ!」
これは極端な例かもしれませんが、実際にこのような考えを持つ医師を見かけることは珍しくありません。

感染症診療の原則として重要なのは、感染臓器の特定起因微生物の推定適切な抗菌薬の選択の3点です。これらのうち、真ん中に位置する微生物を無視して診療を行うことは、適切な感染症診療とは言えません。
また、「尿路感染症と思ってセフメタゾールを使っているが、解熱しない...よし、メロペネムに変更だ!」というように、安易に広域抗菌薬に頼る診療を繰り返していると、いずれ耐性菌を生み出すことにもつながりかねません。

本稿では、微生物の知識をできるだけ簡潔にまとめ、理解しやすい形で説明することを目的としています。微生物を大まかに4つに分類して解説しています。

微生物の分類

なお、グラム染色の写真は以下のサイトから引用させていただいています(管理人の許可を得ています)。アプリもありますので、ぜひご活用ください。


グラム染色について

まず初めに、微生物を理解する上で非常に有用なのがグラム染色です。グラム染色は、細菌を染色性(陽性・陰性)と形態(球菌・桿菌)で大きく4つのグループに分類するための染色法です。

グラム陽性球菌(GPC)
ブドウ球菌(Staphylococcus属):ブドウの房状のクラスターを形成
連鎖球菌(Streptococcus属):連鎖状に並ぶ

グラム陽性桿菌(GPR)
芽胞形成桿菌(Bacillus属、Clostridium属)
非芽胞形成桿菌(Corynebacterium属、Listeria属)

グラム陰性球菌(GNC)
Neisseria属(淋菌、髄膜炎菌)
Moraxella属

グラム陰性桿菌(GNR)
腸内細菌科(Enterobacteriaceae):大腸菌、クレブシエラ属、プロテウス属など
ブドウ糖非発酵菌:緑膿菌、アシネトバクター属など

デンマークの医師であるハンス・クリスチャン・グラムが1884年に開発した方法で、現在でも細菌の同定や感染症の診断に広く用いられています。簡単にいうと紫色に染める→アルコールで脱色→赤色に染める方法です。

そもそも、グラム陽性菌と陰性菌の違いは何でしょうか?
グラム陽性菌は厚い細胞壁を持っているのに対し、陰性菌は薄い細胞壁の外側に外膜を有しています。そのため、グラム陰性菌の細胞壁はアルコールで脱色されやすく、グラム陽性菌の細胞壁は脱色されにくいという特徴があります。

グラム陽性菌と陰性菌

喀痰や尿などの検体を実際に染色することで、微生物を顕微鏡で直接観察することができます。
グラム染色の利点は、培養検査と比較して短時間で結果が得られること、起因菌の大まかな推定ができ抗菌薬の選択に役立つこと、特別な機器を必要とせず低コストで実施できること、治療効果の判定にも利用できることです。
一方で、欠点としては、菌数が少ないと検出できない(10^5CFU/mL以上の菌量が必要)、染色性の低い菌種が存在する、検査者の技量によって成績にばらつきが生じることが挙げられます。
しかし、グラム染色を行わずして適切な感染症診療は成り立たないと言っても過言ではありません。

グラム陽性球菌

4つのグループの中でも、臨床的に重要な菌として、グラム陽性球菌とグラム陰性桿菌が挙げられます。グラム陽性球菌は、菌の配列パターンからブドウの房状のCluster(ブドウ球菌)と連鎖状のChain(連鎖球菌)に分類されます。

ブドウ球菌(staphylococcus属)

ブドウ球菌には、黄色ブドウ球菌とコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CoNS)が含まれます。コアグラーゼとは酵素の一種で、血漿中のフィブリノーゲンをフィブリンに変換することで、血液を凝固させます。これにより、菌の周囲にフィブリンの防御壁が形成され、菌は宿主の免疫機構から保護されます。黄色ブドウ球菌(S. aureus)はコアグラーゼを産生する一方、S. aureus以外のブドウ球菌は産生せず、CoNSと総称されています。S. aureusはこの特性により、他のブドウ球菌と比べて病原性が強いとされています。S. aureusとCoNSをグラム染色で見分けるには"プリっとサイン"などの方法がありますが、判別が難しいこともあります。

喀痰の黄色ブドウ球菌
血液の表皮ブドウ球菌(CoNS)

黄色ブドウ球菌(S. aureus)

黄色ブドウ球菌(S. aureus)が原因となる主な感染症には、皮膚軟部組織感染症、骨髄炎、化膿性関節炎、敗血症、カテーテル関連血流感染症、手術部位感染、感染性心内膜炎などがあります。

黄色ブドウ球菌は、抗菌薬に対する感受性の違いから、ペニシリナーゼ非産生MSSA、メチシリン感性黄色ブドウ球菌(MSSA)、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の3種類に分類されます。ペニシリナーゼ非産生MSSAはペニシリン系薬が有効ですが、現在では5-10%未満とされています。ペニシリナーゼの確認にはZone Edge Testなどがあります。

MSSAはペニシリナーゼ産生株で、セファゾリンが第一選択となります。MRSAはβラクタム系抗菌薬の標的であるPBP2が変異しているため、MRSA専用の抗菌薬が必要となります。バンコマイシンが第一選択薬として用いられ、テイコプラニン、リネゾリド、ダプトマイシンも有効とされています。

メチシリン感受性、耐性に関わらず、黄色ブドウ球菌感染症は難治性で再発しやすい特徴があるため、感染巣の十分な検索異物の抜去長期間の抗菌薬投与が必要となります。

コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CoNS: Coagulase-negative staphylococci)

CoNSは、ブドウ球菌属のうち、コアグラーゼを産生しない菌種の総称です。主な菌種には、S. epidermidis、S. saprophyticus、S. hominis、S. haemolyticusなどが含まれます。

CoNSは皮膚や粘膜の常在菌ですが、免疫不全患者や医療デバイス留置患者では日和見感染症の原因となります。特に、カテーテル関連血流感染症や人工関節感染症などの人工物関連感染症において重要な役割を果たしています。

診断には複数セットの血液培養や人工物の培養検査が用いられ、治療にはバンコマイシンなどの抗菌薬が選択されます。メチシリン耐性株が多いため、β-ラクタム系薬の使用は制限されます。人工物関連感染症では、人工物の抜去が必要な場合もあります。

連鎖球菌(streptococcus属)

連鎖球菌は、菌の長さ(long chainとshort chain)と溶血性の違いによって分類されます。Long chainにはα溶血性とβ溶血性を示すものがあります。Short chainには、肺炎球菌や腸球菌などが含まれます。
溶血性の強さは病原性の目安となり、β>>α>γの順に高いとされています。
「群」はLancefield分類と呼ばれ、病原性の強いβ溶血性レンサ球菌を血清学的に分類したものです。
α溶血性を示す菌(口腔内常在菌)は通常弱毒ですが、肺炎球菌は例外的に強い病原性を示します。

連鎖球菌の分類
血液のStreptococcus gallolyticus(long chain)
喀痰の肺炎球菌(short chain)

肺炎球菌

肺炎球菌はα溶血性連鎖球菌ですが、病原性は高く、肺炎、髄膜炎、副鼻腔炎、中耳炎などの原因菌となります。市中肺炎や細菌性髄膜炎で最も頻度が高い起炎菌ですが、検体の種類によって薬剤感受性の判定基準が異なるため注意が必要です。一般的に抗菌薬感受性は良好ですが、ペニシリン低感受性肺炎球菌(PISP)、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)が問題となっています。肺炎球菌感染症の場合、髄膜炎とそれ以外の感染症で抗菌薬のMIC (最小発育阻止濃度) のブレイクポイントが異なります。

肺炎球菌のMICブレイクポイント

髄膜炎以外の感染症ではペニシリン系薬でも治療可能なことが多いとされています。メロペネムの感受性は意外と低いことに注意が必要で、PRSPや中枢神経感染症ではセフトリアキソンによる治療が推奨されます。

MICについて

ここでMICについても補足説明させていただきます。

MIC(Minimum Inhibitory Concentration)は、最小発育阻止濃度と呼ばれ、細菌の増殖を阻止するために必要な抗菌薬の最低濃度を指します。MICを測定することは、適切な抗菌薬の選択、耐性菌の同定、およびアンチバイオグラムの作成などに役立ちます。

薬剤感受性検査には、微量液体希釈法とディスク拡散法が広く用いられています。日本の多くの医療機関では、米国の臨床検査標準化機構(Clinical and Laboratory Standards Institute: CLSI)の推奨に基づいた微量液体希釈法が実施されています。この方法では、抗菌薬が倍々希釈されたマイクロプレートに菌液を接種し、一定時間培養後に発育が阻止された最小の抗菌薬濃度をMICとして求めます。例えば、1μg/mLの濃度では微生物が発育するが、2μg/mLで発育が阻止された場合、MICは2となります。

MICの測定

近年、これらの作業を自動で行う機器が普及しており、薬剤感受性測定自動機器ではマイクロプレートの凝集反応(混濁)を画像判定することで、自動的にMIC測定が行われます。測定されたMICや阻止円の直径がCLSIの推奨する「ブレイクポイント」と比較され、低ければ感性(susceptible: S)、高ければ耐性(resistant: R)、感受性と耐性の間は中間(intermediate: I)と判定されます。

ブレイクポイントは、in vitroの薬剤感受性検査結果に加え、菌種、抗菌薬ごとの薬物動態学、薬力学、臨床的有効性などを総合的に判断して定められた、治療効果を予測するための基準値です。CLSIの推奨は数年に1回大きく改定され、ブレイクポイントは毎年見直しが行われ、正式な改訂は年1回行われます。このブレイクポイントは、各抗菌薬が最適な投与量と投与間隔で投与された場合の有効性・無効性を判断する基準であり、臨床的な有効性を重視した判定基準と言えます。医療機関によっては、アップデートされずに過去の判定基準が使用されている場合があるため、確認が必要です。

連鎖球菌

Streptococcus属の中で重要なのは、病原性が高くβ溶血性を示すA群(S. pyogenes)、B群(S. agalactiae)、C/G群(S. dysgalactiae)です。
A群(S. pyogenes)は咽頭炎、膿痂疹などの皮膚感染症、猩紅熱、劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)、感染性心内膜炎などの原因菌となり、いわゆる「人喰いバクテリア」と呼ばれています。近年これらの感染症が増加しており、ニュースでもよく報道されています。

B群(S. agalactiae)は新生児や高齢者の髄膜炎、敗血症の原因菌であり、妊婦の産道に定着していると新生児への垂直感染を引き起こします。成人では骨関節感染症、感染性心内膜炎の原因菌ともなります。C群、G群はA群に類似した病原性を示しますが、やや弱いとされています。

α溶血性レンサ球菌は不完全溶血により緑色の溶血環(α溶血環)を形成します。S. mitis、S. anginosus、S. mutans、S. salivarius、bovisなどのグループに分かれ、緑色連鎖球菌(viridans streptococcus)と呼ばれることがあります。口腔内常在菌であり、病原性は低いため、喀痰から検出されてもほとんどの場合は起炎菌ではありません。ただし、Anginosus groupは肺化膿症や膿胸の原因菌となることがあります。血液培養で検出された場合は、感染性心内膜炎を疑う必要があります。基本的にはペニシリン系薬が第一選択となりますが、感染性心内膜炎の場合は、アミノグリコシド系薬の併用を検討します。

腸球菌(Enterococcus属)

尿の腸球菌

腸球菌は腸管内に常在するグラム陽性球菌で、非溶血性(γ溶血性)を示します。腸内細菌叢の構成菌であり、日和見感染症の原因菌となります。バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)が世界的に問題となっており、尿路感染症、腹腔内感染症、感染性心内膜炎などの原因菌となります。セフェム系薬がまったく無効なことに注意が必要です。E. faecalisはペニシリン系薬(アンピシリンが第一選択)が有効ですが、E. faeciumはペニシリン系薬も無効で、バンコマイシンが第一選択となります。

グラム陰性桿菌(GNR)

グラム陰性桿菌(GNR)は、形態学的特徴から腸内細菌科細菌とブドウ糖非発酵菌に大別されます。
一般的に、腸内細菌科細菌は「濃く太く短い」、ブドウ糖非発酵菌は「薄く細く長い」ことが多いのですが、検体の種類(血液、尿など)によって形態が大きく異なることがあるため、慎重な判断が求められます。
臨床的に重要な腸内細菌科細菌には、大腸菌、クレブシエラ属、プロテウス属などが、ブドウ糖非発酵菌には緑膿菌やアシネトバクター属などが含まれます。

尿の大腸菌
尿の緑膿菌

そもそも「腸内細菌科」とはなんなのでしょうか?よく耳にする「腸内細菌」とは似て非なるものです。「腸内細菌」という言葉は、大腸菌、嫌気性菌、腸球菌、乳酸菌など腸管内に存在するすべての細菌を指す俗称です。一方、「腸内細菌科」はグラム陰性通性嫌気性桿菌で、オキシダーゼ陰性、硝酸塩を亜硝酸に還元するといった特徴を有する細菌の総称です。腸管内には多種多様な細菌が存在し、その細菌叢は糞便と同様とされています。1 gの糞便中には10^10~10^11個もの細菌が存在しますが、そのほとんどBacteroidesを主とする偏性嫌気性菌であり、大腸菌を含む腸内細菌科の菌は全体の1%にも満たないのが実情です。

ここで、偏性(strict)と通性(facultative)の違いについて説明しましょう。偏性とは、ある特定の条件下でのみ生育可能で、その反対の条件では生きられないことを意味します。一方、通性とは、通常はある条件を好むものの、生存のために反対の条件にも適応できることを指します。例えば、大腸菌は通性嫌気性菌、緑膿菌は偏性好気性菌、Bacteroidesは偏性嫌気性菌、Candidaは通性好気性菌、結核菌は偏性好気性菌ですが通性細胞内寄生菌でもあります。

腸内細菌科細菌

腸内細菌科細菌の代表格は何と言っても大腸菌(E. coli)です。正常な腸内細菌叢の中で最も多く、多くの感染症において起炎菌の第1位を占めています。βラクタマーゼ非産生株で感受性があれば、アンピシリンでも治療可能です。しかし近年、基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生株による市中感染症が増加しており、ペニシリンやセフェム系薬に広範な耐性を示すため問題となっています。

βラクタマーゼとは?

βラクタマーゼとは、βラクタム系抗菌薬を加水分解する酵素の総称で、多くの細菌の薬剤耐性化に関与しています。βラクタマーゼには多様な種類が存在しますが、その中でもESBL産生菌は特に重要です。

βラクタマーゼの種類

本来ペニシリンのみを分解するペニシリナーゼが、基質特異性を拡張して広域セフェム系薬まで分解するようになったものがESBLです。細胞質内の耐性遺伝子によって媒介されるため、細菌間で伝播しやすいという特徴があります。したがって、ESBL産生菌の伝播を防ぐには、標準予防策の遵守が重要となります。ESBL産生菌による感染症の治療には、軽症例ではセフメタゾール、重症例ではカルバペネム系薬が選択されます。

もう一つ重要なβラクタマーゼとして、AmpC型(クラスC)βラクタマーゼが挙げられます。クラスCβラクタマーゼは主にセフェム系薬を分解するもので、その基質特異性が広域セフェム系まで及んだものがAmpC型βラクタマーゼです。セラチア属、エンテロバクター属、シトロバクター属などが染色体性に保有しており、第1~3世代セフェム系薬に曝露され続けると過剰産生するようになり、誘導耐性を示すことがあります。つまり、当初は感受性を示していても、使用を続けているうちに耐性化するのです。AmpC型βラクタマーゼ産生菌による感染症の治療には、セフェピム、カルバペネム系薬、ニューキノロン系薬などが選択されます。

これらのβラクタマーゼの頻度は施設間でも大きく異なるため、「大腸菌の抗菌薬といえばこれ!」と一概に言うことができません。例えばESBLの割合が低い施設ではセフトリアキソンが第一選択薬となりますが、ESBLの割合が高い施設ではセフメタゾールなどが第一選択薬となってきます。これらの頻度は院内のアンチバイオグラムを参照するのが重要です。アンチバイオグラムとは院内(地域)で検出された各細菌ごとの抗菌薬の感受性率を集積し、そのデータを表にしたものです。見たことがない人は一度見てみることをお勧めします。

ブドウ糖非発酵菌

ブドウ糖非発酵菌は好気性菌で、緑膿菌やアシネトバクター属などが含まれます。好気性菌であるため、通常は血液培養の好気ボトルからのみ発育し、腸内細菌科細菌との重要な鑑別点となります。院内感染症の代表的な原因菌であり、SPACEに含まれています(SPACEに関しては後述)。これらは日和見感染症の原因菌であり、健常人や市中感染症での検出頻度は低いとされています。市中感染症で考慮すべき患者は、免疫不全者3か月以内の入院歴がある患者最近抗菌薬投与を受けた患者などです。

グラム陰性桿菌の鑑別には、グラム染色所見である程度の判別が可能ですが、生化学的性状の確認も必要です。ブドウ糖非発酵菌は臓器特異性が乏しく、薬剤耐性度が高いという特徴があります。当初は感受性を示していても、治療中に耐性を獲得する可能性もあるため注意が必要です。細菌検査で「非発酵菌」と中間報告され、抗菌薬の選択や治療を急ぐ場合には、細菌検査室に確認することをお勧めします。遺伝子検査ができる病院では、血液培養が陽性となった場合、遺伝子学的同定により陽性判明日のうちに菌種と耐性遺伝子の有無がわかることもあります。

グラム陰性桿菌の分類

SPACE

グラム染色とは別に、グラム陰性桿菌で重要なのは、院内感染の原因菌となりうるSPACE(セラチア属、緑膿菌、アシネトバクター属、シトロバクター属、エンテロバクター属)です。これらの菌による感染症の治療には、抗緑膿菌活性を有する抗菌薬の使用が推奨されています。SPACEの各菌種は病原性こそ弱いものの、耐性化傾向が強いという特徴があります。多くの市中感染症では通常治療対象とはなりませんが、経験的治療の際には使用可能な抗菌薬が抗緑膿菌活性を有するものに限定されます。逆に、抗緑膿菌活性を有する抗菌薬は、SPACEをカバーする必要がない場合は原則として使用すべきではありません

インフルエンザ菌とモラキセラ(HaM)

肺炎の起因菌として重要なのが、インフルエンザ菌とモラキセラ・カタラーリス(HaM)です。モラキセラはグラム陰性球菌ですが、便宜上ここで取り上げています。

インフルエンザ菌には莢膜の有無により2つのタイプが存在します。莢膜を有するタイプの中で最も重要なのが血清型b型で、Hibと呼ばれています。
Hibは主に2歳未満の小児の髄膜炎や、2~7歳の急性喉頭蓋炎の原因菌となります。Hibワクチンの接種により予防可能です。
一方、莢膜を持たない血清型別不能株はNTHiと呼ばれ、小児中耳炎の3大起因菌の1つ(他は肺炎球菌とモラキセラ)であり、成人では副鼻腔炎やCOPD急性増悪の原因菌の1つ(上気道の常在菌)となります。本邦ではBLNAR(Beta-Lactamase Negative ABPC-Resistance)と呼ばれる耐性菌が増加しており、セフトリアキソンが第一選択となります。

モラキセラ・カタラーリスはグラム陰性の双球菌で、ブランハメラ・カタラーリスとも呼ばれます。小児(~75%)の鼻腔内や咽頭に定着しており、小児中耻の3大起因菌の1つ(他はインフルエンザ菌と肺炎球菌)です。
成人での定着率は低い(1~3%)ものの、COPD急性増悪の起因菌の1つで、頻度はインフルエンザ菌に次ぐとされています。
本菌は基本的にペニシリナーゼを産生するため、ペニシリンGとアンピシリンには耐性を示します。アンピシリン/スルバクタムやセフトリアキソンが第一選択となります。

嫌気性菌

嫌気性菌は、グラム染色での検出頻度が低く、培養でも発育しにくい菌です。膿瘍性疾患の治療において考慮する必要があります。
横隔膜より上の嫌気性菌(Peptostoreptococcus、Fusobacterium、Prevotellaなど)はβラクタマーゼを産生しないため、通常のβラクタム系抗菌薬で治療可能です。
一方、横隔膜より下の嫌気性菌(主にBacteroides fragilis)はβラクタマーゼを産生するため、アンピシリン/スルバクタム、セフメタゾール、ピペラシリン/タゾバクタム、メロペネム、メトロニダゾールなどの使用が効果的とされています。

嫌気性菌感染症は通常の培養検査では検出されないことが多いため、膿瘍や腹腔内感染症など嫌気性菌の関与が疑われる感染症では、経験的に治療対象とする必要があります。具体的には、脳膿瘍、慢性副鼻腔炎、深頸部感染症、肝胆道感染症、腹腔内感染症、糖尿病性足壊疽、壊死性筋膜炎などが挙げられます。

その他

そのほかの菌については簡潔に紹介だけします。

グラム陽性桿菌(GPR)

  • Clostoridium属

    • C. perfringens: ガス壊疽、壊死性筋膜炎、敗血症の原因菌。治療にはペニシリンGやクリンダマイシンを使用。

    • C. tetani: 破傷風の原因菌。神経毒素を産生し、強直性痙攣を引き起こす。治療には破傷風免疫グロブリンや抗菌薬(ペニシリンGなど)を使用。

    • C. botulinum: ボツリヌス中毒の原因菌。神経毒素を産生し、弛緩性麻痺を引き起こす。治療にはボツリヌス毒素抗血清を使用。

  • Bacillus cereus: 食中毒の原因菌。下痢型と嘔吐型の2つのタイプがある。通常は自然治癒するが、補液などの対症療法を行う。カテーテル関連血流感染症の原因となることも。

  • Listeria monocytogenes: 髄膜炎、敗血症、母体感染による新生児感染などの原因菌。妊婦や新生児、免疫不全者で重症化しやすい。治療にはアンピシリンやゲンタマイシンを使用。

  • Corynebacterium属

    • Corynebacterium striatum: 日和見感染症(敗血症、肺炎、創部感染など)の原因菌となる。

    • Corynebacterium diphtheriae: ジフテリアの原因菌。上気道感染症を引き起こす。毒素を産生する株による感染が重篤。治療にはジフテリア抗毒素や抗菌薬(ペニシリンGやエリスロマイシンなど)を使用。

グラム陰性球菌(GNC)

  • Moraxella catarrhalis: 上述の通り。小児の中耳炎や成人の下気道感染症の原因菌。β-ラクタマーゼを産生することが多く、アモキシシリン/クラブラン酸やセフェム系薬を選択。

  • Neisseria gonorrhoeae: 淋病の原因菌。尿道炎、子宮頸管炎などを引き起こす。治療にはセフトリアキソンやアジスロマイシンを使用。

  • Neiseria meningitidis: 髄膜炎の原因菌。敗血症を伴うこともある。治療にはセフォタキシムやセフトリアキソンを使用。

細胞内寄生菌

  • Chlamydia trachomatis: クラミジア感染症(性感染症)の原因菌。尿道炎、子宮頸管炎などを引き起こす。治療にはアジスロマイシンやドキシサイクリンを使用。

  • Chlamydophila pneumoniae: 肺炎の原因菌。マクロライド系薬やテトラサイクリン系薬が有効。

  • Chlamydophila psittaci: オウム病の原因菌。肺炎や全身感染症を引き起こす。治療にはテトラサイクリン系薬を使用。

  • Mycoplasma pneumoniae: 非定型肺炎(マイコプラズマ肺炎)の原因菌。主に小児や若年成人に多い。治療にはマクロライド系薬やテトラサイクリン系薬を使用。

  • Legionella pneumophila: レジオネラ肺炎の原因菌。重症化しやすく、致死率が高い。治療にはキノロン系薬やマクロライド系薬を使用。

最後に

以上、細菌感染症の原因菌について概説しました。原因菌の種類は多岐にわたりますが、グラム染色所見と感染臓器から原因菌を推定し、適切な抗菌薬を選択することが肝要です。また、耐性菌の増加を防ぐためにも、広域抗菌薬の安易な使用は慎むべきでしょう。正しい微生物学的知識を身につけ、適切な感染症診療を心がけていただければと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?