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楽天が売るがんの薬

楽天市場でオンラインショッピングをされる方も多いでしょう。たくさんの店舗が楽天市場に所属しており、HPの情報によると、商品数はトータルで1億9千点を超えるとのことです。

その楽天が、なんと、がんを治療する薬を売ることになったということです。それも、その薬の臨床試験から自分たちで進めて、医薬品としての承認を規制当局から得たというのだから驚きです。

といっても、これは楽天の本体ではなく、楽天の関連会社である楽天メディカルという会社の話です。

関連会社とはいえ、楽天の創業者である三木谷 浩史氏が、その会長 兼 CEOを務め、陣頭で指揮をとっています。

もともと、この会社は、アメリカのサンディエゴにあるアスピリアン・セラピューティクス社という会社だったそうですが、2016年に三木谷氏が個人で出資して経営に参画し、さらに三木谷氏の主導で大きな資金調達を果たして、2019年に楽天メディカルと社名を変えたそうです。個人資産を中心に数百億円を投じてきたということですから、その熱の入りようというか、入れ込み方の強さがわかります。

何がそこまで三木谷氏を熱くさせたかというと、それは、この会社が開発を進めていたイルミノックスという技術です。これは、これまでにはなかった、まったく新しいメカニズムのがんを治療する薬を作る技術です。

具体的に言うと、これは、がん細胞に結合する抗体と、光(レーザー)によって活性化する化合物を結合させた、一種の抗体医薬になります。

抗体というのは、もともとはウイルスや細菌などの感染に対して対抗するために、体の中で作り出される物質です。ウイルスや細菌に特異的にくっついて、これらを排除することができます。これを人工的に改変し、がん細胞などの病気の細胞にくっつくようにしたものが、最近、多くの病気の治療に使われるようになってきました。

抗体が主体である医薬品なので、抗体医薬と呼ばれます。

抗体医薬が広く様々な病気に使われるようになったのは、ある特定の物質(抗原と呼ばれます)に非常に特異的に結合するという良い性質が抗体にあるためです。このため、例えば、がん細胞にだけ存在するような抗原にくっつく抗体医薬を作れば、他の正常の細胞には影響を与えずに、がん細胞だけを攻撃するような薬を作ることができます。

抗体に細胞を殺す薬を結合させた抗体医薬があり、これは抗体薬物複合体ADC/Antibody Drug Conjugate)と呼ばれます。実はADCという薬のコンセプトは古くからあり、たくさんの開発がこれまで試みられてきたのですが、成功するものはあまりありませんでした。その一つの理由は、それらのADCは期待したほどにがん細胞を特異的に攻撃することができず、正常細胞も痛めつけてしまうという副作用が出てしまったことです。

抗体に結合させた薬は非常に強い細胞を殺す作用を持ちます。それはがんを確実に殺してしまいたいためです。そして、抗体ががん細胞の抗原に結合すれば、そのがん細胞を効率的に攻撃することができますが、なにぶんにもその薬の細胞を殺す力が非常に強いために、ある程度は正常細胞にもダメージを与えてしまう、ということが起こってしまいました。その副作用のために、開発が失敗するということが頻発しました。

しかしながら、最近では、様々な技術的な改良によって改善され、この正常細胞への毒性という副作用が減ってきています。そのために、成功するADCが連発するようになってきており、特にここ数年は、ADCという領域が、がん治療薬の世界で、再度、活性化してきているという状況です。

この点は、別に記事を書いているので是非ご覧ください!

抗体薬物複合体(ADC)医薬、ついに花開いたか!

エンハーツ(第一三共)の快進撃!:Antibody Drug Conjugate(ADC)

もう一つのすごいADC(抗体薬物複合体医薬):トロデルヴィ


楽天メディカルの「イルミノックス」は、ADCの一種ではありますが、抗体に結合させている薬(IR700)の方は、そのままでは細胞に対して毒ではないものになっています。抗体ががん細胞にくっつき、そこにレーザーを当てたときだけその薬が活性化して、がん細胞を殺すことができるという、非常にうまいトリックが仕込んであるのです。抗体とレーザー照射の二重の特異性で、正常細胞を守り、がん細胞だけを殺せるようになっています。

海外で行われた第2相の臨床試験では、頭頸部がんと呼ばれるがんの患者さん30人にこの薬が試されました。その結果、13人に治療効果があり、うち4人は完全奏功という、がんがほとんどなくなる状態にまでなるということが示されました。これらの患者さんのがんは進行性であり、他には治療の手段がないという状態の人たちであったことを考えると、この作用は非常に優れたものだということができます。

期待が持てる薬ですが、なにぶんにも臨床試験で試された人数が少ないことから、今回の承認は、条件付きの早期承認という位置づけです。

今後、実際の治療薬としてもっと多くの患者さんに使われていく中で、それが本当によく効くということを証明していくことが求められています。また、薬を注射した後に、レーザーをがんに照射する必要があるので、この特殊なレーザー照射装置を持ち、またそれを使いこなせる医師がいる病院でないと使えないという制約があります。

まだ課題はありますが、これまでにない、まったく新しいメカニズムで、副作用が少なくがんを攻撃する作用が強い薬となる可能性が示されたことは、大きな進歩であると思います。

三木谷氏は、すい臓がんになってしまった父親を救いたいという一心で、様々な技術を探し回り、このイルミノックスに巡り合ったということです。

医療の分野には素人であるにも関わらず、このような非常に高度で最先端の医療技術のポテンシャルをかぎ分け、それに大金をつぎ込んで成功させた、そのセンスは、すごいの一言に尽きます。本業のインターネットモールに関しても、発足当時、多くの専門家がうまくいかないと批判する中で、その将来性を見抜き、進めていった結果、現在の楽天の成功があります。本物を見極める能力というのは、専門的な知識のあるなしにはあまり関係がないことなのかもしれませんね。

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