生きて

とある時代、どこかの世界にあるありふれた戦場
人間と異種族による争いは絶えることなく、その日は夜明け近くまで続いていた

「シン!聞こえているか!シン!」

黒い鎧を纏った人物が、誰かの名前を喉が枯れるほど大きく張り上げた声で呼ぶ。

「シン!……ッッ!」

微かに大地を照らす太陽の光を頼りに目の前に広がる、グロテスクな戦場を見て言葉を失った。
血を流して倒れる人間、傷だらけでもなお戦おうとするエルフ、剣を振り回す人間に襲いかかる吸血鬼……

(シン!……どこだ)

戦い傷つけあう者たちを尻目に、黒い鎧は戦場を駆け抜け森に向かう。
森の中も悲惨な状況だった、激しく抵抗されたであろう人間なのか異種族なのか区別も付かない遺体、真紅に染った木々、折れた剣・槍・弓矢……

「シン!返事をしろ!」

森の奥へズンズンと足を踏み入れつつ、なおも叫び続けた
進む度に、遠くから怒号や悲鳴、叫び声が聞こえてくる。
それと同時に

「ッ!」

矢に投げナイフと言った飛び道具、土や石なども飛んでくる
果ては敵味方関係なく狂人が襲いかかってくる。

「邪魔するなぁ!」

突っ込んでくる相手を血溜まりの中に力強く押し飛ばし、腹に蹴りを入れ、壊れた獲物で相手を屠り、顔面を殴り気絶させ、歩き続ける
進めば進むほどに、血溜まりが多くなり壊れた獲物も増えていく。
特に異種族の痛いが割合として多くなっていく為、濃い血の匂いが鼻腔をツンと刺激する。

(コレは、酷い)

恐らく異種族側の陣営だったのだろうテントが燃え、オークやゴブリンの遺体が山のようになっていた。
黒い鎧は、人々が奥に向かって行ったあとを辿りつつ声を張り上げながら「シン」を探し続けた、そして……やっと

「シン!」
「し……しょ」

目の前に倒れている彼は身体中から血を流し、息も絶え絶えに黒い兜に手を伸ばしていた。

「顔を、見せてください」
「……」

黒い鎧は無言で兜を外して見せた、兜の下は白髪にピンと尖った耳、緑の瞳が特徴的な整った顔立ちの男性だった。

「シン、いい加減認めろ…吸血鬼になれ俺と共に生きろ!」
「ダメです、クロム……私は人間として、生ききりたいんです」
「……意固地な弟子だな、最期まで」
「いいじゃ、ないですか……あなたの愛した……可愛い弟子ですし…」
「バカ野郎、こんな時までふざけてられる余裕ねぇだろ」

クロムの声は途中から涙を混ぜた泣き声に変わり、シンの胸に顔を埋めた。
シンは彼の頭を撫でながら、頼み事をした

「クロム…お願い、聞いて」
「分かった答えてやる、なんだ?言ってみろ」
「おやすみの、キスしてください」
「!」

それは、初めてクロムとシンが夜を迎えた時の事だった。

「師匠は寝ないんですもんね」
「ん、まぁな……だが最愛の弟子であるお前に『良いこと』を教えてやろう!」
「え?!なんですか!」

クロムはシンの髪に手を添えて、優しくキスをした

「『おやすみのキス』ってやつだ」
「………」
「シン、もしかして初めてだったか?ってか俺じゃ嫌だったか?」
「嫌じゃないです…ただ、もう一回してもらえまさんか?」
「マジか……じゃあ、もう一回な」

クロムは葛藤した
シンのリクエストに答えれば彼は満足して冥界に旅立つことが出来るだろう、だけど吸血鬼である以上『二度と抱きしめることも、キスをすることもできなくなる』そんな哀しみを背負いながら生きていくのは耐えられない。
考えて出した答えは……

「シン、すまない!今はできねぇ」
「し……」
「でも、唯一愛した弟子の願いだ…いつか必ずしてやる!絶対だ約束してやる神に誓っても良い、何度だって生まれ変わって形は変わっちまうかも知れねぇけど、お前の仲間になって恋人になって、どれだけお前が嫌だと言っても何度だってキスでもなんでもしてやる!」
「師匠……クロム愛してます」
「俺も、愛してるよシン」

力強く抱きしめた身体から力が抜け、筋肉が硬直していくのが分かる。
体温も徐々に下がっていき、冷たくなっていく
段々と夜が明けていくのも構わずにクロムはシンの肉体をずっと抱き締めていた。

「未来で先に待ってて、ずっとシンのこと探し続けるから」

夜が明け、太陽が森の中にある凄惨なキャンプ地を照らし始める。
シンを抱き締めていたクロムの身体は日光に照らされて塵になり宙に飛ばされて行った。

─── 現在 ───

桐山財団地下???階???

「本気で来い!霧雨ぇ!」
「本気でやってますよ!師匠が強すぎるんですよ!」

そこでは『チーム霧雨家リーダー』に任命された霧雨と、彼の師匠として鍛錬をつける『ハーフヴァンパイア』で遊撃手のネロ・アッキレの二人がいた。

「そもそも、獲物持ちの加減なしって時点で100%私の方が不利なんですけど」
「文句言える場合じゃあないだろう、ガジェット便りなだけで本人は何も出来ないんじゃあ生き残れないだろ…せめて近接格闘だけでもいいから克服しないとだろうが」
「それもそうですけど、もっと真心とかそういうのがあるじゃないですか」
「分かったよ、次の一本で今日は終わりにしてやるよ終わったら前みたいにキスでもハグでもしてやるよシン」

直後、霧雨の頭の上にはてなマークが浮かんだ

「? 私たちまだ付き合い始めたばかりですよね前って何時ですか?それに誰の名前ですか?」
「ん……?さぁ、誰だったかな」
「ご主人様と間違えてしまったんですかね」
「バカ野郎、忠誠を誓った主とんなことやったら執事長に殺されるわ」
「でも、師匠であり私の恋人なんですから……私が勝ったらリクエストの一つぐらい答えてくださいよ!」
「そういうでかい口を叩くのは、俺から一本取ってからにしろよ霧雨」

とある時代のどこかの世界にあったありふれた戦場
人間と異種族の争いは絶えることなく続き、最終的に異種族を滅ぼす形で人間が勝利を収めて幕を下ろした。
凄惨で悲痛な時代に絆を引き裂かれ、無惨にも亡くなった種族の壁を越えた二人の師弟は約束していた通り再び生まれ変わって次元を超えて巡り会い互いを支え合い補い合う形で今を生きている。
許されなかった愛のカタチが、やっと許される時代で世界で2人は生きている

とても愛しいことだ。

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