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安息日ノスゝメ

イスラエル人は兎に角おしゃべりが好きだ。友達のみならず親兄弟ともしょっちゅう会って会話をするのはもちろんのこと、電話でもよく話す。ちなみにイスラエル人はトイレで用を足しながらも電話で話をする。日本人にはかなり理解不能な習慣である。

何を話しているのかというと、ここ最近自分の周りで起こった出来事を中心にありとあらゆることを、そんなことまで?と横で聞いていて思うほど話している。何なら給料の額や家賃までもオープン。隠したところでイスラエルでは仕事も家賃も物の値段も相場があり、容易に推測できるため意味がないからだとは思うのだが、日本人が大変な秘密主義に思えるレベルで何でもかんでも話すのである。

さてそんなイスラエルでも電話をするのに気を遣わなければいけない時間があり、それが安息日、シャバットである。ユダヤ教では、金曜日の日没から土曜日の日没までが安息日となり、その間は一切の労働が禁止されているため、お店も公共交通機関も全てがクローズする。

敬虔な宗教人は携帯電話も使わず、電気のスイッチを入れたり消したりすることすら労働と見做されるためしないという徹底ぶり。安息日中にエアコンが誤作動し、真夏に温風が出てくる状態となり困り果てた宗教家に頼まれてスイッチを消してあげたら感謝された、等の経験を持つ日本人を含む非ユダヤ人は少なくない。

もちろん開いているお店もあるが、週末お店を開けるには倍の税金を払い、ワーカーにも倍の賃金を支払う必要がある。というわけでイスラエルの週末はセンター等一部の場所を除いて週末は家族や趣味の時間となり、平日の喧騒と打って変わって大変静かである。

現代イスラエル、特にテルアビブ市民はユダヤ教では禁止されている豚やイカタコエビも食べるし(なにせ数年前に初めてできた本格的なラーメン屋が豚骨ラーメン屋であった)、週末も好きなことをしているが、それでもやはりシャバットはゆっくりする時間だという認識は変わらないようだ。普段なら友だちから電話が来ると嬉しそうに応答している夫も、シャバットの特に早い時間に電話が来ると「ヘイヘイ・・・シャバットの朝になんだっていうんだよ?」などと言いながら嫌々ながら、といった様子で返事をしている。

イスラエル企業で働く殆どのワーカーの勤務日は日曜日から木曜日。しかしイスラエル以外の世界の殆どは土日が休みであるので、日曜日出社したところで銀行も取引先も開いていないため、やれることが少ない。なので日曜日は出社はするもののほとんど仕事をしないか、しても大変のんびりとしたものである。何なら日本でいう花金、木曜日の午後も似たようなもので、ワーカーはすでに週末気分で気もそぞろ。取引先の関係で、コールセンター等の顧客対応担当のワーカーは月曜日〜金曜日勤務のものもいるが、金曜日のイスラエルは午後4時までに殆どのお店が閉まり、公共交通機関が止まるため、勤務も午後2時頃までで終わるのだ。時に土日も出社の必要があることも珍しくない日本から見ると、驚くばかりの勤務状況である。

また、飛び石連休は全く仕事にならないため、ほとんどのワーカーが全休にする。私もイスラエルで働いていた時は、帰省にバケーションと何だかんだ年間2ヶ月は休んでいたが、みんなそうなので特に支障はなかった。イスラエル企業で働いて身に沁みてわかったことは、自分じゃなければ出来ない仕事なんてないということである。どこの会社も、誰かがいきなり1ヶ月休もうがいなくなろうが回るようになっている。それについてはそうであるべきだと思う。休めないって異常だよな、とすっかりイスラエルナイズされてしまった。

それで社会が回るのか?と言われれば、回っているし何なら経済成長もしている。自分の働いている会社を例に取っていうと、コロナ禍は最初の一月のみが減収となったがそれもその後1ヶ月でプラスに転じた。その後はコロナ以前の成長率以上に戻している。コロナ禍で分のあるオンラインの仕事だからとはいえ、完全リモートでこの成果。リモートにしたら効率が落ちるとか言う人も殆どいない。現に、コロナ禍でもイスラエルは過去最高数の上場企業を排出しているし、2010年代から現在にかけては常にプラス成長を記録しつづける高度成長期かつバブル期の真っ只中である。

では何が秘訣かと問われると、徹底した合理主義と変化に強い国民性に他ならない。カネにならないことには全く時間を割かない。お陰でカネにならない割にグチグチ文句ばかり多い傾向にある日本企業はすっかりイスラエル企業から見るといいお客ではなくなってしまった。近年、世界的なECサイトの殆どが機械翻訳を導入しているため、海外の通販サイトの日本語が変だということはよくあると思うが、日本以外の世界は分かればそれでいいと思っているのだ。実際世界的には高品質で堅牢だが高価な日本製品より、数年で壊れるがその間は十分使える安価な中国製品を選ぶ人のほうが多いのである。無論まだまだ日本製品のファンはいるが、そういった購買層にとっても日本製品はしばしばオーバースペックであると感じられている。

更に安息日やホリデーは全力で休むこともその秘訣の一つだろう。事実、今月頑張れば来月はバケーションだ、と思えば勤労意欲も湧く。メリハリって重要だなと思う。急に10日休めと言われて困る人も多い日本とは対照的である。イスラエル人なら明日から10日会社に来なくていいと言われたら、秒でチケット予約サイトを開きバケーション先へのチケット検索を始めるだろう。

イスラエルにはイスラエルの抱える問題があり、すべての面で日本より勝っているとは全く思わないのだが、労働環境に関しては圧倒的だ。よく休み、遊び、働く、素晴らしいじゃないか。日本時間の日曜午前3時に取引先の日本企業の担当者から送信されたメールを見ると、日本人も安息日導入しようぜ、といいたくなるのである。

※ 写真はテルアビブ南部のビーチ

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