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タチヨミ「コーヒーを飲みながら」㉕

「コーヒーを飲みながら」第1巻 第4章《未来へ》思惑

 昔、勤めていた職場に科学者の人がいて、その人が研究していた桑の葉の染色体の標本の写真を見せてくれた。ビーカーの中で着色された染色体は、薄い緑の蛍光色を帯びた姿を現していた。染色体は肉眼では見えないので、見えているのは染色体が束になったものだ。個が集まってできた全体は個と同じ形になるのではないかと思う。だからきっと1本の染色体もこれと同じだろう。私は感動して、それを見るために研究所に勤めたいと考えた。
その数年後、望みがかない短期間であるが研究所に勤めることが決まった。染色体の標本をいつ見ることができるのかと思っていたら、勤務の初日、研究棟に案内され、入り口の正面のテーブルの上にマヨネーズ瓶が5個。それはDNAの標本だった。あっさりと、染色体以上のものを見てしまった。イトミミズのように絡まった乳白色のそれは、化学式で表すよりも、タンパク質などと物質の名前で言うよりも生き物本来の姿だ。あるいは命の姿か。私もしょせんこうなのか。




「コーヒーを飲みながら」第1巻 第4章《未来へ》思惑より一部抜粋。
「思惑」は次回タチヨミ「コーヒーを飲みながら」㉖へ続きます。
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                              星原理沙


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