移動の副産物-theme:移動

移動が好きだ。なんにせよ移動が好きだ。電車もバスも車も好きだし、船や飛行機ももちろん好きだ。長距離バスとかも、結構好き。自転車は好きだがひとつランクが落ちる。でもまあ好きだ。

移動が好きなのは、その間何もしないでいることを許されているような気になるからだと、思う。まあ、単純に遠くに行くのが好きとか、景色を眺めるのが好きとかは有るのだが、もっと違うところで移動を好んでいる自分がいることに気づき、考えた結果がそれだった。
私は元来ぼんやりしがちなタチで、何もなくても空を眺めたり遠くを見ていたりするのだが、いろんなものに追われる現代に生きる若者である以上そんなことばかりではやっていけない。なんだか嬉しくないくらいのやることを引き連れて生活しているので、おちおちぼんやりともしていられないと思えてしまうのだ。空いた時間があればこれをやらねば、あれを片付けねばと忙しなくなってしまう。


しかし移動中というのはその忙しなさ、焦りから解き放たれるように思えるのだ。考えてみれば、電車で移動している間は、特別何かせずともすでに「移動」をこなしているわけだから、何かやらねばならないと考えてしまう私の脳を一旦満足させてやれるわけだ。この「何かやらねば脳」を落ち着かせることができたのならあとは楽なもので、元来のぼんやりキャラクターが顔をだす。特急がビュンビュン飛ばしていく小さな駅の周りの街並みを追ったり(ここで過ごしたらこんな感じだろうか、まあ一生降り立つことはないだろう)濃い影を作る濃い光を眺めたり(暑そうすぎるなあ)「惑星ソラリス」を思い出しながら眼下の雲を眺めたりするのである。やっと自由、といったところか。

そもそも人生において本当は急ぐべき用事なんてなく、やらねばならない考えこともなく、何かにつけ焦るよりはぼんやりと雲を眺めている方がよっぽど健康的なのかもしれない。

これからの季節は積乱雲が大層立派に発達するので、遠くの空に屹立する途方もなく巨大な自然の彫刻物を眺めるのがたいへんにおすすめです。積乱雲は静かであまり動かないように見えて、気づくとゾッとするくらいの速さでむくむくと形を変え成長しているので、しばらくじっと堪えて眺めてみてください。では。
(文 sio)

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