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HCI研究に対する私見 - CHI2024参加を終えて

先日、HCI分野で最大規模の国際会議であるCHI2024に参加してきました。この機会にHCI研究に対する現状の私見を述べたいと思います。

HCI研究の評価法として、「自分が使う/使わない、欲しい/欲しくない」という指標が話題になっています。しかし、私はこの評価法に基づく研究を否定しませんが、私自身は採用していません。なぜなら、研究の目的や立脚点、時間軸によって、評価は大きく異なるからです。私は、研究がコンセプトレイヤーなのかビジョンレイヤーなのか、現状の問題へのアプローチなのか未来に向けたオープンエンドな問いなのかで、評価軸を分けています。

ビジョンの乗り物としての研究も重要だと考えています。例えば、石井裕先生のmusicBottlesは、センシング技術としての新規性は限定的ですが、Tangible Bitsというビジョンを明快に伝えていました。すぐ役に立つかどうかだけの観点では生まれない発想であり、それなしで世界にここまで研究ビジョンが広がることもなかったでしょう。

「研究は役に立つか」というありがちな議論も、工学分野であっても時間軸を意識しないと的外れになります。人型ロボットは実用化にはまだ課題がありますが、様々な企業が参入してきています。すぐに役に立つかどうかで判断していたら、加藤一郎先生から現在に至る研究の礎は築かれなかったはずです。

HCI研究は、計算機科学としてだけでなく、人を理解するためのサイエンスとしての側面も持っています。人間の特性という(ある程度)不変かつ普遍的な知見は、周辺の研究領域に示唆を与えうる学術的貢献であり、一定の意義があると信じています。

したがって、今すぐ欲しいかどうかという基準で研究の未来の可能性を切り捨てることは、特に大学での研究としては望ましくないと考えています。とはいえ、多くの人は現在の延長線上の未来に投資することが多いため、今すぐ使えそうな技術を積極的に「発明」し、示していくことも分野の発展のために重要です。

HCIはメディアとコンテンツが融合した領域です。あえて両者を混ぜた主張をするならば、例えば「泣けるHCI研究」ができたら大きな意義があるでしょう。これはAffective Computingに関わる領域でしょうし、例えば吉田成朗さんの作品は近いかもしれません。HCIに関連したメディアアートには、人の心を動かす力があります。心が動けば、行動変容という価値にもいつか繋がるのです。

HCI研究には、エンジニアリングとサイエンスの両方が必要不可欠です。デザインの側面も大切ですが、アートの側面も同様に重要だと私は信じています。例えばSIGGRAPHはその点をよく理解しています。

ところで、「HCI研究おもちゃ論」がかつて議論されていたことがありましたが「おもちゃに詰まった知恵と役割をバカにするな。比喩として不適切」というのが私の見解です。任天堂の宮本さんが述べたように、複数の問題を同時に解決することこそがアイデアの本質であり、ワンアイデア・ワンソリューションでは物足りない、本質的なアイデアを出せるよう努めるべきという意見であるなら私も全く同意です。

以上、HCI研究について私見を述べましたが、実は私はWISS2000に初めて参加した時から、参加者との議論を楽しみつつもHCIコミュニティにはアウェイ感を持っています。HCI研究の重要性は認識し、興味ともそれなりに重なっているのですが、HCI研究者として紹介される居心地の悪さを感じてしまう自分がいるのです。

とはいえ、同様の違和感を感じる人はCHIの参加者にもそれなりにいて、「CHIは必要悪」みたいな話も聞いたりします。そういう人たちも含め、ある意味清濁併せ吞みながら大きくなってきたのがCHIなのかもしれません。だから私もブツブツ言いながらも、最近は毎年参加しています。

そのような背景から、私はエンタテインメントコンピューティングや人間拡張など、HCIよりも自分の研究アイデンティティにマッチする分野の立ち上げに関わってきましたが、まだ道半ばです。生物系出身でVRやロボットに親しんできた私は、ある意味HCI辺境の民であって、こんなに長々と語る資格はないのかもしれません。

CHIというコミュニティの大きさは権威性にも繋がり、そこに論文を通すこと自体が目的となりやすい傾向があります。アジアの他大学では、CHIに論文を通すことがポストに直結するケースも出てきており、CHI・UIST以外は業績としてカウントしない専攻もあるようです。しかし私は「CHIに通すための研究ではなく自らが重要と考える研究をし、それがCHIコミュニティにとって適切と判断されれば結果的にCHIでも採択される研究を目指すべきだ、その順序を間違えてはいけない」とうちのラボの学生達には話しています。

色々と書き連ねましたが、大きなコミュニティを築いてこられた先達と、それを運営している方々には心から敬意を表します。今後もブツブツ言いながらも、楽しく参加し議論できるよう、研究を行っていきたいと思います。

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