メギド72が引き継いだ「生命の境界の汚染」というSFホラーの文脈

※この記事には現時点でのメギド72最新章、9章4節に関するネタバレと一部グロテスクな描写が含まれます

はじめに

 9章4節をクリアした皆さん、怖くなかったですか?私はめちゃくちゃ怖かったです。
 ただ、このメギド72シナリオ史上最大級の怖さに私はどこか既視感がありまして、誰だろうと考えていたら一人のSFホラー作家が思い浮かんだんですね。「小林泰三」です。
 この記事ではメギド72と小林泰三作品の関係性について語っていきます。
注:メギド72のライターが公式に小林泰三の影響を受けたと公言しているわけではないので、この記事は全て私の解釈であり単なる考えすぎ・勘違いである可能性もあります。また、小林泰三作品については初期・中期の作品しか追っていないため後期の作品については関連性が漏れている可能性もあります。その点ご容赦ください。

小林泰三について

 小林泰三は1996年に「玩具修理者」でデビューし一世を風靡したSFホラー作家です。「ΑΩ」、「人獣細工」など現代や未来を舞台にグロテスク描写が強烈なホラーの名作を出してきましたが、2020年に58歳という若さで亡くなってしまいました。

 なぜ中世ファンタジーを描くメギド72とSFホラー作家の関連性を語るかというと、まずメギド72に登場する生命体「メギド」の設定の下敷きになったであろう短編作品が存在するからです。
 作品タイトルは「300万」。映画「300」のパロディかつ特撮の怪獣や宇宙人が何故素手で襲ってくるかを考察した短編で、戦争社会を維持するために兵器の開発を拒絶し、戦士を頂点とし技術者を奴隷とする階級社会を作り出した各種族の宇宙人たちが発達した己の肉体のみで戦争を繰り広げ、支配権と領土を奪い合う物語です。(メギド72のプレイヤーなら想像がつくかもしれませんが、主人公の宇宙人は後半で人類の銃社会と初めて対面し大混乱に襲われます)
 また、長編作品「ΑΩ」では情報の交換が食事・性交と同等である高度な情報生命体が主役として現れ、人間の主人公に憑依してウルトラマンよろしく怪獣と戦いを繰り広げます。

 以上の二点のみだと設定に影響を受けた程度の話ですが、小林泰三作品の最大の特徴は別の所にあり、それは設定と描写がとにかくグロい事です。特に肉体の破壊描写には並々ならぬこだわりがあり、破壊された生物から肉や臓物の飛び散るさま、流れ落ちる液体の臭いまでがありありと描かれます。
 描写のグロテスクさは肉体のみにとどまらず、読んでる側が吐き気を催すような悪魔的な発想の設定で登場人物の自我や世界観が崩れていく恐怖が上質なSFホラーとして描かれます。

※以下作品紹介にグロテスクな描写が入ります

「玩具修理者」デビュー作。近所に住むどんな壊れた玩具も直してくれる「玩具修理者」に、とある子供が不注意で死なせてしまった弟の「修理」を頼むと、玩具修理者は弟の体を筋肉繊維の単位までバラバラに解体して周囲の玩具を寄せ集め、弟の体が再び動くよう「修理」を始めていく。
「人獣細工」免疫疾患から臓器移植の専門家である父親によりブタの臓器を移植され続けている少女は、父親の記録を調べることで自身の体に秘められた更におぞましい自身の肉体とブタとの関係性にたどり着く。
 グロテスク特化の分かりやすい代表作は上記の二作ですが、他にも「ΑΩ」に登場する「生物を記憶ごとコピーする能力により記憶を持ったままの人間をごちゃまぜにつなげてバラまく怪獣」、「肉食屋敷」に登場する「取り込んだ生物と同化する能力により人間が自我を持ったままその一部にされてしまう怪物」、「盗まれた昨日」の「記憶を外部領域に保存しないと維持できない人間が、外部領域を利用され悪人の人生の記憶を混ぜ込まれてしまう話」など、人間の境界が肉体的・精神的に汚染されていく恐怖を描く物語は小林泰三の得意技であり枚挙にいとまがありません。※1

メギド72に見られるSFホラーの影響

ここでやっとメギド72の話に戻りますが、メギド72は以上の小林泰三の影響を受けたと思われる描写がそこかしこに見られます。2章、6章2節、ガープやアスモデウスのキャラストに見られる生々しい人体破壊描写。さらに幻獣体やアガシオンのようなメギドのアイデンティティを崩壊させる精神的凌辱設定。(精神的な凌辱の設定の暗さに関してはメギドの方が強めです)

 特に9章に関しては全体の構成そのものが蛆の意思の介入によりメギド達のアイデンティティが肉体的・精神的に脅かされ続けるSFホラー調の設定を下敷きにし、それに立ち向かう物語となっています。(登場人物が読者にとって死んだほうがマシな目に遭う恐怖は特に共通している要素です)

まず1.2節ではメギド72の軍団の内側、アムドゥスキアスのアイデンティティの危機が描かれます。ソロモンを慕い善性に満ちた彼女が自身の過去を追い求めると、実は出生そのものがフライナイツがメギドを殺すために完成させた兵器だった、蛆による侵食は過去の時点で既に始まっていた事が明かされるというものです。

 フライナイツのイレーザー達は蛆の意思によりメギドの「消去」を行いますが、これは戦争自体がコミュニケーションであり生死を問わず戦争によって結果を残すことを是とする情報生命体のメギドにとっては恐るべきアイデンティティの崩壊です。蛆によるメギドへの攻撃は戦争ではなく、一方的な虐殺なのです。
 元ネタと思われる「300万」でも宇宙人たちにとって戦争とは肉体による殺し合いであり、後半で地球人に銃を使われたことを戦争と認識できない描写があります。それをなぞるかのように、9章3節ではエウリノーム達の砲撃用幻獣による攻撃が多数のモブメギド達を恐怖と混乱と死に陥れる様がまるまる1節使って描かれます。※2

 9章4節はまさにSFホラーの真骨頂で、破壊的で痛々しくグロテスクな描写がSFらしく強固な設定を持って読者が理解すれば理解するほど恐怖する形で語られ、キャラクターのアイデンティティへの肉体的・精神的汚染がプレイヤーにこれまでで最大級の絶望を与えます
 他のプレイヤーさんの考察でもありましたが、寄生幻獣は蛆に寄生されたメギドラル社会を、捕まったメギド達の幻獣化はヴィータ体に押し込められた追放メギドという母なる白き妖蛆によるメギドへの侵略という現状をホラー作品の文脈を使い別の形で表現したものだと思います。

 一度使ってしまえば文字通り手のつけられない寄生幻獣やメギドに対する無意味な肉体改造など、「メギドにとっての武勲を立てるための戦争」の戦略としてはどう考えても最適とは言えない邪悪な陵辱がこれでもかと繰り広げられますが、それを行なっていた主体が「初めからメギドですらなく、フライナイツ(≒蛆)の謀略の傀儡としてルシファーに偽装され、運命を翻弄され続けたアンチャーターの抑圧が暴力として発露した、唯一の「娯楽」であった」、つまりそもそも戦争行為ではなかった事が明かされる構造は、邪悪な意志や生命体による生命の陵辱が行われる小林泰三系譜の作風と社会に翻弄される弱者が抑圧から暴走や虐待に至るメギド72の作風のハイブリッドと言えるかも知れません。

(この記事の主題とは外れますが、9章はメギドのアイデンティティの危機に対しメギドという集団が反抗を叩きつける精神的ヒーローキャラクターとして、メギドに望まれてメギドとして生まれた、つまり「個」そのものが「メギド達の願望」であるプルソンが配置されています)

 メギド72のメインクエスト9章は、ソロモン達の最大の危機を表現するためにSFホラー小説の文脈を用いて戦争を描いた物語だったのだと個人的に思います。

小林泰三の作風を受け継いだホラー小説・SF小説はいくつもあれど、通常レーティングのソシャゲでここまで作風を受け継いだ作品は他にないのではないでしょうか。(小林泰三を受け継いだソシャゲって何!?)


最後に

作風としてはかなり面白いんですが、好きなキャラがいきなり本気のグロテスクホラーに投げ込まれると相当びっくりしてビビり散らかしちゃうのでSFホラー路線で行くなら今回みたいな描写は事前に教えて欲しいかな………と個人的には思ったり。

改めて9章を振り返ると往年の作家から影響を受けてホラー要素を挟みつつ中世ファンタジーのソシャゲで強固なSFをやる、という物凄い熱量があり、この熱量で展開されていくメギド72の物語はやはり面白いなと思うのでした。


※1:なお小林泰三はグロテスクだけではないハードSFも得意な作家であり、メギド72の「生物自身が時空観測器である」という設定を彷彿とさせる「酔歩する男」(ただし超怖い)や重力と時間が極端に繋がった世界を描く「海を見る人」など奇想に対して緻密な理論づけを行い物語として仕上げる作品も魅力です。

※2:そもそもメギドが通常の戦争で大型の兵器を使わないのは戦争が発展していないからではなく、他者の作った兵器の使用は自身の「個」を戦争に反映出来ない事から暗黙のタブーになっているためです。遠距離戦闘自体を得意とするメギドはバエルなどが昔から存在しています。(銃使いの純正メギドは部下に弾薬を供給させ自身の技量で圧倒するマモン、軍団全体を同一の「個」とするために同じ規格の銃を持ち軍団単位での銃撃戦を一つの戦術とするオリエンスなど、メギド個々の戦闘方法を拡張する手段として銃を使用しています。幻獣体が好まれないのも同様の理由です)

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