KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、36回目の連載になる。では、講義をはじめよう。
(👆Vulfpeckの解説本をバンド公認、完全無料で出版しました)
今回は2022年5月4日、突如としてFBのVulfpeckグループに飛び込んできたニュースについてだ。
Vulfpeck(ヴォルフペック)のリーダー、Jack Strattonが新しいバンド、「Yiddishe Pirat (イディッシュ・ピーラット)」を始めるというものである。
しかも、それがファンクではなく、クレズマー(ユダヤ音楽)だというから驚きだ!
本日はまだ明かされた情報が少ないながらも、この大ニュースがどういうことかを解説していきたいと思う。今回は号外のようなものだとご理解いただきたい。
まず、入ってきたニュース記事を翻訳していこう。
また、この記事のソースにはライブ会場である「Cainpark」のHPに載っているライブ情報も入っていると思われるため、そちらのサイトも翻訳してみた。
これだけだと何を言っているのか、ほとんどの方が理解できないような文章なので、
順を追ってこのニュースを嚙み砕いていこうと思う。
①クレズマーとは?
クレズマーはユダヤ音楽のひとつのジャンルで、独特の哀愁を帯びたスケールなどで演奏されることが多い。クレズマーとしては、「ドナドナ」がもっとも有名な曲だと思われる。
楽器としてはクラリネット、アコーディオンなどが使われることが多い。
さて、これがVulfpeckにどう関係するか、というと、
まず、Jackは7歳からドラムを始め、10歳には父親のバンドに参加するようになった。この父親、Bert Strattonのバンドが、クレズマーを演奏する「Yiddish Cup(イデッシュ・カップ)」だったのである。
つまりJackにとって、ユダヤ音楽、文化、そしてクレズマーというものは、家族の中に浸透していた非常に馴染みの深いもので、また、音楽のルーツでもあった。
こちらの映像では、Jackが父のバンドに参加している姿が映っている。
Jackは後にVulfpeckを結成してからも、Vulfpeckの曲にクレズマーの要素を巧みに忍ばせてきた。
「Beastly」のBメロ、哀愁を帯びた独特なメロディーはクレズマーに関連したユダヤ音階によるものだし、
「Sweet Science」は、クラリネット・ソロの演奏で、「ドイナ」と呼ばれるクレズマーに関連したスタイルの曲だった。
他にも、ユダヤ文化に関連したジョークを言ったり、
なぜか管楽器にクラリネットを多用したりと、
Jackによるクレズマーの影響は、Vulfpeckの活動でそこかしこに見えていたのである。しかしそれは、Vulfpeckというファンク・バンドをメインとした中で、イースターエッグのように控え目に表現されていたものだった。
そんな中、今回、Jackがついに自身のルーツに本格的に向き合うことになった、という点において、この「Yiddishe Pirat」結成は重要な意味を持つと言えるだろう。
バンド名も、父の「Yiddish Cup(イデッシュ・カップ)」同様に、Yiddish(イディシュ:ユダヤ語、または「ユダヤ人の」)を入れてきたのも、クレズマーを本気で演奏する、という意識の表れだと思われる。
②メンバーについて
「Yiddishe Pirat」メンバーは、Jackと、Michael Winograd、そして「Socalled」だと書かれている。そのメンバーについて解説していきたい。
Michael Winograd(マイケル・ウィノグラッド)は、前述したVulfpeckの「Sweet Science」でクラリネット・ソロを吹いていたプレイヤーだ。
また、Vulfpeckのマディソンスクエアガーデンライブで、オープニングを飾っているプレイヤーでもある。
Vulfpeckとは縁深いプレイヤーであり、Jackがクレズマーを演奏するにあたって、彼をメンバーにしたのは非常に納得がいく。自身でもクレズマーのバンドを結成して活動している彼ならば間違いないはずだ。
そして「Socalled(ソーコールド)」、本名Joshua Dolgin(ジョシュア・ドルギン)はこれまでVulfpeckとは関わりがなかったが、実はJackが昔からセッションをしていたらしい。
これによると、なんと2007年、つまりVulfpeckが結成される前から、今回のメンバー3名は一緒に演奏していた仲だということになる。
「Socalled」は非常に多彩なプレイヤーで、シンガーで、ラッパーでもあるし、ピアノ、アコーディオン、クラリネット、DJなどに加え、作曲も行なっている。
自身の風貌などから、コメディーを下敷きにしているのも明らかであるし、マルチプレイヤーである点なども、総合的にJackによく似ている。
Michael WinogradとSocalledはよく共演していたらしく、そういう点でもこの3名であれば、息の合ったプレイが行われることは間違いないだろうし、
また、マルチプレイヤーであるJackとSocalledが何を演奏するのか、も非常に興味がある。Socalledはピアノもアコーディオンも演奏できるし、ラップも歌も歌える。例えば伝統的なクレズマーを演奏するにしても、再解釈されたクレズマーを演奏するにしても、どちらにも即座に対応できるというわけだ。
そして何より、Vulfpeckが結成されるよりも昔からの仲間だった、という点も非常に大きい。仲間を大事にするJackらしいエピソードだと言えるだろう。
③ライブの場所と今後の展望
そして今回、ライブが行われるのは、なんとオハイオ州クリーブランドハイツ!
これはJackの実家がある地域であり、幼い頃から彼が父のバンドでクレズマーを演奏してきた地域でもある。
Vulfpeckでは、Jackは自身の生まれ故郷ではなく、結成されたミシガン大学のあったアナーバーを「地元」として活動してきたために、
今回、自身のルーツであるクレズマーを演奏するにあたって、生まれ故郷のクリーブランドをスタート地点に選んだ、というのもとても感慨深い。
そもそも今回ライブが行われる「Cain Park Evans Amphitheater」は、Jackが20年以上も前から何度も、父のバンドのドラマーとして出演してきたステージであるらしく、そういった点でもまさにルーツに立ち返った内容になると言えるだろう。
そして、さらに今回のライブは録音され、アルバム制作のために使われるということである!
Jackがファンク以外で自らアルバム制作に着手するのは、2013年に作られた「Mushy Krongold」のフルアルバム以来で、
さらにクレズマーに関しては完全に初めての試みとなる。
Jackのことなので、おそらくクラウドファンディングでのアルバム販売になると思うが、私は、
これがVulfpeckが新作アルバムがしばらく出せそうにない時期に突入している間の、彼の新しい活動となる予感がしている。
以上が、号外のような形で急遽書かれた、Jackの新プロジェクトによる解説だ。
この記事が書かれた現在、世界中でここまでこのライブやプロジェクトを解説した記事は存在しないため、急いで分かっている内容をまとめてきた。
今後の新しい情報については、また新しい記事を書いていくことにしたい。
最後に。これは予想だが、「Yiddishe Pirat 」のライブ出演において、ライブ会場のHPに記載されているバンド紹介。👇
おそらく、これはJack自らが書いた文章だと思われる。ライブ会場は、出演バンドに紹介文を送るように依頼するのが常で、今回はJackがリーダーであるからだ。
これがJackの文章だとすれば、彼が自らここまで自身のルーツを話すことは、相当レアだと言える。
「Strattonはカインパーク・テニスキャンプの卒業生」
「Strattonは、過去20年以上にわたるカイン・パークへの出演のうち数回、イディッシュ・カップ・クレズマー・バンドのドラムとパーカッションでも演奏しています」
さらに、自分の経歴についても、
ファンク・ポップ・グループ「Vulfpeck」のリーダーで、2019年にはマディソン・スクエア・ガーデンをソールドアウトさせました
と、端的に控え目に表現している。しかも、Vulfpeckを「funk-pop-group」と書いている。これも、とても面白い現象である。やはり、Jackにとって「Minimalist Funk」という表現は、Vulfpeck全体を表す名称ではないようだ。
そしてバンド名を「ユダヤの海賊」と明記しているため、Vulfpeckのようにバンド名の意味を誤解させるようなことは今回はしないのだと思われる。この短いからバンド紹介から、多くの意図が読み取れて本当に面白い。
※2022年5月16日追記
Vulfpeckのインスタでリール動画が投稿され、ジャックがこのライブについて説明した。
ここで追加で判明したことは、
①やはりこのライブは、録音されてライブ盤になるということ
②バンド名の読みは「イディッシュ・ピーラット」であること
③ピーラット(Pirat)は「海賊」のドイツ語。つまりほぼVulfpeckと同じやり方で命名されているということ
であった。
※2023年2月追記
このライブはアルバムになり、レコードも販売された。ライブの映像はYouTubeで観ることができる。
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
◇既刊情報◇
バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)
ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」