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『Antwaun Stanley解体新書』どこよりも詳しいアントワン・スタンレーまとめ(1) /// Vulfpeck(ヴォルフペック)のメイン・シンガーを徹底解説

KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、39回目の連載になる。では、講義をはじめよう。

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このマガジンで何度も登場しているのでご存じの方ばかりだと思うが、Vulfpeck(ヴォルフペック)にはメイン・シンガーがいる。それがこの、

Antwaun Stanley (アントワン・スタンレー)だ。

画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=rv4wf7bzfFE

「Wait for the Moment」「1612」「Funky Duck」などのVulfpeckの曲は、ファンであれば何度となく聴いていることであろうし、そこに入っているアントワンの歌声が、Vulfpeckになくてはならないことも知っているだろう……。


さて、では、あなたはアントワンについては、どれだけのことを知っているだろうか?

出身は?いつから歌い始めた?得意なスタイルは?
そして、どうやってリーダーのジャックと知り合ったのか?

今回の記事では、こういった話をなるべく詳しく紹介していこうと思う。

まずは彼のヴォーカルについてや、人物像などの基本的な情報から初め……それからVulfpeck加入の話などについて触れていきたい。


アントワンの人物像

born and raised in Flint, Michigan, to a single mother. And yeah, my brother and me. And, you know, she's the foundation, you know, and Flint is the is the foundation for me. And that's where it all started. That's where I started being musical at home.

私はミシガン州フリントで生まれ育ちました。母親はシングルマザーで、兄弟がひとり、そして私の3人家族です。母が私にとってはすべての土台となる存在で、故郷のフリントもそうです。そこがすべての始まりでした。

The 3rd Story 201: Antwaun Stanley
http://www.third-story.com/listen/antwaunstanley
画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=rv4wf7bzfFE

アントワン・スタンレーは、1987年、ミシガン州フリントのハーレイ病院に生まれた(生年はこちらの記事で2005年に高校卒業となっているため)。

ピンの位置がフリント。アナーバーとも近い。
画像出典:https://www.google.com/maps/

そして彼は地元を強く愛し、故郷のフリントで生活し続けている。フリントは近年、水質汚染問題で大きな被害を受けた地域だが、彼はインタビューでもたびたび地元愛を語り、フリントを良くしていこうと働きかけている。

I was born, that Hurley hospital here in Flint, Michigan. Flint is a beautiful place filled with people who have a high regard for life and a high regard to helping and seeing others be the best that they can be Flint is home for me, you know, Flint will always be home.(中略)The damage has been done, of course, but the people of Flint are valiant and, and in their effort to overcome. I think having experienced this crisis has definitely made me more aware of my surroundings and just the issues we want. 

私はミシガン州フリントのハーレイ病院で生まれ、そのままフリントで育ちました。フリントは美しい場所です。人生を大切にする人や――誰かを助けたいということに高い関心を持つ人で溢れています。フリントは私にとって、ずっと大切な故郷なのです。(中略)

もちろん(筆者注:水質汚染問題で)被害は出ていますが、フリントの人々は勇敢で、そして乗り越えようと努力しています。この危機を経験したことで、私は間違いなく自分の周囲や、私達が抱える問題をより意識するようになったと思います。

Antwaun Stanley - "Where are we now?"
https://www.youtube.com/watch?v=ci5GUbQd5OY


ライブでのアントワン
出典:https://www.youtube.com/watch?v=rv4wf7bzfFE

また、彼はステージ上ではハイテンションで動き回っている姿が印象的だが、本来は優しく穏やかな性格で、ステージに上がると活発な人間に変身するらしい。これについては彼が自ら語っている。

You know, it's just like, when I'm on stage, I do in some ways become a slightly different person. I guess in real life. I am pretty mild mannered compared to the, you know, onstage persona. (中略)When I'm on stage, especially in and more recent years when I've been with vulfpeck, you know, the shows are really high energy. Yeah. And, of course, a lot of that helps to when you have songs that people are really really reacting to meaning they're singing the lyrics and they're like dancing and, you know, and looking forward to certain moments that They may have recognized from one of the YouTube videos or something like that. And so when you take all of that in, then you step on stage, there is like a part of you that comes alive.

私はステージに立つと、ちょっと別人になるような感じなんです。実生活ではステージ上の人格と比べると、もっと温厚だと思います。(中略)
私がステージに立つとき、特にVulfpeckと一緒にいた近年は、ショーは本当にハイ・エネルギーなんです。もちろん、観客が歌詞に反応して歌ったり、踊ったり、YouTubeのビデオで見たことがあるような瞬間を楽しみにしているような曲があれば、それは大きな力になります。それをすべて受け入れた上でステージに立つと、自分の中の一部が生き生きと動き出すんです。

The 3rd Story 201: Antwaun Stanley
http://www.third-story.com/listen/antwaunstanley


ゴスペルを基本としたスタイル

さて、では彼の歌について触れていこう。

アントワン・スタンレーの歌は、ゴスペルを基本としている。

And no matter what I do, gospel will always be the center and at the core of who I am as a musician.

ゴスペルは常に、私のミュージシャンとしての中心であり、核となるものです。

"Don't Compare. Be Aware." ft. Antwaun Stanley | Singer/Songwriter
https://www.youtube.com/watch?v=dwIn840x9rU

彼はソウル・シンガーであり、ファンク・シンガーでもあると思うが――そのルーツは教会のゴスペルだ。例えば、このCory Wong(コーリー・ウォン)との動画を観ていただきたい。

ここで聴けるのは、深い慈しみに満ちた、包容力のある力強い歌声。こういったスタイルはまさに、ゴスペルならではのものだと思う。

ゴスペルは、1960年代にソウルの誕生に大きく貢献した。そしてレイ・チャールズ、サム・クック、アレサ・フランクリン、ジェームス・ブラウンなどによって、ゴスペルが持つ力強い歌い方はソウル・ファンクの中に深く深く入り込んでいるのである。

(ゴスペルの歌い方に関しては、こちらのアレサの動画がかなり分かりやすい👇)

前述した以外にも、当時のソウル・ファンクにおいて有名なシンガーの多くが、教会などで歌うゴスペル・シンガーからキャリアをスタートさせている。

そして結論から言うとアントワンも同じ道のりをたどり、教会からVulfpeckというファンク・バンドへ入っていくのである。


幼少期~レコード会社契約まで

それでは、彼のVulfpeckまでの道のりを、生い立ちから追っていくことにしよう。最初は彼が3歳の頃にまで遡る。

It was at the young age of three that Antwaun's mother, Khadija Stanley, first recognized his vocal gift. While sitting in the kitchen, in his yellow little tike’s chair, his mother was preparing dinner and singing “Amazing Grace,” all of a sudden he starts to sing the song. His mother was very surprised by how good he sounded.
After telling family and friends about his voice, people wanted to hear him and Stanley made his singing debut at his great-grandmothers birthday dinner. By the age of four, he was singing at youth conventions and church functions across the country.

アントワンの母親、カディヤ・スタンレーが初めて彼の歌の才能に気づいたのは、3歳のときだった。彼女が台所で夕食の準備をしながら「アメイジング・グレイス」を歌っていると、黄色い子ども用の椅子に座っていたアントワンが、突然歌い始めたのだ。彼女はとても驚いた。息子の声があまりに素晴らしかったからだ。
母親が家族や友人にそのことを教えると、みんな彼の歌を聴きたがり、彼は曾祖母の誕生日のディナーで歌手デビューを果たすことになった。そして4歳になる頃には、全米の大会や教会のイベントで歌うようになった。

http://www.christianmusic.com/antwaun_stanley/antwaun_stanley.htm

Leo : Do you remember at three years old?

Antwaun : I remember being I remember how it looked in the kitchen. And I'll never forget, it's so crazy how I am able to kind of recall some of those things. I mean, I don't remember all the every specific thing that happened. But I do remember being at that table in the kitchen, and I do remember her going outside and being on the phone. And it was just so crazy. And I can just imagine, you know me at three years old, just thinking like, what's all the fuss about?

レオ:3歳の時(筆者注:初めて母親の前で歌った時)のことを覚えていますか?

アントワン:そうですね、私はその時の様子を覚えています。忘れもしない……そんなことを思い出すことができるなんて、とても不思議です。起こったことすべてを具体的に覚えているわけではないんです。でも、台所のテーブルにいたことは覚えているし、彼女が外に出て、電話をしていたことも覚えている。それはとてもクレイジーなことでした。たぶん、3歳の私が考えていたのは「何を騒いでいるんだろう?」っていうことだったと思います。

The 3rd Story 201: Antwaun Stanley
http://www.third-story.com/listen/antwaunstanley

このように、彼の素晴らしい歌声は天性のものだった。この後、アントワンは教会を含めたさまざまな場所で歌うようになる。特に、彼は教会でシンガーとしての基本的なスタイルを確立し、同時にステージに立つことに慣れていったと語っている。

I was brought up in the church that the church was very much, you know, like a cornerstone of my, you know, artistic life, I guess. Yeah, you know, surrounded by choirs. At times, I would do solo songs, and what they call them sermonic solos. And so what that meant is many times before the minister would get up to preach, I would deliver a song and they would kind of use that as a setup for how they were going to, you know, come forth with their message.(中略)Here's this little guy with this huge responsibility. I mean, that was quite a task. Anytime you, you know, go before the preacher, it's kind of a big thing because in a way, you're helping to set the tone for the delivery of, you know, his or her message. So I learned about being in front of an audience, and just a beginners level of what performing is.

私は教会で育ったので、教会は私の芸術生活の礎のようなものでした。聖歌隊に囲まれてね。時には"説教"のようなソロを歌うこともありました。つまり、牧師が"説教"をする前に私が歌を披露すると、それをきっかけにして牧師が"説教"を始めるということがよくあったんです。(中略)
私はそこで観客の前に立つことや、パフォーマンスとは何か?ということを学びました。

The 3rd Story 201: Antwaun Stanley
http://www.third-story.com/listen/antwaunstanley

(👆牧師による"説教"と歌の例。こういった形で、教会では説教と歌と演奏が一体化し、人々の生活の拠り所となっている)


そしてこの後、アントワンはすぐに有名なオーディションやテレビ番組に出演。母親のサポートを受けながら活動を続け、そのまま10代でレコード会社と契約する。

The big break came when Stanley auditioned for a Motown Records talent search that aired on BET in 1996. Out of a pool of 25,000 aspirants, Stanley’s stirring rendition of Yolanda Adams “Just a Prayer Away” won him a spot as one of the top two finalists in the competition. He then appeared on talent competitions on NBC’s “Queen Latifah Show” and the syndicated “Showtime at the Apollo." Stanley also appeared in Angela Barrow’s Detroit stage play, “I'll Always Love My Mama.” It wasn't long after, 2004, that Antwaun was signed to Bajada Records.

1996年にBETで放映されたモータウン・レコードのタレント・サーチのオーディションを受けたとき、アントワンは大ブレイクを果たした(筆者注:この時まだ9歳頃)。25,000人の応募者の中から、彼はヨランダ・アダムスの「Just a Prayer Away」を熱唱し、最終選考のトップ2の一人に選ばれた。

その後、NBCの「クイーン・ラティファ・ショー」や、シンジケート放送の「ショータイム・アット・ザ・アポロ」のタレントコンペティションに出演。スタンレーは、アンジェラ・バロウのデトロイトの舞台 「I'll Always Love My Mama」にも出演した。彼がバハダ・レコーズと契約したのは、2004年(筆者注:17歳頃)のことだった。

http://www.christianmusic.com/antwaun_stanley/antwaun_stanley.htm

アントワンがレコード会社と契約したのは、ちょうど高校生活の終わりのほうだった。ということはこのまま、プロのシンガーとして活躍し、大学へ進学しないという選択肢もあっただろう。

しかし、彼はそうしなかった。そこには、アントワンの母親の教育方針があったのである。

Interviewer : And I want to know more about your college experience, like, were you kind of going there with a mindset of like, I really want to get this specific education so we can better myself as an artist, or are you more trying to just learn something? Because you wanted to know, get a job and officially just have a career aside from music?
Antwaun : Yeah, I think it was probably more the latter. I mean, education was paramount at home. My mom was a really, you know, a big believer in education. And so, yeah, she definitely wanted me to go to college. Even in spite of having released, you know, or topping charts, or being on the verge of releasing an album, you know, she was like, hey, look, you got to get education. And unfortunately, the, the label did understand that. And, yeah, they supported that as well. So it was it was, it was, I had the best of so many worlds, I felt like, you know, I had a really good support base, but, um, I studied music and sociology. And so I was always into, like, music and culture, you know, and I was studying classical music. And I wanted to learn a little bit more about, about how the voice works and, and things of that sort. And I think I got a pretty solid education, you know, with the time that I spent there studying that, and then yeah, I went to college with that mindset of, okay, I need to get an education, I want to get some, I want to get some paper, I want to get some credentials. Right? And yeah, you know, not just just being able to sing in that set, you know, I wanted to be able to show that, you know, there, there are other sides of me. 

インタビュワー:あなたの大学での経験についてもっと知りたいのですが、例えば、アーティストとしてより良くなるために、この特別な教育を受けたい、というような心構えで大学に行ったのですか?

それとも、ただ何かを学ぼうとしていたのでしょうか?つまり音楽とは別に、仕事を得て正式にキャリアを積みたかったとか?

アントワン:ええ、おそらく後者の方が大きかったと思います。つまり、うちで最も重要なものは"教育"だったんです。私の母は本当に、教育をとても信じている人でした。だから、母は絶対に僕に大学に行ってほしかったんです。アルバムを出したり、チャートで上位に入ったりする直前だったにもかかわらず、母は「さあ、教育を受けなさい」と言いました。

レーベルはそのことを理解してくれていました。だから、私は世界中で最高のものを手にして、本当に良いサポートを受けていると感じていました。(筆者注:大学では)音楽と社会学を専攻しました。音楽や文化には常に興味があったし、クラシックの歌い方も学びました。声の出し方とか、そういうことをもう少し学びたかったんです。おかげで、かなりしっかりした教育を受けたと思います。「学歴が必要だ、何か論文を書きたい、何か資格を取りたい」という気持ちで大学に進みました。そして、ただ単に歌えるだけでなく――自分の他の面も見せたいと思ったんです。

"Don't Compare. Be Aware." ft. Antwaun Stanley | Singer/Songwriter
https://www.youtube.com/watch?v=dwIn840x9rU

こういった理由で、アントワンはデビューアルバムをレコーディングしながら、そのまま大学へ進学することになった。彼は地元に残りたかったので、そこから引っ越すことなく通える、近所の大学を選ぶことになる。

そこに、運命の出会いが待っていることを知らずに――。


ミシガン大学にて

アントワンが進学したのは近場の名門校、「ミシガン大学」だった。

ミシガン大学アナーバー校。Vulfpeckのメンバーのほとんどが在籍していた。
https://uscollegenavi.com/university-of-michigan-ann-arbor/


彼は大学2年生の時に、無事にバハダ・レコーズ(Bajada Records)からデビューアルバム「I Can Do Anything(2007)」をリリース。

このアルバムはゴスペルのアルバムであり、ビルボードのゴスペル・アルバムチャートにて最高22位を記録するヒット作となった。

アルバムリリースにあたってはMVを制作したり、テレビ出演なども行なっていた。今回の記事では、それらの貴重な映像も載せておきたい。


しかし彼は、同時期に重要な方向転換をすることになる。幼少期から基本的にゴスペルのみを歌い、17歳から3年かけてゴスペルのアルバムをリリースした彼だったが、高校~大学で過ごした時間が、彼を変化させていた。

この時期にさまざまな人種や音楽に触れたことで、
「ゴスペル以外の歌も歌おう、もっと多くの人と交流しよう」と考えるようになったのである。

And no matter what I do, gospel will always be the center and at the core of who I am as a musician. But it wasn't really until my later teen years, and then when I got into college, you know, your ears really kind of perk up. I mean, because growing up, I was always exposed to various, you know, to many different genres of music, you know, from rock to country, to, you know, soul, r&b, gospel, jazz.

ゴスペルは常に私のミュージシャンとしての中心であり、核となるものです。でも10代後半から大学に入るくらいで、私の耳が肥えてきました。私はロックからカントリー、ソウル、R&B、ジャズ、そしてゴスペルまで――実際には、さまざまなジャンルの音楽に触れて育ってきたんです。

"Don't Compare. Be Aware." ft. Antwaun Stanley | Singer/Songwriter
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Leo : It's interesting that you say that they helped enhance you as an artist, because, you know, you were coming in at that point, essentially, as a Gospel Artist. And that was one way that you could use your gifts and your talents. And that was one audience that you could reach. Right, when you started to work with other kinds of musicians when you started to interact with this kind of funk and crazy scene that came out of Ann Arbor? And also, I mean, I don't know, I'm making an assumption here, but also a lot more white musicians and maybe white audiences also. (Antwaun : Yeah, that's a good point)  Did that shift your sense of like, what other possibilities there might be for you?

Antwaun : Yeah, that's a great question. You know, I even being in Flint, there was always a diversity. You know, I had, you know, just experience working, you know, even in the music world with, you know, many different types of faces, you know, and so, that's another great thing, too. I mean, my, my high school was very diverse, of course, obviously, predominantly black. But, you know, there were many other races and things of that sort. And so I had, like a salad bowl of just, you know, relationships and friends and stuff. And many, you know, musicians included, and so, going to you a vim it wasn't really that much of a shocker being I guess, counted as in the minority there. Once I started meeting people, and finding out their interest just as a friend, especially related to music. I was like, oh, man, we've got something we can we should connect.

レオ:当時、あなたは基本的にゴスペルアーティストとして活動していたわけですね。それはあなたに与えられた才能を生かすための一つの方法であり、あなたは実際に聴衆に歌を届けることができた……。では、他のジャンルのミュージシャンと演奏するようになったのは、アナーバーで生まれた面白いファンク・シーン(筆者注:大学で知り合ったミュージシャン達)と交流してからですか?それと、これは推測なんですが、あなたの周りに白人のミュージシャンや、白人の観客が多くなってきたということも理由としてありそうですね。それによって、「自分には、他に何ができるんだろう」という感じに、ご自身の意識が変わってきたのでしょうか?

アントワン:それはいい質問ですね。そうです。もちろん、(筆者注:高校時代までの)フリントにいたときにも、周囲には常に多様性がありましたし、当時関わっていた音楽の世界でも同様でした。私の高校はとても多様性に富んでいて……もちろん、黒人が多いのですが、他の人種の生徒もたくさんいました。友人関係も音楽関係でも、まるでサラダボウルのようでしたね。マイノリティーであることは、それほどショックなことだと思わなくなりました。そして友人に会って、彼らが興味惹かれている物事、特に(筆者注:ゴスペル以外の)音楽について知るようになると、「ああ、これは面白いな」と思うようになりました。「これは何か繋がりができるぞ」と。そして、私はアカペラ・グループに参加しました。

The 3rd Story 201: Antwaun Stanley
http://www.third-story.com/listen/antwaunstanley

こうしてアントワンは、大学でDicks and Janes(ディックス&ジェーンズ)というアカペラ・グループに参加する。

ミシガン大学にはアカペラ・グループが多く存在していたが、Dicks and Janesは学内でも有名な実力派グループだった。彼が歌っている映像も残されている。

ここで彼はメイン・シンガーとして歌っており、Dicks and Janesの内部でも高く評価されていたことが分かる。

it was Dicks and Jane. Yeah. I think what was happening, I went, I think to what they call MAC Fest, the big conference or festival that they had with all of the acapella groups on campus, and it was held at the Michigan Union. You have all these aka heads or acapella folks, in this big ballroom, and each one of the groups there were like, maybe there was an abundance acapella groups. Oh, my gosh, let me tell you, University of Michigan, like 1000 acapella groups.(中略) 
And I think each group did like a couple to a few songs. And I was able to hear and this was like, I think around my freshman year, everybody had gone around and you know, done their thing. And I ran into my RA, who happened to be in one of the acapella groups, it was Dixon Jaynes. And I was like, Hey, can you fill me in with this? You know, what's the process for auditioning and you know, just kind of, yeah, so he told me about an audition. And you know, I got to time and everything I showed up, sang my song, everybody just seemed to be you know, wow, and we're just like, Okay, you're coming in with us, you know, and so that was pretty much how it started in acapella.

(筆者注:加入したのは)Dicks and Janesでした。MAC Festと呼ばれる、ミシガン大学内のすべてのアカペラグループが集まる大きなフェスに行ったんです。
ミシガン・ユニオンで開催されたんですが、大きなボールルームに数え切れないほどのアカペラグループが集まっていました。ミシガン大学には1000個くらいのアカペラグループがあったそうです。(中略)

それぞれのグループが2、3曲ずつ歌っていて、私はそれを聞くことができました。あれは、私が1年生の頃だったと思います。そこで私のRAに偶然会って、その人がアカペラグループの一人で、Dicks and Janesのメンバーだったんです。
それで彼に、「ちょっと教えてほしいんだけど。オーディションを受けるにはどうしたらいいんだろう?」と伝えたら、彼がオーディションのことを教えてくれたんです。そしてオーディションで歌ったら、みんなが「すごい!」って言ってくれて――そんな感じで、私はアカペラを始めたんです。

The 3rd Story 201: Antwaun Stanley
http://www.third-story.com/listen/antwaunstanley


さて、もちろん私はいま、何の意図もなく、アントワンがDicks and Janesに入った話をしているわけではない。

Dicks and Janesの話をしなければ、そのステージを観ていた「彼」の話ができないのである。

You think that you will never forget? Some things you know, that happened. But, man, after so many years, things do become kind of a blur. You know, it's just like, Whoa, how did yeah, how did Jack and I actually start working together. You know, I do remember that Jack was part of the acapella scene. I'm trying to remember the name of his of the acapella group that he was part of, but it was a Jewish acapella group. And I'm not gonna say the name because I don't want to screw it up. Yeah. And I believe that Jack was at one of the Mac fest events. And I believe it was the year that I had events that had started singing in the group are in indexing James. And so he heard me sing there and was like, Whoa, be cool to connect with this guy. And so we I think we met afterward. I remember receiving an email from Jack.

(筆者注:彼との出会いが)脳裏に焼き付いている、と思います?あの頃、いろんな事が起こりました――でも、何年も経つと、ぼんやりとしたものになっていきます。私達はどうやって一緒に仕事をするようになったんだろう?って。

ジャックが(筆者注:ミシガン大学の)アカペラシーンに参加していたことは覚えています。彼が所属していたアカペラグループの名前を思い出そうとしているんですが、間違っているといけないので名前は言いません――あれはユダヤ系のアカペラグループでした。ジャックはMAC Festに参加してたと思います。その年はたしか、私がDicks and Janesで歌い始めた年でした。ジャックは私がDicks and Janesで歌うのを聴いて、「このシンガーと繋がれたらいいな」と考えたみたいです。その後、ジャックからメールが来て、私達は会ったんだと思います。

(筆者注:アントワンは、ジャックと繋がったのはMAC Festではなく、大学のバーで開催されたアカペラ・ナイトで歌っていたところをジャックに目撃されたのがきっかけだった、という話もしている。若干記憶が曖昧なようだが、いずれにしてもDicks and Janesのステージから繋がったというのは事実のようである)

The 3rd Story 201: Antwaun Stanley
http://www.third-story.com/listen/antwaunstanley

ここでついに登場した「彼」こそが、後のVulfpeckのリーダー、ジャック・ストラットン(Jack Stratton)だ。

ジャック(左)、アントワン(右)。
画像出典:https://youtu.be/rv4wf7bzfFE

ジャックもミシガン大学の生徒で、Dicks and Janesで歌っていたアントワンに目を付けたのだ。これが2人の出会いであり――そしてこのジャックが、アントワンの「ゴスペル以外の歌も歌おう、もっと多くの人と交流しよう」という想いを、最高の形で叶えることになるのである。


Groove Spoon加入

2009年、アントワンはジャックに誘われて「Groove Spoon(グルーヴ・スプーン)」に加入する。

Groove SpoonはジャックがVulfpeck結成以前に大学で組んでいたバンドで、Vulfpeckとは違って管楽器やヴォーカル、コーラスもたくさんいる大所帯のファンク・バンドだった。

写真はGroove SpoonのFBページから
画像出典:https://www.facebook.com/groovespoon/
画像出典:https://www.facebook.com/groovespoon/
画像出典:https://www.facebook.com/groovespoon/


音楽的には1970年代のスティーリー・ダンなどに近い、ファンキーなポップスのサウンドである。このあたりは実際に曲を聴いてもらったほうが分かりやすいだろう。

こちらの記事でも、バンドの公式情報として、無人島に持っていくアルバムはスティーリー・ダンの「Royal Scam」だと書かれている。これは恐らくジャックのセレクトによるもので、実際に同アルバムの「Kid Charlemagne」は後にVulfpeckでカヴァーしている)


サウンドの方向性を決めていたのはジャックだったが、振り返って当時の録音を聴いて全体を俯瞰してみたときに、Groove Spoonのサウンドにおいてもっとも欠かすことができなかったのは、アントワンの歌声だったと私は考えている。

歴史的に有名なソウル、ファンクのヴォーカルの多くが教会とゴスペルを経由してきたことは最初に書いてきたが、Groove Spoonにおいても、プロのゴスペル・シンガーという経歴を持つアントワンが歌ったことで、演奏に類まれな説得力が生まれている。アントワンがいなければ、ここまで全体でリアルなファンク・サウンドになっていなかったのではないだろうか。


さらにこのGroove Spoonには、後のVulfpeckのベーシスト、ジョー・ダート(Joe Dart)も加入していた。この段階で、メンバー的にはかなりVulfpeckに繋がる要素が揃っていたことが分かる。

ジョー・ダート
画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=lh_dm8m92Kk
アントワン・スタンレー
画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=qFGRuqMBeEQ
ジャック・ストラットン
画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=qFGRuqMBeEQ


I was at his you know, house in the basement and there was this like 10 piece band and playing and we were, you know, learning you know, these funk tune soul tunes and just rocking out and then we started going and playing shows like on there was this t shirt shop called Elmos on I think it was Main Street, off of Main Street, and they had like this underground, you know, lounge joint, and we would have concerts there and invite our friends and they would come out and dance to our arrangements of an Earth Wind and Fire tune or, you know, you name it. And, and we would also do some original songs and stuff like that, too. It was, it was a ton of fun. And there was like a horn section. You know, I would lead some songs, and there were two ladies involved, and they would lead some songs and we would do background for each other. And that was it was so much fun.

ジャックの家の地下室で、10人編成のバンド(筆者注:Groove Spoon)が演奏していました。ファンクやソウルの曲を練習していたんです。

それからライブをするようになりました。メインストリートだったと思いますが、エルモスというTシャツ屋があって、そこの地下にラウンジがあったんです。そこに友達を招待して演奏しました。みんな私達がアレンジしたアース,ウィンド&ファイアーの曲や、いろいろな曲で踊ってくれました。

また、オリジナルの曲も演奏しましたね。とても楽しかったです。ホーン・セクションもありましたしね。私がリード・ヴォーカルだった曲もあれば、女性2人が参加して、彼女たちがリードする曲もあり、お互いにコーラスを担当しあったりをすることもありました。それらの活動が、とても楽しかったんです。

"Don't Compare. Be Aware." ft. Antwaun Stanley | Singer/Songwriter
https://www.youtube.com/watch?v=dwIn840x9rU
貴重なライブ写真。アントワン、ジョーが映っている
画像出典:http://www.annarbor.com/entertainment/top-july-9/

Groove Spoon has written six to eight original songs, four of which have been recorded in a student-run sound booth on campus and put online. Most of the songs have been spontaneous, free-form and highly based on feeling.
As lead vocalist, Stanley contributes greatly to the songwriting dynamic.
“’Twan will just come in with whole tunes in his head, MJ style,” Stratton enthused about Stanley’s musical resemblance to Michael Jackson.
“MJ experience, right here,” Stanley jokingly agreed.

Groove Spoonはこれまでに6〜8曲のオリジナル曲を書き、そのうち4曲はキャンパス内の学生が運営するサウンドブース(筆者注:デュダーシュタット・センター)で録音し、オンラインで公開しました。ほとんどの曲は自然発生的に、感覚で作られています。

リード・ボーカルのアントワン・スタンレーは、曲作りのダイナミックさに大きく貢献しています。ジャック・ストラットンは、「アントワンの音楽性が、マイケル・ジャクソンに似ている」と熱く語っています。「マイケルの経験、ここにあり」と、アントワンは冗談交じりに同意しました。

The hyper-talented 10-piece Groove Spoon rocks the ‘U’
https://www.michigandaily.com/uncategorized/groove-spoon/

2009年~2010年の間に、ジャックとアントワンはGroove Spoonとして、ライブだけでなく複数のレコーディングを行ない、それらはbandcampやYouTubeで公開されていった。

また、Groove Spoonは2010年にオバマ大統領がミシガン大学で卒業式スピーチを行なった際、そのオープニングでライブを行なっている。

しかし、Groove Spoonは2010年、ジャックの大学卒業のタイミングで活動終了となり、そこからしばらく、アントワンとジャックは一緒に活動しなくなってしまう。

それでも――もちろんジャックは、アントワンのことを忘れてはいなかった。


そしてVulfpeckへ

ジャックは2011年、ジョー・ダートを含めたミシガン大学の仲間の4名で、Groove Spoonとは違った、シンプルでミニマルなファンク・バンドを結成する。

これがVulfpeckだ。


この時のコンセプトは、ヴォーカルを入れずにリズム隊だけでレコーディングするというものだったので、まずはアントワンが呼ばれることはなかった。

翌年、2012年のVulfpeckのレコーディングで、シンガーソングライターのジョーイ・ドーシック(Joey Dosik)がゲスト参加しているが、彼もヴォーカルではなくサックスで参加している。

「Outro」(2012)
画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=XftabV9S2z0


しかし、この「リズム隊のみでレコーディングする」というスタイルは、ジャックは「架空のヴォーカルがいるフリをしてレコーディングする」「後からヴォーカルが入るためのカラオケをレコーディングする」という意味で捉えていたため、

Vulfpeckには、実はすぐにでもヴォーカルを入れることができたのある。

そして満を持して――Vulfpeck初のヴォーカルゲストとして、アントワンが呼ばれることになった。これが2013年のことである。

「Wait For the Moment」(2013)
https://www.youtube.com/watch?v=r4G0nbpLySI

And and then after that after college is when I reconnected with Jack, the guy the bandleader for vulfpeck or for the group that would eventually become vulfpeck.  And we just like old times went into the studio, I think around 2013 And, and I met up with the guys and Wolfpack because we all most of us all went to school together. So I knew who they weren't. You know, we all knew each other. (中略) I was the first collaborator that sang a tune with them.

その後、大学を卒業(筆者注:アントワンの卒業は2011年)してから、Vulfpeckのバンドリーダーになったジャックと再会しました。そして、2013年頃だったと思うけど、昔みたいにスタジオに入って、みんなに会ったんです。私たちは大学が一緒だったから、みんなお互いを知っていました。(中略)私は、彼らと一緒にコラボして歌を歌った、最初のゲストになったんです。

"Don't Compare. Be Aware." ft. Antwaun Stanley | Singer/Songwriter
https://www.youtube.com/watch?v=dwIn840x9rU

Your partnership with Vulfpeck goes back to your college days, right?

I joined a funk band called Groove Spoon, and we had the opportunity to open for President Obama’s commencement speech here. Vulfpeck started as class project in 2011 with some of the members of Groove Spoon. They reached out to me in 2012, and we did a song called “Wait for the Moment” in 2013, and it was one of their biggest songs. We’ve continued doing collaborations to this day.

インタビュワー:Vulfpeckとのパートナーシップは、大学時代にさかのぼるんですね?

アントワン:私はGroov Spoonというファンク・バンドに参加していて、オバマ大統領の卒業式スピーチのオープニングをやらせてもらったんです。Vulfpeckは、2011年にGroove Spoonのメンバー数名で、授業のプロジェクトとしてスタート(筆者注:ジェイク・バーチの卒論として誕生)しました。2012年に彼らから連絡をもらって、2013年に「Wait for the Moment」という曲をやったのですが、これが彼らの最大のヒットソングのひとつになりました。私達は今も一緒に演奏しています。

Young Alumnus of the Month: Antwaun Stanley, ’11
https://alumni.umich.edu/students/gen-blue-pulse/young-alumnus-of-the-month-antwaun-stanley-11/


この後も、2014年の「1612」、2015年の「Funky Duck」、2016年の「Aunt Leslie」など、毎年リリースされるVulfpeckのアルバムに必ずアントワンは参加。


Groove Spoonもそうだったが、特にこのVulfpeckは、アントワンの「ゴスペル以外の歌も歌おう、もっと多くの人と交流しよう」という想いを、最高の形で叶えていくバンドだった。

Vulfpeckではソウル、ファンクなどを幅広く演奏し――さらに彼は、とても、とても多くの人たちと繋がることができた。メンバーだけでなく、多数のゲストや、モータウンのレジェンド・プレイヤー、フェスに一緒に出演して仲良くなった他のバンドなど、Vulfpeckへの参加を通して、アントワンは数えきれないほど多くの出会いを体験していくのである。


そして――2019年、Vukfpeckはマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)での単独ライブを敢行。

MSGは「世界でもっとも有名なアリーナ」と呼ばれ、ここでライブを行なうことは超一流アーティストの証明であった。マイケル・ジャクソン、マドンナ、プリンス、名前を挙げればきりがない。

この偉大なる名前の列にVulfpeckが入り、そしてジャックとアントワンは、2人揃ってMSGのステージを踏むことに成功したのだ。

画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=rv4wf7bzfFE
MSGライブでの2人。
画像出典:https://youtu.be/rv4wf7bzfFE


そしてこのVulfpeckの成功にも、やはり、アントワンのゴスペル・シンガーとしての経歴が関係していると私は考えている。

もちろんジョーのベースが、コーリーのギターが、ティオやジョーイの歌声が、ウッディの鍵盤が、ジャックのドラムが重要な要素であり、それ以外にも本マガジンで述べてきたような様々な理由が彼らの成功を導いたことに疑いはない。

それでもやっぱり、アントワンの力強い歌声は別格なのだ。

これが教会からVulfpeckに入った彼の実力であり、また、3歳にして母親を驚かせた、天賦の才だと言える。Vulfpeckは、アントワンがいるからこそ、Vulfpeckとして成立しているのだ……。

MSGライブでのアントワン。
画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=rv4wf7bzfFE

We have a couple musicians amongst our friends that act as recurring guest musicians, and that occasionally write for us, or we for them. Like singer/pianist Joey Dosik, guitarist Cory Wong and above all of course (singer) Antwaun Stanley, the greatest vocal talent I’ve heard in the past ten years.

ジャック:私たちの友人のミュージシャンのうち、何人かが定期的にゲストミュージシャンとして参加していて、時々私たちのために、あるいは私たちが彼らのために曲を書いてくれています。シンガー/ピアニストのジョーイ・ドーシック、ギタリストのコーリー・ウォン、そして何より、過去10年間で私が聴いた中で最も素晴らしいヴォーカルの才能を持つ、シンガーのアントワン・スタンレーだ。

Interview with Vulfpeck’s Jack Stratton (transl. from Jazzism)
https://medium.com/@RobertJon/vulfpeck-from-jazzism-magazine-488ac32acfaf




以上、ここまでが今回の記事である。

今回はVulfpeck加入までの経歴を中心として書いてきたので、実はVulfpeck内部でのもっと詳しい話や、それ以外の彼の参加作については触れずに終わった。

次回の記事では後編として、そのあたりを解説させていただこう。まだしばらく、アントワン・スタンレーの世界にお付き合いいただきたい。




◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー

宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。


◇既刊情報◇

バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)


ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」


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