Joe Dartのベースのみを抜き出して聴くことができる、Vulfpeck公式音源「Vulf Stems」。ファン必見、その驚異的な実態について
KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、22回目の連載になる。では、講義をはじめよう。
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今回は、Vulfpeckファン必見のサイト、
Vulf Stems(ヴォルフ・ステムス)の紹介だ。
Vulfpeck(ヴォルフペック)のファン歴が長ければ長いほど・・・このサイトを知らないままでは、あまりにもったいない。
ぜひとも、読者の皆様にはVulf Stemsの存在をお伝えしたく、今回はこのサイトを取り上げることにした。
では、百聞は一見に如かず。まずはご覧いただこう。
どうだ、これがVulf Stemsである。
・・・いま、あなたの頭に「?」が踊っているかもしれない。
それでは、これでどうだろうか。
もちろん、これもVulf Stemsである。
アルバム名は「Birds of a Feather」。そして、曲名は「Antwaun」、「Theo」、「Joey」…。
もしかしたら? と思えてくる曲名だ。
今度はアルバム「Beastly」だ。
よかったら、再生ボタンをクリックしてみていただきたい。
ファイル1、「Joe」が再生されただろう。最初は15秒ほど、ほとんど無音だが、そのあとはしっかりと音声が流れだす。
その音声が何なのか…
あなたがVulfpeckのファンなら、もうお分かりだろう。
これは、楽曲「Beastly」における、Joe Dartのベース「だけ」の音声だ。
そのまま、次の曲「Jack」を聴いてみると、今度はJack Strattonが弾いているエレピ「だけ」を聴くことができる。
つまり。
Vulf Stemsとは…
Vulfpeckの曲を「分解」し、
各パートの音をバラバラに聴くことができる、というサイトなのである。
正確には、VulfpeckのBandcampにおける「裏アカウント」が、Vulf Stemsだ。
にわかには信じがたいかもしれない。
そもそも、これは公式なのか?
何らかの方法でファイルがJackのPCから流出してしまったのではないのだろうか?
いや、そうではない。フェイスブックの投稿で、Jackがわざわざその存在を明らかにしている!
Vulf Stemsは、ちゃんとした公式音源なのだ。
そして昨今、このような「各パートをバラバラにした音源」は、「ステム(Stems)」と呼ばれている。
@neotaku00氏によれば、そもそも、Jackが公開しているこの「各パートをバラバラにした音源」というものは、レコーディングやコンサートの現場において、古くから存在する概念だった。
それはかつては「サブミックス」と呼ばれており――例えば3人のコーラスを1つのファイルにまとめたものや、バスドラ・スネア・ハットなどの音をまとめて「ドラムのレコーディング音声」を作るときに、「サブミックスを作る」という表現がされていたのだ。
「サブミックス」は「楽器ごとの音をまとめ、リバーブなどさまざまな処理を施したもの」であり、最終的にこれらが適切にミックスされることで1つの音源が完成する。
語源は定かではないが、いつからかこの「サブミックス」が「ステム」と呼ばれるようになり、ネットの発達によって音楽制作の現場で「サブミックス=ステム」ファイルのやり取りが盛んになっていったと考えられる。
だが「サブミックス=ステム」ファイルは、いわば「裏方」だ。レコーディングの作業過程などで作られるファイルであり、通常、これだけでリリースされることはありえない。
そこを変えたのも、Vulfpeckだった。
前述のように、サイト「Vulf Stems」では「ステム」が公開されており、これはVulfpeckファンにとってはものすごい宝として機能する。
「サブミックス=ステム」の公開は、ファンベースの深化にとって、実は非常に効果的なやり方なのである。Dean TownでJoe Dartのベース「だけ」が聴けるなんて、こんな贅沢が許されていいのだろうか?ということを、Jackはちゃんと理解しているのだ。
近年は有名なバンドもステムを配布する例が出てきており――実際は、これについては誰が最初に始めたのかはわからない。だが、Vulfpeckは他のバンドに先駆けて、ステムの配布をかなり早い段階で始め、前例として機能したと思われる。
最近では、Official髭男dismの曲「Universe」でステムが公開され、ファンの間で話題になった(この曲はそもそもVulfpeckによく似ており、またベースの楢崎氏はJoe Dartに影響を受けながらこの曲を演奏したことを明かしている)。
それではいよいよ、Vulfpeckのステムについて、詳しく見ていこう。👇
https://vulfstems.bandcamp.com/
Vulf Stemsで楽曲一覧を見ると、このように、現在7曲分のステムが確認できる。曲名をクリックしてみよう。
すると、ステムが再生できるページに飛ぶ。ここでは「Antwaun」、「Theo」、「Joey」など、レコーディングに参加した人名が書かれている。
もちろん、「Antwaun」はメインボーカルのAntwaun Stanleyのこと。つまりこれを再生すれば、レコーディングの👇の瞬間にAntwaunが持っていたマイクに収録された音(リバーブなどの処理済)をステムとして聴くことができる!
(同曲のレコーディング風景はこちら👇)
もちろん、Birds of a FeatherにおけるJackのパンケーキ工場の音声も存在する。ちゃんと6曲目に「Jack」というファイルがあるので、ぜひご確認いただきたい。
(この曲のドラムはJackがパンケーキを叩く音声を加工して作られている)
さらに、楽曲「Back Pocket」は2バージョンが公開されており、リバーブなどの処理を施す前と後の、両方のテイクを聴くことができる。(Stems)と記載されたほうが、処理が終わった後のファイルだ。
そして・・・普通に検索してたどり着くことができる「Vulf Stems」は7曲だけだが、実は私は今回、隠されていた8曲目を見つけ出すことができた。Animal Spiritsのステムだ。
どの曲も素晴らしいが、個人的にこのAnimal Spiritsのステムが最高だ。何度聴き返しても飽きることがない。ぜひ原曲を聴いたことがある方なら、こちらのステムもお楽しみいただきたい。
さらに、これらはすべて無料でダウンロードすることもできる。
Bandcampにログインし、「デジタルアルバムを購入」を選ぶと、値段を決める画面に進む。入力が終われば曲のダウンロードが可能だ。ゼロを入力すれば無料ダウンロードになるが、もちろん、ここできちんと値段を設定し、Vulfpeckに直接、活動のフォローとしてお金を送ることもできる。
以上が、Vulfpeckのステムを楽しむことができる、VulfpeckのBandcamp裏アカウント、「Vulf Stems」の紹介となる。
これを聴くことにより、ファン同士で行われていた「この曲はどこがオーバーダブなのか?」という疑問は、(ステムがある曲については)すべて解決される。さらに、ベースなどのコピーや練習も非常にやりやすくなるため、これらは楽器演奏者の大きな助けにもなるだろう。
最後に、個人的な「聴きどころ」を紹介して終わりとしたい。これはかなりマニアックな視点になるので、読み飛ばしていただいてもかまわない。
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①なんといってもAnimal Spirts!
JackとWoodyが連弾するピアノを聴くと、いかにヴォーカル以外にもフックとなるメロディが聞こえてくるようにしっかりと曲が作りこまれているのかが分かる。この曲はJackson5がモチーフになっていると言われることもあるが、ピアノを聴くとそれがよく理解できる。
しかも、細かいミスも何のその。ぜんぜん気にしてない。完成音源ではそんなところまでこちらも気にしないし、彼らがセッション感を大事にしてレコーディングしている雰囲気がよく伝わってくる。
Joeのベースも、単体で聴いても驚くほどのグルーヴに満ち溢れている。ベースがサビに入ってヴォーカルとユニゾンする箇所も、よりわかりやすい。
そして、オーバーダブが多いとされていたこの曲における、その細部がはっきりと理解できた。イントロのシンセだけでなく、Aメロの裏に入るチェレスタ風の鍵盤、サビで入るギター、Cメロで入るオルガン、ブレイク空けのシンセとホーンなど、Vulfpeckにしては珍しく、かなりの量の楽器が後から足されていることが確認できる。
PVでドローンが飛び上がるところ、ブレイクが空けた瞬間は、シンセだけでなく、Theoもライブと同じようにハイノートを出していることも分かった。
②そして、Dean Townのベース。
ステム素材で聴くと、イントロのフレーズにおいて、必ず1拍目の音にアクセントを置いているのがはっきりと聴き取れる。
これは、Joeのベースマガジン誌におけるインタビュー発言を裏付けるのに、非常に良い資料となる。
1小節に一回ずつ、必ず1拍目にアクセントを付けて演奏されているが、これは実際にやろうとすると、とてつもない集中力を必要とする。
単純に計算して、イントロは96小節。つまり、そこだけで96回もアクセントを付けているのである!
③Cory Wongにおける後半のライブ音源は、リバーブなどのミックス処理が行われる前の状態で聴くことができる。
これにより、完成音源で若干聴き取りづらかった最後のMCが鮮明になり、そこでJackがCoryの紹介をしている内容がはっきりとした。2016年当時、CoryがまだミネアポリスのBunker's Jamで、プリンスの元バンドメンバー、マイケル・ブランドとソニー・Tと一緒に、日曜と月曜の夜に一緒に演奏していることがこのMCから分かる。
(Bunker's Jamについてはこちらを参照のこと👇)
④最後に、前回の記事でも紹介したが、Poincianaについて。
PoincianaではレコーディングにDX7のシンセが使われているのは分かっていたが、それをどうやって鳴らしていたのか?MIDI打ち込みなのか、リアルタイムで演奏したものを使ったのか?というのが、このステム音源で解決した。リアルタイムでDX7を録音したものを鳴らし、それをTalkboxに繋いで、ホースを咥えていたのである。
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というわけで、個人的な聴きどころの紹介となった。
これで、今回の「Vulf Stems」についての講義は終わりにしたい。お付き合いいただき、ありがとう。
次回は――2020年のニューアルバムの解説だ!
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
◇既刊情報◇
バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)
ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」
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