見出し画像

Jack Strattonが語る、Spotifyの現行収益モデルの「不公平性」について――我々がSpotifyに支払っている10ドルは、いったい誰の手に渡っているのか?

KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、25回目の連載になる。では、講義をはじめよう。


今回はJackが2015年に書いたブログ👇を元に、Spotifyの収益モデル(アーティスト収益の計算方法)について語りたい。


ブログのタイトルは、「Why Spotify Pays So Little(なぜSpotifyからの収益は極端に低いのか)」。

スクリーンショット 2020-12-07 00.35.15

画像出典:http://lit.vulf.de/spotify-so-little/

ここでは、楽曲「The Birdwatcher」によるSpotifyでの1再生あたりの収益が、わずか0.00786ドルでしかないことが書かれている。

これに対して、珍しくはっきりと怒りを表明しているJack。

Jack、怒ってます!

画像12

Jack Stratton / 画像出典:https://aristake.com/vulfpeck-greek



さて、先ほどの2015年のブログにおけるJackの言い分は単純で、明快だ。

①Spotifyの現行の収益モデルはフェアではない

②Spotifyは新しい収益モデルに改善すべきである

スクリーンショット 2020-12-05 13.53.41

画像出典:http://lit.vulf.de/spotify-so-little/

この2点だ。

そしてJackはつい先日、2020年12月3日にも同じ趣旨のツイートを行った。


つまり、Spotifyの収益モデルは2015年から一切変わっていないし、Jackの考えも、まったく変わっていない。Spotifyのやり方はフェアではないという主張を続けている。

これはSpotifyを含めたサブスクリプションでVulfpeckを聴いているリスナーにも関係のある話題なので、ぜひVulfpeckのファンとして、Jackが何を言っているかを知っていただきたい。

それでは、ブログに記されたJackの主張を追っていこう。



①Spotifyの現行の収益モデルはフェアではない

Less than a cent. How did Spotify get this number?
Spotify pools its revenue for March, gives 70% to artists and takes 30%. This is based on iTunes’ 70/30 split.Spotify splits up the artists money based on percentage of total streams on the platform.

Jack :(「The Birdwatcher」の1再生あたりの収益は)1セントにも満たない。Spotifyはどのようにしてこの数字を導き出したのでしょうか?

Spotifyは全収益の70%をアーティストに渡し、運営費として30%を持っていきます。これは、iTunesにおける70/30のルールに基づいています。そしてSpotifyは、プラットフォーム上の総ストリームの割合に基づいてアーティストのお金を分配します。(出典:http://lit.vulf.de/spotify-so-little


まずSpotifyは、月10ドル(正確には9.99ドル)の有料アカウントからの月額料金、そして無料アカウントへの広告収入などをすべて集め、それらをシンプルに7:3に分割している。

70%が、Spotifyに登録している、全アーティストの取り分である。そして、その70%が、どのように各アーティストで分配されるのか?ここからが、Jackが問題提起している部分だ。

その分配の仕組みは、さまざまなサイトで解説されているが――それは、アーティストの再生回数を基本として計算されている。

単純に再生回数が多いアーティストが、多くの収益を上げる。という仕組みだ。

これだけでは問題が分かりにくいが、別の視点でこのモデルを見てみよう。


例えば私がSpotifyの有料会員になって、絶対に、100%、Vulfpeckしか聴かないと仮定する。

私のお金はちゃんとVulfpeckに届いて、Vulfpeckの創作活動の支えとなっているのだろうか?

しかし残念ながら、私がSpitifyに払った10ドルは、ほとんどVulfpeckのところに行かない。


画像5


なぜか?これはSpotifyが、「自分が再生したアーティストにお金が行く」仕組みではなく、「すべてのユーザーの課金を、全アーティストで分配している」からなのだ。

つまり、10ドルのうちの多くは、ランキング上位に君臨しつづけるトップアーティストと、そのレコード会社の収益となっている。「単純に再生回数が多いアーティストが、多くの収益を上げられる」とは、そういうことを意味している。


これは、とにかく世界中に多くのファンがいるアーティスト、大量の宣伝を打つことができる大手レコード会社のアーティストや、BGMなどで使われるアーティスト、などにとって有利なシステムだ。

このやり方はフェアではない、というのがJackの主張である。


Working backwards the average US listener logs 890 streams per month.Terry is below average. In 2014 he averaged 350 streams per month. If his subscription money only went to artists he listened to, it would’ve been $0.02 per stream. Instead it was $0.00786. Normal listeners are subsidizing yoga studios that play Spotify all day.Catalog artists have to compete with Top 40 for the same pot of money. Bandcamp pays us 8x Spotify per follower. If someone likes Vulfpeck and Daft Punk on iTunes, they spend a dollar on Vulfpeck and a dollar on Daft Punk. I resent Daft Punk’s summer hit on Spotify. Splitting money up individually also eliminates Sleepify. The individual model is a step forward for subscription, but Daniel Ek reminds us there’s simply not much money in music (Charlie Rose introduces Ek as being worth $300M). Artists are frustrated.  And lite listeners should be too.

Jack : 平均的なアメリカのリスナーの再生数は、月に890再生です。しかし、テリー(筆者注:仮定のVulfファン)は平均以下でした。2014年には、彼は月平均350再生を記録していた。もし彼の支払っている月額が、彼が聴いているアーティストにのみ還元されていたら、1再生あたり0.02ドルが支払われていたでしょう。

しかし現実は、0.00786ドルでした。

一般リスナーは、Spotifyを一日中再生しているヨガスタジオにお金を払っている。そして我々は、再生トップ40と競争してリスナーのお金を取り合わなければなりません。

VulfpeckとDaft Punkが好きな人がいたら、Vulfpeckに1ドル、Daft Punkに1ドル払っていることになります。私はDaft PunkがSpotifyで夏にヒットしたことを苦々しく思っています。

個別のアーティストを対象にお金を分割することで、Sleepifyも必要なくなるでしょう。個別モデルはサブスクリプションにとっては一歩前進ですが、Daniel Ek(筆者注:SpotifyのCEO)は我々に、音楽には金銭的価値がないと思わせています(そして、Charlie RoseはDaniel Ek自身に3億ドルの価値があると言っている)。

アーティストは不満を抱いています。そして、ライトリスナーもそうあるべきです。(出典:http://lit.vulf.de/spotify-so-little

ここでは、ランキング上位のトップアーティストたちに多くのお金が渡っているため、Vulfpeckの1再生あたりの収益が低くなっているということ。また、再生回数の低い「ライトリスナー」は、自身が払っているお金の多くを、実際には再生していないトップアーティストに持っていかれていることが語られている。


(そして余談として、その現行システムへの対抗策として「Sleepify」が生み出されたとも語られている。Sleepifyの1再生あたりの収益はやはり0.005ドルとさらに低かったが、これはJackの作戦で500万再生を突破し、2万ドル以上の収益を生んだ。出典:https://www.youtube.com/watch?v=LB1sTH7bUQ4

スクリーンショット 2020-12-05 10.27.34

画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=KXvncV79LXk&t=2s


こういった「不公平」なSpotifyの現行の収益モデルに対して、Jackは以下のように改善を要求している。


②Spotifyは新しい収益モデルに改善すべきである

My proposition is simple and will never happen.Instead of pooling all subscription money and distributing to the entire pool of artists, do it individually.

Jack : 私の提案はシンプルで、決して実現しません。

すべてのサブスクリプションによる収益を、アーティスト全体に分配するのではなく、個別に分けるのです。(出典:http://lit.vulf.de/spotify-so-little

スクリーンショット 2020-12-05 13.53.41

画像出典:http://lit.vulf.de/spotify-so-little


こちらも2015年のJackのブログからの引用である。つまり、各ユーザーが実際に聴いたアーティストにお金が届くようにしてほしい、ということだ。

先ほどの例に戻ると――私が完全にVulfpeckしか聴いていないのなら、Spotifyに払った10ドルのうち、アーティストに行くお金(約7ドル)は、すべてVulfpeckに行く。という新しいモデルを採用してほしい。という主張である。


画像8


もちろんこの声はSpotifyに届かず、Jackが自身で「絶対に実現しません」と語っているように、Spotifyの収益モデルは変更されていない。

Spotifyがこの新しいモデルを導入しない理由としてよく語られるのが、このモデルでは、ユーザーから各アーティストへの分配率が、全ユーザーで変わってしまう。個別の分配率を調査してお金を振り分けるには莫大なコストがかかるし、現実的ではない、という理由だ。

しかし、現行のモデル👇――聴いてもいないアーティストへお金が流れていくシステムが、はたしてユーザーフレンドリーだと言えるのだろうか?また弱小アーティストにとって公平な状況だと言えるのだろうか?


画像7


ユーザー主体モデル(user-centric model)


画像8

実は先ほどの👆「新しいモデル」は、Jackが最初に提唱したわけではなく、昔からアーティスト間では幾度となく提唱されてきたモデルである。

背景には、Vulfpeckだけでなく、世界中で弱小アーティストへのサブスクリプション収益が低すぎるという実情がある。これにより多くのアーティストが自身の収益率の悪さを公開し、改善を要求してきた。

Jackが提案していた「新しいモデル」の考え方は、現在かなり音楽業界に広がってきており、今ではそのモデルを「ユーザー主体モデル(User-Centric  Model)」と呼んでいる。

これは、実際に、Deezerというストリーミングサービスが取り入れていることでも有名となった。(Deezerでの名称は「ユーザー主体支払いシステム(User-Centric Payment System、略してUCPS)」)


そもそもSpotifyの現行収益モデルは大企業主体であるとして、アーティストだけでなく、メディアやユーザーからの批判も増え、最近では、イギリスの議会もこの問題の調査に乗り出している。

そして、こうした収益モデル改善の要求は、現在では #BrokenRecord という社会運動にも発展した。もはやJackだけでなく、全世界的な主張、要求へと成長したのだ。


実際、Spotifyの現行収益モデルによるアーティストの収益率は、他のストリーミングサービスと比較しても圧倒的に低い。一例でしかないが、ネットに挙がっているものを紹介しよう。

Apple Music → 0.8円
Spotify → 0.48円
Tidal → 1.39円
YouTube → 0.07円
Amazon Music → 0.4円
(1再生あたり。出典:https://bit.ly/2VIWNIj
Apple Music → 1.2円
Spotify → 0.4円
Google Play Music → 0.7円
AWA → 0.7円
LINE MUSIC → 1円
Amazon PrimeMusic → 0.2円
(やはり1再生あたり。出典:https://note.com/toukeru/n/nd4dfd8255d6d


ここでは、Apple Musicと比べると実に2~3倍もの差があることが分かる。なぜか?ここにも様々な理由があるのだが、一番の理由はユーザー数の違いだ。現在、ユーザー数は圧倒的にSpotifyのほうが多くなっている。

音楽ストリーミングサービスを提供するSpotifyは米国時間(筆者注:2020年の)10月29日、世界全体のリスナー数が1つの節目を超え、第3四半期に月間アクティブユーザー数が前年同期比29%増の3億2000万人に達したと発表した。広告付きの無料版ユーザーを除くと、有料会員数も27%増加し、1億4400万人になったという。最新の数字により、世界最大のサブスクリプション音楽サービスというSpotifyの地位はさらに固まった。

Spotifyは、ライバルである2位の「Apple Music」の風上に立ち続けているようだ。Apple Musicは1年以上、会員数に関する最新情報を公表していない。Apple Musicが大きく成長してきたのは確かだが、Appleによれば、2019年6月の時点で会員数は6000万人だった。(出典:https://japan.cnet.com/article/35161731/


Spotifyの現行収益モデルでは、ユーザー数が増えれば増えるほど、ランキング上位の再生数も増え、結果としてVulfpeckを含む弱小アーティストの収益率はさらに悪くなる。しかし、ユーザー数の増加は止められないだろう。

よって、ユーザー数を増やす方向性は維持してかまわないが、アーティスト間での分配率は変更してもらいたい。各ユーザーが実際に聴いたアーティストにお金が届くようにしてほしい。それはユーザーがアーティストを応援できるシステムであり、ユーザー主体であり、また多くのアーティストにとってもフェアなやり方だ。

以上が、JackのSpotifyの収益モデルに対しての主張となる。

画像9

画像10



おわりに

いかがだっただろうか。Spotifyの収益モデルや、各サービスの還元率にここまで明確な違いがあることなどは、私はJackの最近のツイートをきっかけとして知ることができた。

私も、Jackが語っている新しいモデル、「ユーザー主体モデル」に賛成だ。サブスクリプションを使ってアルバムを再生している、いちVulfファンとして、少しでも自分の払った月額料金がVulfpeckに渡ってほしいし、それを活動の「足し」にしてほしい。


――ここ数年、世界の音楽市場は実は拡大している。それはCDなどの音楽ソフトの不振よりも、サブスクリプション市場がより大きな成長を遂げていることが原因だ。アメリカの2018年のサブスクリプション収益は、音楽市場全体の75%に達したというデータがある。(出典:https://yama-rock.com/subscription-music/

画像13

画像出典:https://yama-rock.com/subscription-music/


しばらくこのサブスクリプション市場の拡大は続くだろう。しかしそれでも、3億人以上のユーザーを獲得したSpotifyの経営は赤字である。この状況で、いつかはSpotifyは有料会員の値上げに踏み切るかもしれないし、実際に決算発表でその可能性に言及している。(出典:https://jp.techcrunch.com/2020/10/30/2020-10-29-spotify-hits-320-million-monthly-active-users/


ユーザー数の拡大で、業界最大手としての地位を不動にしてからの値上げというのはいかにも順当なロードマップだが、社としての経営状況を改善するのと同時に、苦しい想いをしている弱小アーティストにも手を差し伸べても良いのではないか、と思わずにはいられない。

音楽は有名アーティストのものだけではない。さまざまな種類の音楽、ときにはほとんどの人が聴くことないかもしれない曲も、ひとつの音楽として、文化として重要な存在なのだ。

それらの小さな枝、葉、芽があって、全体として大きな森となり、山となり、世界となる。音楽とはそういう、集合の文化だと思う。

その集合性を手軽に楽しめるテクノロジーとして、サブスクリプションが発達したという側面は否定できないはずだし――そうであれば、なおさら、その小さな芽が失われてしまわないよう、Spotifyを含むサブスクリプション業界には、その文化が保たれるように、システム、収益モデルを検討する余地があるのではないだろうか。それが、より「持続可能性が高い」文化に必要なのではないか・・・。


------------------------------

👇今回、本文で引用した以外に参考にした記事の一部だ。どれも大事な情報なので、よろしければご覧いただきたい。

👆特に最後の記事は衝撃的だ。「Bot」と呼ばれるプログラムを利用した、「金で再生数を水増しする」という話である。JackもTwitterでこの「Bot」の存在に言及し、SpotifyにBotがはびこっている現状を非難した(ツイートは現在削除されている)。

こうしたプログラムによる不正に対して、「人力で」「本物のファンに」「再生数を水増ししてもらった」のがSleepifyだと言える。

Botは人々が寝ている間に命令されたアーティストの再生数を水増ししていき、Vulfpeckのファンは自分が寝ている間に自分の意志で、Vulfpeckの無音のアルバムをリピート再生する。

こうやって比較すると、Sleepifyは、Spotifyの現行収益モデルに対抗して生まれた、というのがよく分かる。Botによって大物アーティストの再生数が水増しされているのであれば、我々は我々の人力Botを作ろう――とっておきの方法で!というわけだ。こんな痛快な話はないだろう。

からくりを知ってなお、Jackのアイディアに拍手を送りたい。


トップ画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=KXvncV79LXk&t=2s


----------------------------------


―――――著者情報――――――

Dr.ファンクシッテルー

写真 2020-07-19 23 15 06

宇宙からやってきたファンク博士。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。

画像14


「KINZTO」の活動と並行して、音楽ライターとしても活動。

■「ファンクの歴史」をKindleにて出版。👇

ファンクの歴史書、決定版!

1967年に誕生したと言われているファンク、
そのきっかけになったのは「ロックンロール」と「モード・ジャズ」だった!?

本書では、ファンクが誕生する前から、現代まで、総じて約70年にもおよぶブラックミュージックの歴史を紐解きます。

◆ファンクはいつ、どうやって生まれ、だれが広めていったのか?
◆16ビートはどこからやってきたのか?
◆ファンクと、ジャズ、ヒップホップ、ハウス、R&Bなどとの関係は?
◆現代のファンクはどうなっているのか?

これらの疑問にすべてお答えする、まさにファンク入門書であり、
ブラックミュージック史としてもまったく新しい書籍となっています。

上巻では、まず1940年代からのブラックミュージックの歴史をたどり、ジャズ、ブルース、ロックンロール、ソウルなどの影響を受けながらジェームス・ブラウンがファンクを誕生させるまで、そしてその頃の公民権運動などの時代背景について解説しています。

中巻では、1970年代の「ファンク黄金期」をテーマに、ファンクと16ビートの拡散の歴史を追いかけます。スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ジェームス・ブラウン、JB's、タワー・オブ・パワー、ミーターズ、ブーツィー・コリンズ、パーラメント&ファンカデリック(P-FUNK)、アース・ウィンド&ファイアー、シックなどが主要な登場アーティストです。

さらにソウルやディスコ、ハウス、テクノ、ヒップホップとの関連性についても詳細に記しました。

本書では、Apple Music、Spotifyのプレイリスト「ファンクの歴史」にアクセスすることで、文中で紹介されている参考音源を探すことなく、音源を聴きながら読みすすめることができます。



■Twitterでファンクの最新情報・おすすめ音源を更新。👇


――――― KINZTO YouTubeチャンネル――――――


もしよろしければ、サポートをいただけると、大変嬉しく思います。いただきましたサポートは、翻訳やデザイン、出版などにかかる費用に充てさせていただいております。いつもご支援ありがとうございます!