ドラマ:妻、小学生になる。感想1-c

★第一話(その3:貴恵、小学生に生まれ変わって帰宅)

(※『小学生になった貴恵』の帰宅シーン。ドラマでは割愛された内心の描写を、主に貴恵の視点から想像で書いてみます…)

 学校からの帰り道、少女は突然、前世の記憶を思い出した。

 「あ、わたし新島貴恵だ!この近くに住んでた。圭介や、麻衣と!」

 かつて住んでいた家に向かって走り出す。土手を走り、長い階段を駆け上がる途中で、会社帰りらしいサラリーマンの背中を追い越す。

 追い越して、「あ!」と立ち止まった。良く知っている後ろ姿だった気がしたからだ。「圭介!?」

 だが、振り返った先にいたのは赤の他人、くたびれた老人だった。

 「なんだ、人違いか…」と思いかけて「違う!人違いじゃない。やっぱり圭介じゃない?」と、まじまじと老人を見る。

 「やだ、10年しか経ってないのに、なんでこんなに老けこんでるのよ、まるで別人じゃない!」10年の間に病気でもしたのかしら…などと考えて、ハッとした。

 「違う…。わたしのせいだ…」

 小学生になった貴恵は、記憶の中の圭介と、目の前にいる老け込んだ圭介との、あまりの差に絶句し、その場に立ち尽くした。

 一方の圭介は、見知ら少女の視線に困惑していた。

 「誰だ?知らない子だ。なんでそんなにジロジロ見る?いくら小学生だからって失礼じゃないか…。変な子だなあ…。関わらない方が良さそうだ…」

 最初は怪訝そうに自分を見ていた圭介の顔が、明らかに迷惑そうな表情に変わった事に、貴恵は大きなショックを受けていた。

 土手を走りながら、圭介や麻衣との再会の場面を、いろいろと想像した。そこに、二人の驚く顔はあっても、迷惑そうな顔は無かった。

 初めて圭介が自分の働く洋食屋に来てから、結婚していた間、何度もケンカはしたが、あんなに冷たい目で私を見た事は一度も無かったのに…。

 甘かった…。別人どころか、小学生の姿で「ほら、あなたの妻だった貴恵よ!ママよ!生まれ変わったのよ!」なんて言って、簡単に受け入れてもらえるはずはなかったのだ。

 小学生の貴恵は、愛する圭介や麻衣との再会が、思ったよりずっと困難である事に、たった今気づいたのだった。

 だが、元来楽天的な貴恵である。悩んだと言っても、ほんの数分だった。

 「よし、当たって砕けろだわ。一番の正攻法で行こう!インターホンを押して、笑顔で『ただいま!』と言うのよ!とにかく家に上がってしまえば、きっと何とかなるわ…。ファイト!」

 そう、ドラマに描かれている『帰宅』のシーンは、ここから先である。

 ちなみに、インターホンが鳴り、<亡くなってから、10年目のその日、妻は、うちに帰って来た>という圭介のモノローグが流れるまで、ドラマ開始からわずか9分。

 初回60分枠を50分以上残してエピローグが終わり、ドラマ本編が始まる。パスカルズの軽快な音楽に乗せて『妻、小学生になる。』という文字が書かれた赤いランドセルが映る。素敵な物語の始まりだ!

※この『小学生の姿で帰宅』のシーン。漫画版とドラマ版では、台詞は同じでも貴恵の振る舞いが全く違う。原作での貴恵の「ただいま!」は、なぜかとても不機嫌なのだ。だから、初見の僕は、ドラマ版の満面の笑みを浮かべての「ただいま!」にかなり違和感を覚えた。だが、何度も何度も見返して分かった。原作にはない『階段での再会』のシーン(20秒ちょっと)が重要なのだ。脚本家の方が読んだら稚拙な心理描写を笑うだろうが、僕の想像した貴恵と圭介の内心は『あたらずといえども遠からず』だろうと思う。

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