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やさしさとは何なんだろう?

こんにちは。
先週の3連休は夫の実家の愛知県に行ってきました🫧

入籍前にご挨拶してから初めての帰省、
初めてのお泊まりだったのですが
行く前の緊張はどこへやらとても楽しく
過ごすことができました!✨

そんな中で、夫方のお父さんお母さんの
何気ない優しさに触れ、改めて優しさについて
考えることがありました🌷
今回はその感情を忘れないようにnoteに
書いておこうと思います🌿

(ちなみにタイトルは大好きな乃木坂の楽曲、やさしさとは?からつけました!
 素敵な曲なのでぜひ聞いてみてください🍐)


優しさとは?

”優しさ”というとかなり大きな題材ですね。
辞書で調べると「心温かく、思いやりがあること」(Weblio辞書)
と出てきます。

確かに、優しさを誰かに向けるときは温かい気持ちであるように思います。
誰かが良くなってくれたらいいな、誰かが助かってくれたらいいなという
誰かを思いやる気持ちがあるのも事実です。

ただ、そんな優しさの中にも
心が温かいことが理由なのか不安になるような
自分が思いやりを持って動いたのか考えるような
そんな瞬間が私にはあるなあと思っていたのです💦


優しいねと褒められると気まずくなる

ありがたいことに友人から「優しいね」と言ってもらえることがあります。
もちろん、友人たちは褒め言葉として言ってくれていると思います🫧

でもそう言われるたびになぜか気まずくなってしまう自分もいるのです。

なぜかと考えたら
私が「思いやり」ではなく「打算的」にやっていることがあると思ってしまうから
なのではないかと。

というのも、優しくすることで自分の居場所を確保しようとする時があるんです。

・人がやらないことを率先してやること
・相手が悩んだ時に話を聞いて言葉をかけること
・誰かの表情や行動を見て次にしたいことの補助をすること

これは私にとって苦ではないのですが、やった後に優しいねと言われると
なんとなく気まずくなるタイミングの例です😶

初めは何も考えずにできていたし、そのあと褒められるとただ純粋に嬉しかったのに、大人になるにつれて
これをしたら相手が喜ぶから関係がうまくいくんじゃないか。とか、
こうできることが私のアイデンティティなのであって、
こうしないとマイナスな印象になる居場所がなくなってしまうのではないか
(その人にとって必要なくなるのでは?)
と考えてしまうようになってきたのです。

もちろん毎回これを考えて打算的に行動しているわけではありませんが、
少なからずそんな考えを持った私に「優しい」という言葉が似合わないのでは?
と思ってしまうのです🥲
(ここまで読み返してみましたが、面倒な女ですね。笑)

打算的な優しさは優しさじゃない?

さて、こんな考えの私でしたが、父と母の優しさに触れたことで
また新たな考えが湧いてきたのです。

それは、
打算的かどうかは受けた相手が決めるものではないか?
ということです。

夫の実家にいる間、父と母から本当にたくさんの優しさを感じました。
例えば
・夜ご飯の際、「もぐちゃん(私)は自分から取りにくいだろうから、
 夫くんが取り分けてあげて!私も旦那さんの実家でそうしてくれて
 ありがたかったの」と夫に言ってくれる
・何気なくした会話を覚えていてくれて好きなものを準備しておいてくれる
・休日は昼まで寝る私たち夫婦が気を遣わないように
 私も昼まで寝るからいつも通り起きてきて!と言ってくれる
・お土産で持って行ったお菓子を目の前で食べて喜んでくれる
・たくさん褒めて話して相談に乗ってくれる   ・・・などなど
あげたらキリがありません👑(ほんっとに一部です)

そんな温かい優しさに触れて、帰りの新幹線ではそれはそれは
あったかい気持ちになっていた私。

自分に子どもが生まれてその子が結婚した時にはこんなふうな
温かい優しさをあげられるような親になりたいな…
でも「こうしたら家を居心地よく感じてもらえるかな」と
打算的にやるのは良くないな…

そこまで考えてあれ?と気が付きました。
”でもお父さんとお母さんは打算的にやったわけじゃなくない?
”もしそうだったとしても私はそう感じなかったし嬉しかったことに
変わりはない
んじゃない?”って😶

そう思うと私が居場所を求めて打算的にやっていたと思う優しさも
受けた人は打算的に感じなかったり嬉しく思ってくれたりしていたんじゃないか?それを喜んでくれて”優しい”と表現してくれたのではないか?
と思えるようになってきたのです💭


優しさとは🌱

打算的だとしても、居場所を求めてやったとしても
受けた相手が嬉しくなる、幸せになること”
を優しさと呼ぶ
ことにしよう

そして、できるだけ打算的かを考えずに
その人が喜んでくれるか、幸せになれるかに重きを置いて
行動する
ようにしよう

そうして言ってもらった”優しいね”は
喜んでもらえたんだとありがたく受け取る
ようにしよう

これが今回の優しさについて考えた私の終着点です🫧
浅はかかなあと思いつつも、私は結構満足しています🌷

こう考えられなければ、きっとこれからも優しいねと
褒めてもらうことがあっても素直に喜べないと思うからです🍀

こうして、あったかい優しさに触れて考え方も成長し、
幸せだな〜と思う帰省が終了したのでした!


これからもこうして他の人と触れ合う中で出会った
自分の中の新しい考えを拙いけれど文字に起こして
腑に落として、素敵な人になれたらいいなと思っています☺️


最後までお読みいただきありがとうございます🌼


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