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占い by Miruba

「あ~あ、どうしよう」容子は絶望的な気分でつぶやいた。
 買い換えたばかりの携帯電話を何処かで落としたらしい。気が付き慌てて元来た行程を辿ってみたが、デパートのトイレの棚にも、喫茶店の荷物入れにも無かった。
「持って行かれちゃったかな?」携帯を落として酷い目に遭う映画を思い出す。不安が増してくる。警察に紛失届を出そう。容子がそう思って歩き出した時だ。
「お姉さん、お姉さん。そう、あなたよ。あなた携帯を無くしたでしょ?」
看板に【占い】と書いた小さな店舗の奥から声が聞こえた。容子は不審に思う間もなく、迷った道を探すように、その得体のしれない薄暗い店の中に入り「ええ、困っているの」と答えていた。

 店の中は暗く灯りはいくつかのキャンドルライトだけ、宇宙空間のような壁紙が天井に張られその裏にライトがあるのだろう星がたくさん見える。大きなテーブルがあり、ベールを隔てご指定通りの水晶玉が光り、場違いなほどの普通のおばちゃんがちょこんと椅子に座っていた。
「お名前と生年月日は?」と問われるままに答えてしまう。それだけ切羽詰まっていたのだろう。
「あなた、デパートで物を無くす、と出ているわ」
「え?なぜ私がデパートに行ったことを知っているの?」
「あのね、デパートの4階よ。ん~手袋か帽子売り場だわね」
「ええ? なんでわかるの?」
「いいから早く取りに行ったほうがいいわ」

 容子は半信半疑ながらも急ぎデパートに戻った。帽子売り場なら先程も寄った。見ていないと気の毒そうに店員が言ったのだ。容子が再び帽子売り場に戻ると、店員が飛んできた。
「お客様! 戻って来て下さってよかった。携帯電話ありましたよ! 帽子の間に入り込んでいたのです」容子は思い出した。帽子を買った時、何個か試着した。帽子を薦めてくれる店員と話をしていて、つい無意識に携帯をそこら辺に置いてしまったに違いない。  
 容子はその足で、先ほどの占い店に戻った。手にはマロングラッセを持って。まともにお礼も言わず、占ってもらった代金も払っていないことに気が付いたからだ。
「先ほどはありがとうございました」笑顔で報告する。
「マロングラッセは大好物なのよ」と言って、お礼にちゃんと占ってあげる、というのだ。物心ついてからその時まで占いなんて眉唾、と思っていた容子だったが、先のウルトラミラクルを偶然というにはミステリアス過ぎた。

 占いのおばちゃんが水晶に手をかざす。容子は先ほどまでただの普通のおばちゃんと思っていたことなど忘れ、「マダム、何か見えますでしょうか?」と丁重に聞く。 
 マダムは水晶の中を覗き込み、両耳に手を当てるとじっと目を閉じた。
 少しすると、顔を上げ「あなた、昨年事故で入院したわね。入院が少しだけ長引いて、会社を辞めざるを得なくなった。でもその会社近々潰れるから、あなたにとって良かったわよ。次の就職先で悩んでる?貿易会社より、〇〇区にある販売会社の方が見込みがあって相性も良いかもしれない。頑張ってね。過去も見てあげましょうか?ご両親の名前と生年月日は?」
 またしばらく目を閉じると「ああ、お二人は〇〇県の出身で幼馴染なのね。今お父上は外国へ単身赴任とでているわ。あなたは七歳の時東京〇〇区に越してきたのね」

 もう、容子は眼を大きく見開き、驚きで叫びたくなる口を両手で塞いで息をのみ、ウンウンと頷くのが精一杯だった。
「先生、ありがとうございました。また来ます」容子は、晴々とした顔で占いの店を出た。
「普通のおばちゃん」が「マダム」になり「先生」になったことで、その信頼度の変化が分かるというものだ。容子は友人に話したばかりでなく、ソーシャルメディアでも埼玉駅近くで見つけた占いの店で起きた「バッチリ当たる占い」のことを発信した。
 瞬く間に埼玉のおばちゃんの占い店は、昔、占いで有名だった「新宿の母」を思わせて、毎日行列が出来る程だった。おまけに信じられないほどよく当たるらしい。
 血液型から、好きな色、好きな食べ物、出身校、果ては留学先から、結婚・離婚の年、主治医、先週コンビニで買った物まで当てられては、信じないほうがおかしい。
 あまりにも当たるので、「占いなんて所詮統計学ですからね」とか、「誘導尋問がうまいだけでしょう」とか言っていた人たちは、テレパシーか? サイコメトリーか? 魔女かも、と散々の言いようだ。

 容子はその後再就職したばかりの会社で忙しくしていてあまり行かなかったのだが、久しぶりに埼玉のおばちゃん、否、先生のところに行こうと思った。容子が5年も前から付き合っていて、そろそろ結婚をと考えていた恋人のことを、前回の占いで「借金をしているから辞めたほうが良い」とアドバイスを受けたのだ。
 借金の事を恋人に問うたら、親の負債を肩代わりし懸命に返済しているところだった。それもあって結婚が言い出せなかったという。
「占い師の言うことを信じて俺を信じられないのなら別れるしかないな」と、あっさり振られてしまった。
 容子は恋人にたっぷり未練があるので解決策を占って欲しかったのだ。
 しかし、その日店は閉まっていた。容子と同じように臨時休業を知らずに訪ねてきた人たちが、名残惜し気に、店の前でウロウロしている。
 だが、行列が苦手な容子は、最初の出会いのこともあり、裏の入口を教えてもらっていた。占いの店は路地にあり、一本隔てて表通りへぐるりと回ると、大きな別の店と店との間に人一人やっと通れるほどの細い私道がある。突き当りに占い店の裏口というか、先生の個人宅の玄関になっているのだ。

 夕暮れ時なので、容子は薄暗い道を隣りのコンクリート壁に手を付きながらゆっくり歩く。
 玄関が少し開いていたので、先生は中に居るのだなと思いドアノブに手をかけようとした時、声が漏れてきた。
「……だから何故もうダメなのよ。息子のあんたがいなかったらママは何もできないのよ!」先生の声だ、先生には息子さんがいたのね、と思いながら声をかけてもいいのか? と迷っていると、男の声がした。 
「パーソナルデータ(個人情報)を集中管理している経済産業省と情報世界銀行のサーバーへのハッキングがバレちまいそうでヤバいんだよ」
「だって、日本は規制があまいから、大丈夫って言ってたじゃないの」 
「最近チョー厳しくなってきたんだよ。上には上がいるしな」
「だけど、占いの店が出来なくなると困る。ママの霊感が最近弱くなったらしいのよ」
「何が霊感だよ。俺が個人情報を総合データーバンクのサーバーから引き出して教えていたから当てることが出来ただけじゃないか。客は自分があちこちのサイトに個人情報を打ち込んでいても、自分の情報は分散しているのだから安心だ、と思っているのだろうが、今はビッグデータを活用するために、スーパーコンピューターやAⅠを使って全部データは集めまとめられているんだ。GPS録画なんて昔からある、防犯カメラもあるし、何時何処に居たかなんですぐわかる、だから名前を打ち込むだけで、戸籍も住所も行動履歴も購買履歴も金融やヘルスケアデータも行動軌跡だってすべて管理されていることに気が付いていないんだな、ちょろいもんだよ。ま、ちょっと面白いからそれをママの占いに活用しただけじゃないか。霊感だ、テレパシーだなんて笑わせてくれるよ。とにかく俺は少し休む。ちょっと旅してくる。ママも散々稼いだだろ? 温泉でも行ってきなよ、じゃあね」

 容子は、扉がバンと開いて、息子らしい若い男が旅行用のキャリーバックをゴロゴロと激しい音をさせながら出ていく様子を建物の陰に身を潜めて見ていた。
 
 容子は携帯を取り出し、占いの店の推薦部分を削除した。が、もう遅い、と思った。知らなかったとはいえ、とんでもないことに加担したような気がする。
 そういえば、先生が水晶を覗き込んでいたのはその下にコンピューターの画面があったのかもしれない。耳に手を当てる動作はパソコン操作をしている息子の話をイヤホン越しに聞いていたのかもしれない。
 不思議な程当たる占いと思っていたら、なんということはない、個人情報の勝手な閲覧だっただけのことか。
 蓋を開けてみれば笑い話だ。だが、なんとも空恐ろしい話でもある。
「やっぱり! 占いなんて眉唾なんだわ」
誰もが埼玉のおばちゃんの占いに心酔して、喜んだり、癒されたりしたかもしれないが、時には結構な見立て料を払っているという話を聞いたことがある。
「それって、詐欺? いや、占いだから大丈夫か? ハッキングのほうが問題だよね」容子はブツブツ独り言を言いながら心配になって来た。
 自分も被害者の一人と言えなくもないが、SNSで最初に「当たる占い」と発信したのはおそらく自分だ。警察に行ったほうがいいかな。きっとその行為に対ししっかりお灸を据えられるだろうが、仕方がない。
 それから、恋人に謝りの電話をしよう、いや、電話やメールより直接会って心から謝ろう、と容子は思った。

 路地を出ると、ビル街の間から、差し込む夕暮れ最後の光が見えた。
「でも、一番最初どこの誰かも知らないのに、先生は私が携帯を無くしたことを言い当てたのだもの。あれはやはり不思議だったわ」と容子は思った。

 結局何でも当たるという事実だけではなく、見た目普通のおばちゃんが悩みや相談事をとことん聴いてくれそうな雰囲気も含めて、「占い」という商売が成立するのかもしれない。誰もが悩みを抱えているのだから。

 容子は、街中をゆっくりと歩き出した。          <完>

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