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シン・居(キョ) (新らしい居場所) by Miruba

 久しぶりの沖縄だった。

 喫茶店兼洋食屋「カサブランカ」の店に入る。20人も入れば満席になるような小さな店だ。店の名前も昭和を感じさせる。
「あ! 来てくれたんだね」私の顔を見てマスターが満面の笑みを浮かべてくれる。
「うん、またバイトさせていただけないかな、おじゃまじゃない?」
「何を言っているのよ、よく来てくれたわ。入って、入って」店主であり、マスターの妹容子さんが、私の荷物を強引に取り上げ持ってくれる。前触れもなく突然来る私に、二人とも嫌な顔ひとつしない。

 ゆっくりすればいいのに、と言う声を背に、早速気になるところを片付け始める。
 住んでいると気が付かないもので、外から入った者のほうが、埃は目に付くのだ。
 そんな大きなお世話なことにも容子さんは寛容に私の好きにさせてくれる。

 常連客と一年振りの再会の祝杯を挙げて、店の看板の電気を消したのは深夜だった。
「着いた早々、お疲れ様だったね」
「ううん、一生懸命動くことって、体は疲れても、気持ちはさっぱりするものね」
「いつもの部屋を空けてあるから遠慮なく使ってね。今度も2か月はいてくれるでしょ?」
 容子さんが、ちょっと心配そうに尋ねるのだった。

 およそ一年振りに解放された。
 義兄家族が一時帰国して年に2か月の間は義母の世話をしてくれる。
 夫が亡くなって7年になる。その当時から介護の必要だった義母を放ってはおけず、そのまま介護を続けていた。
 子供ができなかったので、家を出たほうがいいと、友人や親せき、実家の両親にも言われたが、両親も自分たちが動けなくなった時にいてほしいという事のようで、二人も兄がいるのに余計なことはできないなと思い、結局主人亡き後も実家に戻ることはなかった。

 甘えからくるものだとは思うが、昔は物分かりのよい素敵な義母だったのに、年々わがままを言うようになり、5年ほど前に義兄家族が数年ぶりに来た時には、散々私の悪口を言ったらしく、自分たちで母を見ると言い出した。

 それならどうぞ、と旅行鞄一つで家を飛び出したが、それ見たことかと実家に言われるのが嫌で、そのままホテルに泊まった。
 介護があったのでパートしかできずにいたのが幸い?して、仕事先から、長期間休むのなら首だと言われてしまった。有休ももらわず頑張ってサポートしてきたつもりだったが、会社にとってただの駒の一つだったのだ。少し寂しかったが、きっぱりと辞めることが出来てよかった。

 何処に行く当てがあるではなく、主人との思い出の場所をたどってみようかと思った。
 たった一度だけ沖縄に行ったことがあったので、飛行機に飛び乗った。

 たまたま入った喫茶店「カサブランカ」で、注文を取りに来た容子さんが貧血で倒れて、なんとなく、そのまま手伝ってしまった。後に容子さんが「私の神通力よ」と出会いを喜んでくれた。ただ、私は自分のことは話さなかったし、マスターも容子さんも何も聞かなかった。
 そんなことが居心地の良さとなって、ずっと居座ろうかと思ったが、2か月も経った頃、義兄から連絡が入った。戻って欲しい、とのことだった。

 結局義母は外国には行きたくないし、義兄も日本に帰国する気はなかったのだ。
 毎日のように謝罪の連絡が入り、義母も泣いて謝って電話してくるので、とうとう折れてしまった。毎年2か月は、私を開放するという約束をして、義兄家族は自宅のあるカナダへ戻っていった。
 それから5年、夏には沖縄に来て「カサブランカ」でアルバイトをしているのだ。義母の認知症が重くなり、気の抜けないときが増えて、沖縄の時間が私の癒しの時間になっていた。

「ねー、今度夏野菜のグラタンをメニューに加えようと思うのよ」と容子さんが私に言った。

 申し訳ないことに、それまで私は沖縄料理をおいしいと思ったことが無かった。だが容子さんはスペインの星付きレストランでの修行と、東京の有名な洋食屋さんでの修行をしていて、沖縄料理も一味ちがった。それが結構評判でSNSでの口コミもあって、お客さんは多かった。
 研究熱心でもあり、私のような素人の意見にも耳を傾てくれた。
「グラタンなら味噌を入れると美味しいですよね、種麹を使って味噌にアレンジしてホワイトソースに混ぜてみるのはどうかな?」
「わ、それいいね、麹には私も興味があったのよ」と容子さんが喜んでくれる。
 マスターが私たちの話をニコニコしながら聞いてくれている。
 なんだかほっとする時間が流れる。私は自分の居場所はここにしかないと思えた。

 義母が他界をした。すっかり認知症が酷かったのに、最後まで私の名前は憶えていてくれた。それが救いだった。
 その後義兄に許しを得て自宅を処分し、私は今、沖縄にいる。

 容子さんは私の義理の妹になった。

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