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長屋の年末 by 網焼亭田楽

 毎度バカバカしいお笑いでございます。
 最近の建物は縦にスッと伸びて、やれ新型のタワーマンションだの高層建築だなんてものが立ち並ぶようになってまいりましたが、ひと昔前の集合住宅と言えば団地でございました。
 ふた昔前はと申しますと、もちろん長屋でございます。
 長屋というのは店賃(たなちん=家賃)が安く設定されておりまして、その安い店賃でさえ毎月毎月きちんと納めている店子(たなこ=借家人)は少なかったようでございます。
 そこで、家主としましては、新年を迎えるにあたって、溜まっている店賃を何とか払ってもらおうと取立てに参ります。

「ごめんなすってよ」
「ああ、これは大家さん。こんち良いお天気で、ご機嫌よろしゅう」
「何言ってんだよ、八つぁん。もう、年の瀬も間近だ。そろそろ溜まっている店賃を払ってもらわないと、こちらとしても困るんだよ」
「年の瀬も間近。オイラの気持ちはマジか!」
「バカなこと言ってないで、今日という今日は払ってもらうよ」
「大家さん。おいらだって、払えるもんがあるんなら、とっくに払っていますよ。でもって、何もこんな小汚い長屋になんぞ住んじゃいない。もっとおっきなお屋敷に引っ越しているってもんです。でも、先に立つものがねえから、こうやって小汚い長屋で我慢してるんじゃございませんか」
「うちの長屋のことを小汚い、小汚いと言うけれど、この長屋を綺麗にするのも小汚くするのも、そこの住人がそうさせるのだよ。八つぁんの部屋が小汚いのは、八つぁんが小汚くしてるからなんだよ」
「大家さん、お言葉を返すようではございますが」
「何だい、言ってみな」
「では、この壁。これ、小汚くありませんかって言いたくなるじゃありませんか」
「壁に女性の顔なんぞ描いちまうから汚れちゃってるんじゃないのかい」
「いや、それはオイラの好きだったミミちゃんだからいいんです。問題はミミちゃんの口に当たる部分、何だか薄汚れちゃいませんかって言うことなんですよね」
「八つぁんが、そこばっかり触ってるからだろう」
「いや。そんなことはあるようなないような。いやいや、それにこっちの障子にしたって、とても綺麗だとは言えないでしょう」
「何だい。障子にも女性の顔が描いてあるじゃないかい」
「へえ。そっちはメアリーちゃんって言って、今好きな子なんです」
「まったく八つぁんときたら、そんな絵ばっかり描いているから、部屋が小汚くなっていくんだよ」
「そんな。昔から良く言うじゃありませんか」
「何て?」
「壁にミミあり、障子にメアリー」
「何言ってんだよ。大晦日までまだ1週間もあるんだから、ちょっとは大工の仕事でもして溜まっている店賃の少しでも返しておくれよ」
「はい。最善の努力を尽くします」
「まったく、言葉だけは達者なんだから。頼んだよ」

 そう言い残すと、大家は今度は熊さんのところへまいります。

「ごめんなすってよ」
「ああ、大家さん。こんち良いお天気で、ご機嫌よろしゅう」
「なんだい、なんだい。熊さんも八つぁんにそっくりだねえ」
「またそんなご冗談を。おいらがあんな八五郎に似ているですって。こんな美男子が、あんなアンコを踏んづけたような顔の八五郎に似ているって言うんですかい。こんな酒を飲んでいる姿がかっこいいおいらが、饅頭を食べ散らかしている八五郎に似ていると言うんですかい」
「何だい。熊さんは饅頭嫌いなのかい」
「いえ。大好物で」
「何だ、辛いもんも甘いもんもいけるんじゃないか」
「へい。食べ物に関しては二刀流でございまして」
「そんなことはどうでもいいんだ。今日来たのは、顔や食べ物の話をするためじゃない」
「すると、あれですかい。あっちの方で?」
「何だい、あっちの方って。あっちの方って、どっちの方なんだい」
「いやあ、そっちの方なら、似ていると言われても仕方がない」
「あっちだのそっちだの、どっちの方だか訳がわからないじゃないか。いったい何の話なんだい」
「大家さんも人が悪い。確かに好みの女性と言えば、八五郎と似ている所もございます」
「そんなことは聞いてないよ」
「またまた。八五郎のやつから聞いたんでしょう。昔はミミちゃんを取り合ったもんだって」
「ああ、八つぁんとこの壁に描いてあった女性のことかい」
「あいつ、まだミミちゃんの顔描いたままなんですかい」
「ああ。それに障子にも女性の顔が描いてあったよ」
「あっ。それ、今取り合いになりそうなメアリーちゃんです」
「何だい。まったくお前さんたちは仲が良いねえ」
「大家さん。大きな声で言わないでくださいよ」
「いいじゃないか、そんなことぐらい」
「いえいえ。ミミちゃんの時は、おいらもミミちゃんが好きだって八五郎に言っちゃって大喧嘩になったものですから、メアリーちゃんのことを好きってことは、まだ八五郎には言ってないんです」
「そうかい、そうかい。そりゃすまなかったな。でも、心配はいらないよ。あたしは口が堅いんだから」
「そうは言っても、こう言う話は意外なところから漏れていくものなんです」
「そんなものかい」
「へい。壁にミミあり、障子にメアリーなんて言うじゃありませんか」
「はっぱり、おまえさんたちは似たもの同士だよ」
「そうは思わないんですけどねえ」
「いやいや、そっくりだ。店賃を貯めるところなんかも似ているよな」
「大家さん。それは言わない約束でしょ」
「何言ってんだい。年の瀬もおし迫まって来ているから、わざわざこうして催促に来ているんじゃないかい。今日という今日は払ってもらうよ」
「大家さん。おいらだって、払えるもんがあるんなら、とっくに払っていますよ。でもって、何もこんな小汚い長屋になんぞ住んじゃいない。もっとおっきなお屋敷に引っ越しているってもんです。でも、先に立つものがねえから、こうやって小汚い長屋で我慢してるんじゃございませんか」
「何だかどこかで聞いたセリフだね。熊さんは八つぁんと口癖までそっくりだ」
「えっ! おいらがあの八五郎とそっくりだと言うんですかい」
「ああ、もう瓜二つだよ」
「ところで、大家さん。ものは相談ですが」
「どうしたんだい」
「おいらと八五郎の瓜二つ。買ってはいただけませんでしょうか」
「何バカなこと言ってるんだい」
「いえいえ。そんな高い金額でなんて申しません。ほんの二束三文でよろしゅうございます」
「いやいや。買えるようなものじゃないだろう」
「お安くしておきますから」
「いや、だから話が違うだろう」
「ひと瓜10文でよござんす」
「だから買えないよ」
「じゃ、ふた瓜で23文」
「高くなってるじゃないかい」
「ダメですか」
「あたりまえじゃないか。だいたい、何でそんなに金が欲しいんだい」
「いえ。おいらの長屋の大家が、年末だから店賃を払ってくれと言ってきかないものですから」

 本日は、長屋の年末の風景をご覧いただきました。お後がよろしいようで。

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