「もう一つのブレーメンの音楽隊」

流離いの吟遊詩人がいました
幼き頃より家を出て吟遊詩人に弟子入りし
その美しき顔立ちに魅せられて男も女も
吟遊詩人の少年を招き入れ可愛がりました
少年は飽きてくると世話になっている主から
逃げるように屋敷を抜け出しました
青年になると益ます人気が出てきて
激しい愛憎劇に発展することもありました

だから一つ所に長くいたことの無い
流離いの吟遊詩人でした

しかし、さすがの吟遊詩人も老いには勝てず
とうとう、お声も掛からなくなりました
楽器の演奏と歌声に自信のある吟遊詩人は
ブレーメンにある音楽隊に入れてもらおうと
旅をしながらブレーメンを目指していました

その日は山を越える途中で日が暮れて
今夜は野宿かと思っていると
向こうの方に明かりが見えました
近づいてみると一軒の家があります
そっと窓の方に行って覗いて見ると
母娘が夕食を取っている所でした
これなら大丈夫そうだと吟遊詩人は
入り口の扉をノックして声を掛けました
「私は旅の者です。山を越える前に日が暮れて難儀をしております。物置の隅で構いませんので一晩泊めては下さいませぬか」
と丁寧に話しかけました。
扉が開き、母親が吟遊詩人を一瞥して
「どうぞ」と言って家の中に招き入れました
暖炉の側で食事を頂き吟遊詩人は喜んで
お礼に詩を読みました
それを聞いた母親の形相がみるみるうちに
変わり鬼のような顔になりました
吟遊詩人はそれを見て恐ろしくなりました
そして
「もしや以前何処かでお会いしましたかな」
と尋ねました
「あなたはお忘れでしょうが私はその昔、一国の王の妻の一人でした。あなたとの仲を王に疑われて王の娘のこの子と共に国を追われてこんな所で暮らしているのです」
と言いました
「それは大変な目にあいましたね。だが、それは私のせいではありません。それは、その王が悪いのです」
と、言ったとたん吟遊詩人は倒れました
後ろから娘が大きなハンマーを
振り下ろしたのでした

吟遊詩人の旅は終わりました

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